【三浦泰年の情熱地泰】世の中が変わればサッカーも変わる!? こんな状況で闘うのは選手もサポーターも大変だ

【三浦泰年の情熱地泰】世の中が変わればサッカーも変わる!? こんな状況で闘うのは選手もサポーターも大変だ

  • サッカーダイジェストWeb
  • 更新日:2020/10/16
No image

昨シーズンのJリーグの風景。多くの観客に見守られる中、選手たちも握手で健闘を称え合う。写真:サッカーダイジェスト

No image

先日行なわれた日本代表の欧州遠征も無観客試合で行なわれた。日常が戻ってくる時はいつになるのか。写真:龍フェルケル

サッカーが変わる。世の中が変わればサッカーも変わる。ルールも変わる――。

82年ワールドカップでのことだ。

決勝戦はイタリア対西ドイツ。3-0でリードしたイタリアの選手は、この試合で初めて倒れた選手に手を貸して身体を起こす事に力を貸した。

こうしたシーンは、今となっては日常的に見かける光景だ。これをフェアプレーの精神に基づいた行為と言う人もいるだろう。だが、これは3—0になって試合の流れがある程度決まってからの話だ。

逆に、手を貸して相手の身体を起こす行為を、周りが試合の初めから求めるのは、僕はアンフェアだと考える。今まさに国のために勝利を目指して戦う選手たちに、ピッチの中でその要求は酷だ。

もちろん人間として道で転んでる人を見つけたら、手を差し伸べて起こすであろう。逆にこの行為の方が相手に拒否される可能性がある。サッカーも変われば世の中も変わる。

僕の現役時代は試合前に握手をしなかった。あるタイミングで「握手で始まり握手で終わる」事が大事になった。

現役当時は、試合前に握手をするのはキャプテンだけ。仲の良い友人にも話し掛けにもいかなかった。情に深い僕は試合前に友人と話してしまい、試合で彼を抑えて勝利する自信はなかった。

無視して怖い顔をして90分間彼との仲の良い関係を忘れなければプレーできなかった。そして、それがプロでありフェアだと思ってやったものだ。

しかしこれも世の中が変われば、変わるものだ。今では試合前に抱擁し、握手を全員がするようになった。

そしてコロナになり、握手が禁止? 試合前に行なう整列からの握手がなくなった。フェアプレーにおいて、握手という行為が相手をリスペクトする事を表わすならば、握手は無くしてはいけないものだろう。世の中が変われば、やはりルールも変わるのか。

僕も現役時代は、試合が終われば肩を組んで健闘を称え合った。勝っても負けてもだ。それは、一人間に戻れる瞬間だ。

試合でピッチの中にいる自分は選ばれた人。皆の代表なのだから変身して演じなければいけない。試合は、勝つか負けるかの闘いなのだから……。

昔、15歳の頃、日本代表に選ばれてシンガポールの大会に出た時の話だ。

「サッカーは戦争だ!」と監督に言われて試合に臨み、グラウンドの中で相手選手と小競り合いになったら、監督、コーチから「何をお前はやってるんだ」と言われた。「サッカーは戦争ですよね?」と答えると、「そういう意味ではない」と言われた(笑)。当時の僕はやはり、僕なりに変身して、代表として勝つか負けるかの闘いに挑んでいたつもりだったのだが……。
コロナウイルスの影響で応援禁止、声を出してはいけない。これは表向きとそうでない状況があるのであろう。立場が変われば難しい問題だ。

浦和レッズのサポーターが試合の結果に対して、ブーイングをしたらしい。

僕からすれば、「何が問題なの?」である。これは得点を抱き合って喜ぶ選手と同じ行為だ。

コロナだからといって離れて入場して離れて写真を撮る。試合が始まれば喜怒哀楽を表現して無心で戦う。チームのためサポーターのため。コーナーキックでは、やられないように自然と相手の身体を触り抑え込もうとする。

コロナ禍はゾーンでしか守れません――とはならない。

だから、サポーターが終わってブーイングをするのは得点を喜び抱き合う選手と同じ行為で誰も止められない。

もちろんポジティブな喜びとネガティブな批判行為は違うが、歓喜の抱擁にしろブーイングにしろ、自然に出るものであり、サッカーの世界では当たり前であるという意味では同じだろう。

相撲は勝ってもガッツポーズはしてはいけないと言う。甲子園球児はホームランを打ってもバク転は出来ない。ガッツポーズもダメだと聞いた事がある。

サッカーは得点すれば集団で抱き合い喜ぶ。それだけ1点に重みがあり、負けたらサポーターはブーイングするのはそれだけ1試合に重みと生きがいを持ってスタジアムに来ているのであろう。

僕はサポーター席でサポーターになった事はない。だからブーイングなんて……と思う。選手も皆、悔しいのだ! イヤ俺らの方がもっと悔しいんだと思っている。しかし、それは立場が違う。

世の中が変われば、普通だった事も異常になってしまう。

昔は相手を挑発する言葉は、プレーヤーにとって武器のひとつであった。

その言葉に対して暴力で返せば、暴力をした側が退場というルールで罰せられた。今はその言葉にも退場が出る時代になった。

上手い選手はファウルでも止められない。だから相手を止めるために言葉を使った。それも本来なら使いたくない言葉を。

それは普段、ピッチから離れれば絶対に使わない言葉をだ。それだけ本当にサッカーの上手い選手がいた。止められない選手への戦術的行為が言葉であった。

世の中が変わればサッカーも変わる。移り変わりの早い世の中に順応しなければいけない。こんな状況で闘うのは簡単ではない。

ただ変わるのは良いが、信念だけは変えないでいたいものだ……。

2020年10月15日
三浦泰年

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加