アント上場中止・バイデン新政権で米中ハイテク戦争に大きな転機

アント上場中止・バイデン新政権で米中ハイテク戦争に大きな転機

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/22
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米中ハイテク戦争をめぐる状況が、急速に変化している。中国では国家によるハイテク企業の規制が強まり、アントやアリババの事業環境が急激に悪化している。一方、アメリカでは、トランプ政権の退場で、シリコンバレーに対する敵対的政策が後退する。

トランプ政権下の反ハイテク政策は、結局は中国に利益を与えた場合が多かった、今度は逆に、中国がアメリカに利益を与える。

習近平の激怒で、一瞬のうちに3.6兆円が吹き飛ぶ

この数週間、中国でハイテク企業に対する規制強化が急に目立ってきた。

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photo by Gettyimages

その第1は、アントの上場停止だ。電子マネー「アリペイ」の発行者アントは、香港と上海市場に上場するはずだった。その企業価値は約1500億ドル(約16兆円)程度だといわれていた。

これは、米シティグループ(約11.5兆円)の時価総額を超え、三菱UFJフィナンシャル・グループなど日本の3メガ銀行の時価総額の合計(13.3兆円)を上回るものだ。

上場による資金調達額は345億ドル(約3.6兆円)とされていた。これは、みずほフィナンシャルグループの時価総額に並ぶ規模だ。

アントの企業価値がこのように大きくなるのは、「決済サービスを無料にし、そこから得られるデータを活用して収益を上げる」という新しいビジネスモデルを確立したからだ。

この基礎にあるのは、「芝麻(じーま)信用」という信用スコアリングだ。アリペイの取引データから、人工知能(AI)が利用者の決済履歴や、事業者の資金使途などを解析して、信用力を評価する。

ところが中国当局は、上場直前の11月3日に、アント上場に待ったをかけた。アント上場の中止は、ジャック・マー(アントの親会社であるアリババ集団の創始者)の当局批判に対して、習近平が激怒したからだと言われる。それによって、一瞬のうちに3.6兆円が吹き飛んでしまったのだ。

アントでさえ、共産党の鼻息を伺わなければならないとなれば、中国の能力がある若者は萎縮する。長期的には、この出来事は、中国IT産業衰退の始まりになるだろう。

アリババに対しても当局が圧力

アリババ集団によるネット通販セール「独身の日」が、11月12日深夜0時に終了した。セール期間中の取扱高は4982億元(約7兆7000億円)。2019年の2684億元を大きく上回った。

ところが、セール前日の10日に、規制当局である国家市場監督管理総局が、独占的な行為を規制する新たな指針の草案を公表した。取引先の企業にライバル企業と取引しないよう「二者択一」を求めることは法律違反にあたるとしている。

このように、アリババを取り巻く事業の環境も急激に変化している。この措置を受けて、11日に香港株式市場でアリババの株価は前日比9.80%安となった。

ハイテク企業に対する中国での規制強化の動き

もともとアリババは、ファーウエイなどとは違って、国の後ろ盾がない企業だった。

鄧小平による改革開放の基本的な政策は、「大を捉え、小を放つ」ということだった。eコマースは国の産業に大きな影響がないと考えられたために、これまで比較的自由な活動が認められてきたのだ。ところが、実はeコマースや電子マネーが重要であることが分かってきた。

このため、中国当局は、2、3年前から金融の管理強化に乗り出していた。ここにきて、巨大ハイテク企業への圧力を一段と強め、アントとマー氏を標的にしているのではないかとの見通しが広がっている。さらに、ビッグデータの運用方法にも制限がかかる可能性があると言われる。

こうした動きが、ここになって加速化してきたということだ。アントの企業価値評価は4000億ドルに達してしかるべきだとの見方もあった。そうなると、評価額は資産規模で世界最大の銀行である中国工商銀行に並ぶ。こうした状態は、放置するわけにはいかないのだろう。

デジタル人民元の真のねらいは、アリペイなど民間の電子マネーの成長を抑えることにあったのかもしれない。デジタル人民元によってマネーの世界をコントロールしていくという中国政府の戦略が見えてきた。

トランプ政権の終了でGAFA敵対政策は変るか?

