
30年以上に渡り、B2B企業のマーケティング支援を行なってきた庭山一郎氏は、日本企業が世界と戦うためには、部署を横断したマーケティングへの理解(マーケティング偏差値)を向上する必要があるという。
本記事では、B2Bに必須の「インサイドセールス」を失敗させる企業の特徴について、庭山氏の著書『BtoBマーケティング偏差値UP』より一部ご紹介する。
※本稿は庭山一郎著『BtoBマーケティング偏差値UP』(日経BP社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
マーケティングと営業、「リードの質」は高い方がいい
ここ数年で最も認知度が上がったマーケティング用語と言えば、「インサイドセールス」でしょう。BtoBマーケティングで重要なテレコールを担当し、セミナーや書籍、雑誌の特集など、この言葉を目にしない日は無いほどです。実際、多くの企業がインサイドセールスの組織づくりにチャレンジしています。
インサイドセールスが重要なことは間違いありませんが、高度に全体最適設計されたマーケティング&セールスの中でしか機能しない、もろ刃の剣であることはあまり語られていないような気がします。
その結果、組織をつくってはみたもののまったく役に立たず、マーケティングや営業と不適合を起こしてしまうケースも散見されます。その理由を説明します。
「リード(見込み客)の質」という点に関しては、マーケティング部門と営業部門は多くの場合価値観が一致します。マーケティング部門は営業部門からの評価を常に気にしますから、少しでも良質なリードを渡したいと考えています。
そのために見込み客を育成するためのコンテンツに悩んだり、絞り込みのアルゴリズムをいろいろ試したり、マーケティングツールを組み合わせて詳細な分析をするのです。
一方、営業部門も良いリードだけを欲しいと考えています。営業の人たちは顧客とのフロントなので基本的にいつも忙しいです。既存顧客のメンテナンス、引き合い対応、見積もりや価格改定への対応、納品や代金回収など、日本のBtoB企業の営業の守備範囲は世界でもまれなほどに広範囲です。
ですから新規案件のアポイントは「できるだけ良いモノを少数欲しい」というのが本音でしょう。つまり、「リードの質」という点においてマーケティングと営業の利害は一致するのです。
インサイドセールスは「質」より「量」が大事
ところがマーケティング部門と営業部門の間にインサイドセールス部門をつくると、この価値観が微妙に違ってきます。インサイドセールスは電話をかけることが仕事ですから、電話をかけないと「仕事をしていない」となってしまいます。
「仕事が無い」ということは組織の存続に関わります。普通の企業なら縮小や廃止の対象になるでしょう。組織というものは誕生した瞬間から自己防衛本能を備えています。組織を解体するのが思いのほか大変な理由はそこにあります。
インサイドセールスが自己防衛を始めると、自ら仕事を作り出し、ナーチャリング(啓蒙)もスコアリング(絞り込み)もしていないデータに電話をかけ始めるのです。これを「コールドコール」と呼びます。
仮に5人でインサイドセールス部門を立ち上げたとします。マーケティング部門から毎月200件の絞り込まれたコールリストが来ると、1人40件が割り当てられることになりますが、この件数だと人によっては1日か2日でほとんどかけ尽くしてしまいます。すると、もうコールをする先が無い状況に陥ります。
ところが、マーケティングツールの中には多くの個人情報がありますので、インサイドセールスの担当者はあの手この手で交渉してこのリストをもらって電話をかけ始めます。
マーケティング戦略の中の「手段」であったコールがいつの間にか「目的」となり、インサイドセールスという組織の存続を懸けてギリギリのスクリプトでアポイントを目的に電話をかけまくることになります。
コールドコールは甚大な被害を及ぼすことも
かくしてコールドコールが激増します。これをマーケティング部門か営業部門が適切にコントロールしていればまだ良いのですが、そうでない場合、これが急速に「リストを枯らす」原因になってしまいます。
そもそもアポイントの電話がかかってくることを楽しみに待っている人など、どこにもいないのです。
データ管理が甘いと、既存顧客や既に担当営業によって商談が進んでいる先に、突然インサイドセールスからアポイントの電話がかかってくることになります。顧客も戸惑うし、その苦情は営業にくることになります。営業にとってこれ以上の迷惑はありません。
マーケティング部門にしても、温めても絞り込んでもいないリードにコールし、それが引き金となってメール配信停止にでもなれば、展示会などの情報収集も、データマネジメントも、見込み客の育成もすべて無駄になってしまいます。獲得単価を考えても大きな損失で、それが顧客や、ましてや新規開拓を狙っていた企業の人だった場合、被害は甚大です。
絞り込まれていないリストから獲得したアポイントは、営業にとってうれしくないものが多いのです。例えば、数億円もする検査機器の場合、予算規模から考えると小さな町工場は通常は購入しませんが、そうした企業にアポイントを取ってしまうこともあります。
営業は自分の時間を無駄にされるのを最も嫌いますから、こうした苦情はデータを管理しているマーケティング部門に来ることになります。
日本で起きたインサイドセールスの負の側面
社内の評判を落としたインサイドセールス部門は、社内のデータにコールできなくなります。それでも部門存続のためにコールという唯一の仕事をしようと、四季報や企業信用調査企業のデータや、検索して収集した企業サイトの電話番号リストなどを使って電話をかけることがあります。
そのように追い込まれたインサイドセールス部門の人にとって、Webから資料をダウンロードした人のデータは絶好の的であり、そのデータを基に死に物狂いで猛烈な電話攻勢をしかけます。
そうなると「うっかりあの会社の資料をダウンロードすると後からの営業電話がものすごいから気をつけた方が良いよ」という評判が立つことになります。こうした評判が立ってしまうと、広報まで巻き込んだ大問題に発展することがあります。
実はこれが、この5年間で日本のBtoBマーケティングで起きたインサイドセールスの負の側面です。
「余剰人員でインサイドセールス部門をつくる」という危険な発想
ではなぜ、BtoBマーケティングにとって必要不可欠なインサイドセールスが、このような不適合を起こすのでしょうか。
それは、インサイドセールスを軽視していることが原因です。企業によっては、「ある程度の製品知識を持っていれば誰でも電話をかけることができる」と簡単に考えていますので、真っ先に内製化の候補に挙がるのがインサイドセールスです。
中には「余剰人員にやらせる」と乱暴に考える企業さえ存在します。余剰人員がコールドコールをかけると聞いて喜ぶマーケティングも営業もいないでしょう。
インサイドセールスはうまく適合させることができれば、サッカーのポジションで例えるとトップ下、営業の司令塔の役割を担うことができます。
そのようなADRやBDRと呼ばれる専門組織に進化させるか、社内のマーケティングからも営業からも顧客からも嫌われる迷惑集団にしてしまうかは、企業のマーケティング偏差値にかかっています。
マーケティング戦略の全体設計をせずに、とりあえず組織をつくったとしたら、そんな組織が売上に貢献することなどあり得ません。経営者は肝に銘ずるべきでしょう。
【庭山一郎(にわやま・いちろう)】
1962年生まれ、中央大学卒。1990年にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。
1997年よりB2Bにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供している。海外のマーケティングオートメーションベンダーやB2Bマーケティングエージェンシーとの交流も深く、長年にわたって世界最先端のマーケティングを日本に紹介している。
年間で150回以上に及ぶセミナー講師や、ノヤン先生として執筆している『マーケティングキャンパス』等、多数のマーケティングメディアの連載をとおして、実践に基づいたマーケティング手法やノウハウを、企業内で奮闘するマーケターに向けて発信している。ライフワークとして、ブナの植林活動など「森の再生」に取り組む。
庭山一郎(シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役)