前川喜平元次官に聞く。文理を超えた「学際的学び」は今なぜ重要か

前川喜平元次官に聞く。文理を超えた「学際的学び」は今なぜ重要か

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/04/09
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教育では最近、文系と理系の仕分けがあいまいになっているという。小中学校では、国語や算数に並んで、「総合学習」が行なわれるようになった。大学はこれまで文系の人文科学系(文学部、外国語学部、教育学部など)、社会科学系(経済・経営学部、法学部、商学部、社会学部など)と理系の自然科学系(理学部、工学部、医学部など)に大きく分けられてきたが、近年は文理を超えたいわゆる「学際的な学び」が注目されてきている。

「学際」とは、いくつかの異なる分野にまたがる学問や研究のこと。東京大学教養学部学際科学科のほか、京都大学総合人間学部、九州大学21世紀プログラム、早稲田大学人間科学部国際教養学部なども多数新設されている。

日本の教育はどのような方向に向かっているのか? これからの教育はどうなるのか? 元文部科学省事務次官で、40年以上教育の分野に携わり、教育現場の内情、実情に詳しく、切れ味鋭い発言に定評のある前川喜平氏に話をうかがった。

学問は文系でも理系でもない「哲学」からはじまった

「歴史をさかのぼって考えてみると、学問は哲学からはじまっています」と前川氏は言う。

「哲学には文理の区別がなくて、自然とか社会、人間など全体を考える。『(社会は、人間は)どうなっているんだろう?』と疑問を感じて考えるのは、人間に備わっている本能なんだと思います。それが原動力となって、哲学が生まれたのです」

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前川喜平氏

大学院で取得できる博士号は「PhD(Doctor of Philosophy、ドクター・オブ・フィロソフィー)」と呼ばれる。4年制大学卒業で学士、大学院で2年間学んで修士号を取得後、3年間学びながら研究することで得られる難易度の高い資格だ。そして、PhDのPhilosophy(フィロソフィー)は、哲学である。

「文系であろうと理系であろうと、根っこは哲学なんです」

フランスでは、日本の高等教育にあたるリセの正規の教科として哲学が課されている。「日本でも国際バカロレア(IB)を導入している学校はフランスをお手本にしていて、『知識の理論(セオリー・オブ・ナレッジ)』という、考え方を問う哲学のような教科が必修科目になっています。そのほか、「総合学習」と呼ばれる教科はそれに近いものがあって、文理を超えているのです」

人類全体にとっての問題に文理の別なし

環境問題、気候変動、食料問題、核軍縮……考えてみると、今、我々はいろいろな問題に直面している。

「気候変動は人類全体にとっての危機ですよね。そのほか、考えていくべき大きな課題はたくさんありますが、それらは文理では分けられません。小学校から大学までに習った知識を総動員しながら考えるわけです。そもそも、文系、理系などの教科はとりあえず学校で教えるために便宜的に分けたにすぎません。縦割りの教科の背後には何千年にもわたって人類が積み上げてきた学問、森羅万象を探る哲学があるのです」と前川氏は言う。

小学校から高校までは国語、算数(数学)、英語、理科、社会などのいわゆる「縦割り教科」が続いてきた。また、大学も文学部、法学部、経済学部、医学部、理学部、工学部など、伝統的に縦割りの学部に囲われてきた歴史を持つ。

「(その中で)それぞれに同族的な集団が生まれ、『私はこの分野の学者である』というように自分で自分を狭いところに追い込み、囲い込んでいったのです。

それを本来の学問に戻そうというのが、『学際的な研究』です。学問を縦に考えることから脱却する必要があるとして、小中学校で設けられたのが1989年の学習指導要領からはじまった『総合的な学習』なのです」

小学校では、この総合的な学習が比較的うまくいっているという。それは、ひとりの先生が国語、算数、理科、社会……とすべての教科を教えられるからだ。縦割り教科の”壁”を簡単に打ち破ることができるというわけだ。「実際、素晴らしい総合的な学習を行なっている先生もいらっしゃいます」

「縦割りの教員免状」がボトルネック?

なかなか苦戦しているのが、中学校と高校だ。中高の教員免許が縦割りの教科ごとに与えられることが大きなハードルとなっているのだ。

「たとえば、環境問題は社会にも理科にもかかわってきます。ですが、理科の先生が2015年に地球温暖化対策の国際的な枠組みとして世界約200カ国で合意された『パリ協定』の話をするのは、社会科への越権行為になりかねません。逆に社会科の先生が二酸化炭素について教えるのも同じ。縦割りの免状がボトルネックになっているのです。中高の場合には、教科の垣根を越えて、先生同士が協力し合っていく必要があると思います。

アメリカの大学には主専攻と副専攻があります。人間の知的興味はひとつの分野に限らないので、日本の大学でもそのようにしたらいいのにな、と私は思っています」と前川氏は言う。

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実際、前川氏は法学部に入学したものの、「おもしろくないな、この学問は」と思ったという。「憲法などは学ぶに値すると思って勉強していましたが、商法や民事訴訟法など人のごたごたを解決するための法律は勉強する気にならなかった。それよりも『お釈迦様は何を考えていたのだろう?』ということに興味があった。というわけで、自主的に副専攻はインド哲学を選んだようなものです。でも、今になって考えてみるとそれがよかったんですね」

ひとつの分野にとらわれず、自分の興味のままに自由に学ぶ。それこそが「学際的な学び」であり、人間本来の学びのあり方なのかもしれない。

「これから人類が直面する課題をクリアしながら、新しい時代を生き抜いていくためには、縦割りの学問分野にとらわれない研究が必要になってくるのは間違いないことだと思います。これまで受けてきた縦割教育による弊害を認識し、打ち破っていく必要がある。そして、哲学にさかのぼるような学問が大切になってくると私は思います」。そう前川氏はしめくくった。

そういう意味で、教育が学際的な方向に進んでいるのは、学びにおける「原点回帰」ともいえるだろう。教科にとらわれず、広く物事を見て、知って、考えることこそが、真の「知」につながっていくのだろう。

前川喜平◎東京大学法学部卒。文部省(現・文部科学省)入省後、宮城県教育委員会行政課長、ユネスコ常駐代表部一等書記官、文部大臣秘書官などを経て、大臣官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官、文部科学事務次官に就任。2017年、文部科学省を依願退職。

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