一方、アメリカでは、ハイテク産業に関する条件が好転する可能性がある。

トランプ政権 は、シリコンバレーの巨大IT 企業に敵対的な政策を取ってきた。鉄鋼や自動車などの製造業をアメリカに戻し、伝統的産業の雇用を増やす半面で、「アップル製品は敵だ」などと、ハイテク企業やシリコンバレーなどに対して敵対的な発言をすることがあった。

さらに、H1Bビザの発給制限などを行なった。H1Bビザは、専門技術者として米国で一時的に就労する場合を対象としたビザで、米国の学士またはそれと同等の経歴を持っていることが 条件。シリコンバレーのハイテク企業にとっては、技術者の確保に重要な意味を持っている。

そして、トランプ政権下のアメリカ司法省は、10月20日にトラスト法でグーグルを提訴した(「GAFA世界支配、グーグルを独禁法で提訴しても問題解決にならない」参照)。

ただし、この問題は複雑だ。シリコンバレーと民主党、共和党の関係が、いくつかの面で「ねじれて」いるからだ。

まず、GAFA分割論は、下院司法委員会の反トラスト小委員会が、反トラスト法改革を提案したことがきっかけで、もともとは民主党が主導したものだ。

歴史的にも、 反トラスト小委員会は、大企業には厳しい態度で臨む民主党が主導してきた。バイデン氏も、この方向を支持してきた。

こうしたことから、バイデン政権においても、シリコンバレーの大手テクノロジー企業に対する圧力は続くだろうとの見方があることも事実だ。

ハリス副大統領が重要な意味を持つ

他方で、シリコンバレーの企業は、民主党支持だ。バイデン陣営が10月31日に公表したリストによると、バイデン陣営の資金集めには、シリコンバレーの大物が多数協力している。

バイデン政権のハイテク産業に対する政策に大きな影響を持つと考えられるのは、副大統領になるカマラ・ハリス氏だ。同氏は、北カリフォルニアの出身で、シリコンバレーの人々と深いつながりがある。2010年にカリフォルニア州の司法長官に選ばれて、テクノロジー産業の監督を勤め、彼らに対して穏健な姿勢をとった。シリコンバレーを理解しており、過激な施策を取ることはない。

民主党の指名を争うレースで、シリコンバレーの経営者から大きく支持され、バイデン氏がハリス氏を副大統領候補に選んだ時には、シリコンバレーは歓迎した。大手テクノロジー企業の社員たちからの寄付でも、早くから他の候補を抜いていた。

アメリカはこれまで、IBMやAT&Tという巨大情報企業を、独禁法によって企業分割することで、その力を弱めてきた。GAFA分割論は、これと同じ手法を適用しようとするものだ。

しかし、プラットフォーム企業に対してその手法が有効でないことを、バイデン政権は重々承知しているのではないだろうか?

そして、ハイテク企業がアメリカの強さの源泉であり、中国に対する最強の武器であると認識しているから、友好的な立場をとるだろう。

ただし、IT 企業の巨大化に対する国民の反発が強まっているので、放置するわけにもいかない。どのような手段で対処するかの手探りが続くだろう。

アメリカの対中ハイテク政策は変るか?

ウミガメ族(アメリカ留学を終えてアメリカに残るのでなく、中国に戻る若者)の動向が注目される。一時は増えたと言われたが、その後、状況に変化があるとも言われる。

中国でIT企業に対する締め付けが強まり、他方でバイデン政権がH1Bビザの緩和措置をとれば、アメリカに残る中国人の専門家が増え、アメリカの新技術開発能力は飛躍的に向上するだろう。

もともと IT革命 は、IC(インディアン・アンド・チャイニーズ)によって実現したと言われた。アメリカの強さは、ICを認めたことにある。

トランプ による排他政策からバイデン政権が脱却できれば、その意味はきわめて大きい。トランプ政権の反ハイテク政策は、結局は中国の利益になる場合が多かった、今度は逆に、中国におけるハイテク企業規制強化が、アメリカの利益になる可能性がある。

他方において、アメリカが中国系企業を排除しようとする政策は続くだろう。とりわけ、ファーウエイに対する排除措置は続く可能性が高い。

中国系IT 企業であるTikTok、Zoom などに対する対応がどう変わるのか、予測できない。 ただし、 TikTokなどの特定の中国企業が安全保障上のリスクをもたらすとの考え方は、バイデン氏もトランプ氏と同じように持っていると言われる。

デジタルドルの発行が促進される可能性

以上で見たように、中国ではハイテク企業への規制が強まり、アメリカではハイテク敵対視政策が後退する。すると、米中ハイテク戦争は、大きな転換点を迎えることになるかもしれない。これは、中央銀行によるデジタル通貨発行にも影響する可能性がある。

中国のデジタル人民元計画は着々と進んでおり、2022年に実用化されることはほぼ間違いない。

一方、これまで、米財務省も FRB も、中央銀行デジタル通貨に対して異常なほど消極的だった。

米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、10月19日、国際通貨基金(IMF)が開催した国際送金に関するパネルディスカッションで、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行について慎重な姿勢を示した。

これは、共和党内での反対意見が強かったためと思われる。共和党では民間主体の電子決済を後押しする意見が強いのに対して、民主党にはCBDCの推進論がある。

すると、バイデン政権の成立により、デジタルドルをめぐる状況が一変する可能性がある

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