「4島返還」に立ち返るチャンスだ!新政権は蛮勇ふるい政策変更を

「4島返還」に立ち返るチャンスだ!新政権は蛮勇ふるい政策変更を

  • WEDGE
  • 更新日:2020/09/17
No image

(Belus/gettyimages)

菅新政権は外交の大きな懸案、北方領土交渉をめぐって、「2島返還」という前内閣の方針を変更するのだろうか。

菅首相は自民党総裁選に勝利した直後の記者会見で「4島の帰属を解決して交渉を進めたい」と述べ、軌道修正の意向をうかがわせた。

安倍前政権は、戦後一貫した日本の要求を「4島返還」から「2島返還」へと大きく転換したにもかかわらず、ロシア側は拒否の姿勢を崩さず、早期返還の狙いは外れた格好になっている。

安倍首相は、方針変更を見直すことなく退陣したが、新政権の登場は、「4島返還」という本来の正当な要求に立ち返る絶好の機会だろう。

「4島の帰属解決して平和条約を」

8月14日夕、総裁選勝利の興奮が残るなかで行われた記者会見。勝因、国政運営への抱負、党・閣僚人事、衆院解散の見通しなどの後、最後の質問が日露関係だった。

「安倍首相は2島返還への方針転換した。新総裁は、4島の帰属問題を解決して平和条約交渉に臨むと主張としてきたが」という質問に対する菅氏の答えは「以前から言っているように、4島の帰属問題を解決して交渉を進めるということ」だった。

その一方で菅氏は「外交は総合力だ。あらゆる手段を駆使して交渉を進めたい」とも述べ、プーチン大統領と信頼関係を維持してきた安倍前首相に相談する意向も示した。

菅氏自身、どの程度準備したうえでの答えだったか判然としないが、言葉通りに受け止めると、2島返還の方針を再転換して4島の返還に立ち返る―と解釈することも可能だろう。

首相に就任した16日夜の記者会見は、わずか30分で終了、この問題をめぐる質問はなかった。

一方、再任された茂木外相は16日深夜、初閣議後の記者会見で、「1956年の共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速するという方向性がでている。この基本方針に沿って取り組んでいく」と述べ、菅首相とのニュアンスの違いをのぞかせた。

大失策だった「2島返還」

7年8カ月の長期に及んだ第2次安倍政権にとって、北方領土問題における方針転換は、厳しい言葉を用いれば最大の政策ミスだったといって過言ではない。

安倍首相は2018年秋、シンガポールでロシアのプーチン大統領と会談した際、領土交渉について、1956(昭和31)年の「日ソ共同宣言」を基礎とすることで合意した。

「共同宣言」には、両国の戦争状態の終結、国交正常化と歯舞、色丹両島の日本への「引き渡し」などが約されているが、国後、択捉両島の名は盛り込まれていない。

この宣言を基礎に交渉を進めるということは、国後、択捉は断念し、明記された2島の返還だけをめざすことを意味する。

安倍政権としては、残り2島については、返還よりも日露共同経済活動などを通じて〝実利〟を得た方がむしろ得策ーと計算していたようだ。

しかし、周知のように、日本は共同宣言の存在にかかわらず、戦後一貫して4島の返還を求めることを国是としてきた。それらの島々は、歴史的経緯に照らして日本固有の領土であることは疑いがないからだ。

旧ソ連は第2次大戦の末期、日ソ中立条約を無視して日本に参戦。8月15日の終戦の後、同月19日から9月5日までの間、どさくさに紛れて、4島に侵攻、今日まで不法占拠を続けている。

「共同宣言」に国後、択捉の島名を盛り込むことができなかったのは痛恨事だったが、国連加盟を実現するためにソ連との国交回復を急ぐ必要があったからで、交渉妥結への苦渋の決断だった。

その一方で日本は、「宣言」に付随して交換された公文に「領土問題を含む平和条約交渉を継続される」という表現を明記することに成功した。歯舞、色丹は、すでに日本への「引き渡し」が決まっているのだから、それ以外の「領土問題」といえば、国後、択捉以外にあり得ない。

日本はそれをよりどころに、「領土問題は解決済み」と不公正、頑迷な主張を繰り返す旧ソ連、ロシア相手に長い困難な交渉を続けた。ソ連崩壊後の1993(平成5)年には、4島を明記してその帰属交渉を継続するという「東京宣言」(細川護熙首相とロシアのエリツィン大統領=いずれも当時=による)の発表にこぎつけた。

