ペロシ議長の訪台は台湾にとって「よいこと」だったのか―「拳理論」で考える

ペロシ議長の訪台は台湾にとって「よいこと」だったのか―「拳理論」で考える

  • Record China
  • 更新日:2022/08/06
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ペロシ議長の訪台は台湾にとって「よいこと」だったのか―「拳理論」で考える

■当事者は「拳を上げる」ことばかりしているのでは

学生時代に教養科目として選択した政治学の授業で、教師がこんなことを語った。「拳(こぶし)を振り上げるのは簡単だ。政治家の知恵や能力が試されるのは拳をどのように下げるかだ」――。専門外の学生を対象にした授業であり、政治学理論を精密に論じたりするのではなく、「雑談の連続」のような授業ではあったが、政治学の専門家として長期にわたり首相の政策ブレーンを務めた経験もある教授による授業だけに、今でも印象に残っている話がいくつかある。「拳のおろし方」はその一つだ。

外交において対立が発生することは多い。相手に対する非難や威嚇といった「拳を振り上げる」行為はすぐにできる。結果を考えなければ、その拳で相手を殴ることも簡単だ。難しいのは「拳をおろす」ことという。拳を安易に下げたのでは、その隙に相手に殴られるかもしれない。自国をそんなリスクにさらすことはできないからだ。

教師は、冷戦時代の米ソ間で発生したいくつかの事例を示して、「最もよい方法は、まずは自分が拳をちょっとだけ下げる。相手も同様に下げたら、自分はもう少し拳の位置を低くする」といった方法を紹介してくださった。ちなみに最初に拳を「ちょっとだけ下げた」側が、その後の関係で主導権を握れて結局は得をしたことが多いそうだ

こんな大昔の授業を思い出したのは、ペロシ米下院議長の訪台のニュースに接したからだ。「拳を上げる」とは、軍事的な威嚇だけを意味するのではない。相手が嫌がることをすれば、それはすべて「拳を上げる」ことだ。数年前からの米中関係や中台関係を見ていると、互いに「拳を上げる」ことに専念しているように思えてならない。

■曲がりなりにも大陸との「求同存異」を維持した馬英九政権

思い起こせば、国民党の馬英九政権時代には、中国(大陸)と台湾の関係は極めてよかった。ただし、しっかりと認識せねばならないこともある。当時の馬英九政権と中国側の考え方や主張は、必ずしも同じではなかったことだ。

たとえば「九二共識(92コンセンサス)」の問題がある。台湾側と中国大陸側が1992年に香港で協議した際に達成されたとされる双方の合意だ(当時の台湾は国民党の李登輝政権)。この「九二共識」については、長年にわたり語られたことがなく、2000年に民進党の陳水扁氏が総統選に勝利した直後になって関係者が初めて存在を明らかにするなど不自然な点があるのだが、今は別の面から論じる。

野党になった国民党の連戦主席(党首)も、次の国民党主席で総統にも就任した馬英九氏も「九二共識」の存在を認めた。しかし国民党側は「九二共識」の合意内容について、一貫して「一中各表」と主張した。つまり、「一つの中国(一中)」は双方が認めたが、同時に「中華人民共和国政府と中華民国政府(台湾政府)のどちらが中国を代表する政府かについては、双方の見解が異なるので留保事項にする(各表)」との認識だ。

しかし中国側は「一中」を強調する一方で、「各表」には触れていない。つまり「中国を代表する唯一の合法的政府は中華人民共和国政府だ」との立場を示している。つまり国民党側と中国側は「九二共識」について、かなり本質的な部分で認識が異なる。

しかし双方は、そのことで改めて対立することはなかった。中国語では「求同存異」という言い方をよく使う。「求めるべきは同じ部分であり、小さな違いがあっても留保する」だ。かつての中台関係では「求同存異」が実現していたことがあった。

