西側の対抗勢力とも目されるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国(BRICS)は、南ア・ヨハネスブルクで先月開催した首脳会議(サミット)で、10年以上ぶりに6カ国の新規加盟を決めた。加盟が決まったアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)は、国情がそれぞれ全く異なる新興経済国だが、来年1月1日のBRICS加盟によって大きな影響力を及ぼす共通点が1つある。それは、豊富なエネルギー資源だ。
一見すると今回の動きは、BRICSが「エネルギーの支配」を目指して積極的に打って出たように思える。新加盟国はBRICSのエネルギー生産量を押し上げるだけでなく、その多様性を大きく広げるだろう。
サウジアラビアは中国にとって最大の石油供給国であり、輸出量は今年8月時点で日量190万バレルに上る。BRICS加盟は、すでに広範な両国の経済関係を強固にするだけでなく、サウジアラビアに対する中国の影響力が増していることを意味する。中国が米国を出し抜いてサウジ・イランの関係正常化を仲介したのは記憶に新しい。
イランは中国の長年の戦略的パートナーであり、両国は安全保障と経済の両面で強固な関係を築いてきた。中国はこの10年にわたりイラン最大の貿易相手国であり、石油・ガス開発に注力している。石油輸出国機構(OPEC)創設メンバーのイランは、世界第2位の天然ガス資源と同4位の石油埋蔵量を誇る。
中国の仲立ちによる関係正常化に続くサウジアラビアの加盟は、中国政府が思い描く中東の安全保障体制の実現に大きく貢献する。UAEはイスラエル、インド、米国と共に経済協力枠組み「I2U2」を構成し、中国の野心を抑えつつインドに炭化水素を供給しているが、今回のBRICS加盟によってI2U2の先行きにも影響が出かねない。
新加盟国の半数は旧来の化石燃料の主要産出国だが、残りの半数は未来の燃料、特にあらゆるグリーンテクノロジーに不可欠なレアアース(希土類元素)開発に取り組んでいる。エジプトの石油生産量はサウジアラビアと比べて微々たるものだが、沖合のゾフル天然ガス田は地中海で発見された中では最大のLNG埋蔵地だ。また、砂漠での大規模太陽光発電の可能性、莫大なレアアース埋蔵量、それらの開発を担える人的資本も有している。
アルゼンチンには世界最大級のLNGシェール鉱床があり、天然ガス資源開発の将来性は非常に高い。また、「ホワイトゴールド」の異名をとるリチウム資源の豊富な塩湖が多数ある「リチウム・トライアングル」と呼ばれる地域の一角を占め、現代のバッテリー製造に不可欠なリチウム生産では世界第3位だ。エチオピアは、レアアースなどさまざまな工業鉱物資源が山岳地帯に眠っている。
これらのエネルギー資源の組み合わせは、中国が主導権を握らんとするBRICSにとって朗報といえそうだ。BRICS全体で世界の石油供給の42%を掌握し、中国が牽引するレアアース精製の独占体制も、豊富な資源投入によって強化されるだろう。しかし、現在の世界のエネルギー秩序の崩壊を歓迎する面々も、BRICSにそのお膳立てを頼みたくはないかもしれない。
BRICS内部には早くも分裂や異論が生じている。アルゼンチンの加盟は、現政権が前向きな一方で、来る大統領選挙の主要候補者は予備選で勝利したハビエル・ミレイ下院議員を含むほとんどが不参加を公言しており、実現するかは不透明だ。エチオピアも、現政権は加盟決定を「偉大な瞬間」とたたえているが、アビー・アハメド大統領の権力基盤は対抗勢力に揺さぶられ、お世辞にも安定とは程遠い。
BRICSの根本的な問題は、加盟国の多くが基本的に戦略的ライバル関係にあることだ。最も友好的なライバルであるアルゼンチンとブラジルでさえ、経済的な不一致に絶えず悩まされている。イスラム教スンニ派とシーア派をそれぞれ代表する大国であるサウジアラビアとイランは、ようやく関係を正常化したばかりで、つい最近までシリアとイエメンで代理戦争を行っていた。どちらもいつ再燃してもおかしくない。
ほんの10年前までパートナーと見なされていたサウジアラビアとUAEの関係には、今やあからさまな亀裂が生じている。かつては米国主導の安全保障体制と開発という共通の必要性によって結束していたが、現在は互いの国内改革の方針や、UAEがI2U2の枠組みを通じて米国やインドと協力することをめぐって、公然と意見が対立している。
インドと中国は、対パキスタン政策、国境紛争、中央アジアや東アフリカで競合する経済的影響力などの点で根本的な戦略的ライバルだ。インドのナレンドラ・モディ首相は、BRICSに中国と非常に密接な国々が加わることに懸念を表明した。
分裂はBRICS内にとどまらない。加盟国の多くは、米国や国際社会との関係性が大きく異なる。中国は米国と戦略的に敵対しているが、国際経済秩序の柱の一つだ。一方、ロシアとイランは国際経済秩序から爪はじきにされており、間を取り持つ役割を果たしているサウジアラビアも、いすれは離反する可能性がある。これに対し、インドは経済的にも安全保障面でも米国と緊密な関係を築いている。アルゼンチンとブラジルは反米感情が根強いにもかかわらず、中国よりも米国との結びつきの方がはるかに強い。
仮にこれらの非常に重大な戦略的課題が解決されたとしても、BRICSを通じた中国主導での世界のエネルギー支配を予期する勢力にとって最大の問題は、その目的を達成するにはBRICSは冗長な枠組みだということだ。中国の「一帯一路」構想のほうが、扱いにくいBRICSの仕組みでは決して成しえない大きな影響力と支配力をふるえる。たとえ中国と他の加盟国が国家レベルでそうした関係の制度化を決意したのだとしても、その試みに対応する機関としてはすでに上海協力機構が存在する。エネルギー供給国にとってはOPECのような別組織のほうが、国際市場や欧米の消費者に対してよほど大きな見返りと影響力をもたらすことができる。
さらに、BRICSには今のところ独立した機関、求心力のある大義名分、イデオロギー的基盤、条約ネットワークが存在しない。BRICSは根本的に分裂しており、集合写真を撮影する機会の域を出ていない。
加盟国の半数は米国による秩序の打倒を望み、残りの国は誰とでもビジネスをしたいと考えている。半数は他の加盟国を嫌っており、その動機となる恐れの多くは陣営の外ではなく内部から生じている。BRICSは北大西洋条約機構(NATO)の敵対勢力でもなければ、主要8カ国(G8)や主要20カ国・地域(G20)に代わる存在でもない。NATOがいかに身動きのとりにくい同盟であろうと、加盟国同士が代理戦争をしたり国境で小競り合いをしたりすることは(トルコとギリシャの緊張関係は別として)ない。
中国、ロシア、イランはいずれも、米国の優位性に対抗し、西側諸国を分裂させようと画策する敵対勢力かもしれないが、心配せずともBRICSを介してそれを達成することはないだろう。