ロシアは一顧だにせず

安倍首相とプーチン大統領による「56年宣言を交渉の基礎とする」とのシンガポール合意は、こうした歴史的経緯、戦後の対ソ、対露外交の基本を根底から否定するに等しかった。そうした外交政策の大転換を、安倍政権は、国民の信を問うこともせずに、いとも簡単にやってのけた。

合意の直後、安倍首相は「われわれの主張をしていればいいということではない。それで70年間全く状況は変わらなかった」と説明したが、「東京宣言」など過去の日本の努力を無視した発言というべきだろう。

安倍氏は「次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手でかならずや終止符を打つ」とも述べ、方針転換によって2島返還が実現するかのような期待感を国民に与えた。

しかし結果はどうだったか。

シンガポール合意から時を置かずに2019年1月にモスクワで行われた両首脳の会談では、領土問題は何ら進展をみなかった。首相は記者会見で「戦後70年以上残された問題に解決は容易ではない」と述べ、合意直後の威勢のよさに比べて大きくトーンダウン、同じ人物の発言かと耳を疑った国民も少なくなかったろう。

ロシア側はシンガポール合意など意に介さず、ラブロフ外相は「南クーリル諸島(北方領土のロシア側呼称)は第2次大戦の結果、ロシア領となった。日本がこれを認めない限り交渉は進展しない」などと、不当な歴史認識を披歴。

その後、2019年、20年に北方領土を舞台に大規模な軍事演習、20年7月には、領土割譲を禁止する条項を含む憲法改正を行うなど日本の領土返還要求など一顧だにしない態度をとり続けている。

領土交渉が再び強い膠着状態に陥り、打開のめどが全く立たなくなったなかで安倍内閣は総辞職、シンガポール合意の破棄など軌道修正されずじまいになってしまった。2島返還へと転換した際、どんな成算があったのか、単にロシア側の甘い言葉に騙されただけなのかーなどの経緯は明らかになっていない。

新首相のハラは「4島返還」?

筆者はどうやら、辞めた人に対して厳しい批判を連ね過ぎたようだ。

菅首相の「4島の帰属を問題を解決して」という9月14日の発言に話を戻すと、「4島返還」という従来の路線に立ち返る方針であるという印象以外にはないが、総裁選出直後の咄嗟の発言であり、十分な考慮もなく反射的に口をついて出た言葉であった可能性もあろう。

交渉の実務責任者である茂木外相が「56年宣言を基礎に交渉継続」と強調したことでもある。今後、首相と外相との間で調整が行われ、安倍ープーチン合意を維持することが確認されれば、その時点で4島返還は潰えてしまうだろう。

領土問題は、主権問題そのものであり、安易な妥協は国の存立を危うくする。返還実現が容易ではないからといって不当に占拠され続けてきた国後、択捉両島を放棄すれば、「不法でも居座りさえすれば日本はあきらめる」という誤ったメッセージを各国に与えることになる。尖閣、竹島問題においても、好ましくない影響をもたらし、わが国の立場を大きく損なう。

新政権は今後、ロシア相手にきびしい領土交渉を余儀なくされるだろう。

ここで日本が2島返還という譲歩を撤回して、4島返還要求に立ち返れば、正当な主張であるにもかかわらず、ロシアが反発、いっそうかたくなな姿勢をとる可能性がある。ロシアのメディアが菅氏の14日の発言を早速取りあげたが、強い警戒感の発露とも解釈できる。

菅新首相は9月16日夜の首相就任会見で「ロシアを含む近隣諸国と安定的な関係を築く」と述べ、プーチン大統領も早速、「建設的に協力する準備ができている」と応じた。〝麗しき友情関係の始まり〟ーというべきところだが、ロシアが、わが国固有の領土を強奪、75年間も返還に応じないことを考えれば、まさに噴飯ものというほかはない。

盗人のような国との「安定的な関係」や「建設的な協力」などありえない。ロシアが奪ったものをひとつ残らず返して、はじめてそれが実現する。

〝強面〟といわれる菅首相は、プーチン大統領と甘ったるい挨拶を交わすのではなく「4島返還」の従来方針に立ち返り、強く迫っていかなければならない。

今の機会を逃したら、「国後」「択捉」は未来永劫に帰ってこないだろう。

樫山幸夫

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加