■ペロシ議長の訪台に大喜びする台湾人が出現するのは自然

さて、ペロシ議長の訪台をもう一度考えよう。3日夜にペロシ議長が台湾に到着すると、宿泊するホテルにも大勢の人が押し掛けるなど、芸能界の大スターがやって来た時のような“熱狂状態”が発生したという。

米国の下院議長は単なる立法府のトップでなない。米国憲法は、大統領が執務不能になれば副大統領が職務を引き継ぎ、副大統領も不能ならば下院議長が大統領の職務を引き継ぐと定めている。下院議長は「大統領の継承順位ナンバー2」という“ずっしりとした重み”を持つ存在なのだ。

2016年に台湾で蔡英文政権が発足した時点で、台湾との外国関係を維持していた国は22カ国あった。しかし中国が外交攻勢を強めたことで、現在は14カ国にまで減少した。実に当初の4割近い国が、台湾に背を向けたことになる。そんな中で、かつてほど圧倒的ではないにしても、世界一の強国である米国の重要人物が訪台すれば、大いに喜ぶ台湾人が出現してもおかしくない。もちろん、ペロシ議長の訪台が台湾に有利に働くかどうかは別の話だ。

■台湾人の多くが不安を感じている、日本も他人事ではない

実は台湾人は全体として、ペロシ議長の訪台で「安堵」した状態ではないようだ。訪台したペロシ議長は蔡英文総統に対して「台湾の民主主義を守る米国の決意は揺るがない」と述べた。台湾の代表的ポータルサイトである「YAHOO奇摩」が3日から4日にかけてペロシ議長の訪台やこの発言に絡めて行ったアンケート調査をしたところ、「米国は台湾の防衛を助けると信じるますか」という問いに対して「全く信じない」は59.0%、「あまり信じない」は16.7%で、計75.7%だった。「どちらかと言えば信じる」は11.2%で、「非常に信じる」は10.1%で、計20.3%だった。

また台湾海峡の現状について、「極めて安全でない」は38.1%、「あまり安全でない」は32.7%で、計70.8%だった。「比較的安全」は20.0%で、「非常に安全」は6.4%で、計26.4%だった。つまり台湾の民意の主流は「ペロシ議長の訪台によって台湾の安全は高まっておらず、台湾は危険な状態」という認識だ。

実際に中国軍は4日、台湾を取り囲む海空域6カ所で、大規模な軍事演習を開始した。演習は7日まで続くと発表された。影響が及ぶのは台湾だけではない。演習初日の8月4日だけで、中国が発射した弾道ミサイル5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したとされる。

また中国は3日付で、台湾産のかんきつ類や一部海産物の輸入と台湾への天然砂の輸出を停止した。中国が「怒りの矛先」をまず向けたのは台湾だった。そして台湾と中国の関係が好転する材料が見当たらない以上、中国による台湾への施圧の強化は長期化すると考えねばならない。

■やはり見えてこない「政治の知恵」

バイデン大統領はペロシ議長の訪台を支持していなかった。米国の体制としてバイデン大統領が下院議長に「指図」するわけにはいかないが、7月20日には「米軍は今は(訪台は)良くないと考えている」と述べた。大統領の立場として可能な範囲内での「事実上の不支持表明」と考えてよい。

本稿冒頭の「拳の例え」に戻ろう。中国と米国、さらに中国と台湾は互いに拳を振り上げた状態を続けてきた。国としての正式決定であるかどうかは別にして、米国と台湾はペロシ議長訪台によって拳をさらに高く振り上げる状況を作った。

政治情勢の推移については、さまざまな「力学」が作動する。周辺状況も常に変化する。だから、事後になってからやっと「あの力学法則が働いたのか」と理解できる場合も多い。しかし外交における「拳理論」は、比較的理解しやすいのではないか。また、さまざまな思惑にもとづいて、あえて拳を振り上げて見せる場合もあるだろう。しかし、政治の知恵を働かせるならば、拳を上げる際には、拳の下ろし方の段取りも考えておくのではなかろうか。ペロシ議長訪台という中国に向けて高く掲げられた拳のおろし方は、見えてこない。

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