【オフサイド新ルールのメリット・デメリット】ゴールと引き換えに“サッカーの価値”を失う可能性も?

【オフサイド新ルールのメリット・デメリット】ゴールと引き換えに“サッカーの価値”を失う可能性も?

  • サッカーダイジェストWeb
  • 更新日:2021/06/11
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中盤のエネルギーこそサッカーの醍醐味。攻撃優位となり最終ラインが下がれば、サッカーがつまらなくなる懸念も。(C)SOCCER DIGEST

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「たかが身体の幅くらいの差」かもしれないが、ゴール、ノーゴールの判定が逆になることを考えれば、極めて重大なルール改正だ。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

来夏、サッカーのオフサイドは大きなルール改正が行なわれる予定だ。

今まではオフサイドラインになる相手の選手(多くは最終DF)よりも、手や腕を除く身体の一部が前に出ていた場合、その選手はオフサイドポジションであると判定されてきた。しかし、ルール改正後は、手や腕を除く身体の一部が、相手の選手と同じラインに残っていれば、その選手はオフサイドポジションではない、と変更になる。

毎年行なわれるルール改正は、文言や解釈の統一を目的とすることが多く、あまりファンに影響を与えることはないが、このオフサイド改正は違う。ルールの内容がはっきりと変わる。「たかが身体の幅くらいの差」と思うかもしれないが、この差によって多くのゴール、ノーゴールの判定が逆の結果を導くことを考えれば、極めて重大なルール改正だ。

現在、FIFAやIFAB(国際サッカー評議会)で要職を務めるアーセン・ヴェンゲルが、昨年に発したオフサイドの新ルールに関する提案は、いささか安直というか、思いつきに近い発言だと感じたが、わずか2年程度でそのまま採用されるとは、正直驚いた。

ただし、こうしたオフサイド改正の流れが起きること自体は、必然と言える。VARが導入されたからだ。

基本的なことだが、審判は自分たちの目で見て、確認をしなければ、笛を吹けない。想像や周りの雰囲気、審判以外からの情報によって判定を行なうことは許されていない。それは副審も同じだ。当該選手がオフサイドポジションに居たことを、自分の目で確認しなければフラッグアップはできない。つまり、「疑わしき」に留まる場合は、プレーを流すしかなく、これはオフサイドもファウルも同じだ。

しかし、2017年から広く導入が始まったVARシステムでは、「疑わしき」を映像で確認できるため、頭が出ていた、つま先が出ていた、といったセンチメートル単位のオフサイドを、ルールに忠実に、確信を持って見極めることが可能になった。今まではグレーのまま流した微妙な事象でも、白、黒とはっきり区別できるため、結果としてオフサイドと判定される場面が広がったことになる。

意図せず守備優位に傾いてしまったので、だったら今度は、オフサイドと判定される場面を狭くする方向へ、ルールを調整しようと。ヴェンゲル案の妥当性はともかく、攻守のバランスとして、オフサイド緩和の動きが出るのは必然だった。

そして、「思いつき」と揶揄はしたが、このヴェンゲル案は意外と悪くない面もある。ファンの満足度を高める可能性が高いからだ。

今まではゴールが決まったとき、遡って、頭が出ている、つま先が出ていると、センチメートル単位のオフサイド判定により、ゴールが取り消される場面が起き、ぬか喜びをしたファンがストレスを抱えていた。
しかし、新ルールの場合、頭やかかとがセンチメートル単位でも重っていれば、ゴール判定となる。

身体がまったく重ならず、前に出ているときは、ファンからも「もしかしてオフサイドじゃないか?」と想像もつきやすいが、そこで意外にもかかとが残っており、ゴール認定となれば、同じデリケート判定でも、会場は「ワーッ!」と意外なゴールに沸くだろう。逆に、重なっておらずゴール取り消しになったとしても、映像的には「かなり出ていた」というインパクトがあり、大きな不満は出ないのではないか。

VARがデリケートな判定を行なうことは変わらないが、身体の一部の重なり、という微細な部分を全部オンサイドにしたことで、その結果がポジティブな方向、つまりゴールへ転ぶようにした。サッカーファンに満足してもらう、つまり目先の顧客満足度を高める意味では、妥当なルール変更だ。ジャンニ・インファンティーノ会長のFIFAはその点を極めて重視している。
では、ファンの満足度はともかく、競技的にはどうだろうか。

FIFAはこのルール改正により得点が50パーセント増え、攻撃的なサッカーになると説明している。しかし、本当にそうなのだろうか。50パーセント増えるという試算は、あくまでも現行のルールで戦った試合を、再判定しただけで、新ルールを前提に戦った試合ではない。

個人的に思い出すのは、2016年のルール改正の際に、とあるJリーガーから聞いた話だ。ペナルティエリア内で決定的阻止のファウルを犯したとき、PK、退場、出場停止の三重罰は重すぎる、とルールが緩和されることになり、通常のファウルならば、退場ではなくイエローカードに留めるとルールが変わった。

普通に考えれば、DFにとって、多少なりともエリア内でチャレンジしやすくなる。そう思って当時、あるJリーグのDFと話したが、彼の反応は真逆だった。

曰く、そのルール改正により、審判がPKを取りやすくなることを懸念していると。今までは三重罰があるために、決定機でPKを吹くのはハードルが高かったが、三重罰の解消で審判に心理的障壁がなくなれば、PKが吹かれやすくなる。だから、むしろ警戒を強めていると、そう言っていた。一見すれば、明らかに守備優位に思えるルール改正だったが、現場で戦うプロのDFは、そう感じていなかった。

人がプレーし、人が運営し、人同士が対戦するとは、そういうことだ。心があり、駆け引きがあり、お互いを読む。

ルールが攻撃優位になったから、試合が攻撃的になるとか、勝負の世界はそれほど単純ではない。むしろ、その優位性を消さなければならないと、ディフェンスラインが下がり、どんどん試合が守備的になる可能性がある。逆方向への調整意識が働くのだ。

得点自体はある程度増えるかもしれないが、リスクを恐れたディフェンスラインが下がれば、中盤の攻防はアグレッシブではなくなるだろう。まさに中盤のエネルギーこそ、サッカーの醍醐味だと個人的には思うが、それを失った場合、我々は得点と引き換えに、サッカーがサッカーである価値を失うかもしれない。目先の顧客満足度だけでなく、長期的な顧客満足度を含めれば、間違いなく懸念はある。
とはいえ、実際にやってみなければ、勝負の世界のプロたちがどう動き、どう対抗するのかは、正直分からない。やっぱりこんなサッカーはつまらない、ということなら、再びFIFAはルール改正に動くのだろう。

VARは設備投資が大きすぎて、二度と元に戻ることは出来ないと思うが、このルール改正は比較的戻りやすいし、細部の調整を重ねる可能性もある。もっとも、そうした度重なる変更に対応する副審はたまったものではないが……。いや、ともすれば、その頃になれば副審はAI化しており、単なるプログラムの書き換えで済むかもしれない。

次はどんな流れが出来ていくのか。別に何が変わっても構わないが、サッカーがサッカーである価値だけは失ってほしくない。

文●清水英斗(サッカーライター)

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