安心安全な大会へ3つのコロナ対策/太田雄貴会長3

安心安全な大会へ3つのコロナ対策/太田雄貴会長3

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2020/09/17
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フェンシング全日本選手権の予選会場(太田会長ツイッターから)

「エイブルpresents第73回全日本フェンシング選手権」が17日、開幕する。新型コロナウイルス感染拡大後、初の国内最高峰大会。オリンピック(五輪)2大会連続銀メダリストの日本協会・太田雄貴会長(34)が取材に応じ「NEW STANDARD」(新基準)を掲げる大会の安全対策を解説した。

日本協会は7日、全日本選手権に向けて「新型コロナウイルスに対する取り組み~医学的見地から~」と題した文書を公表した。まとめたのは医学委員会の委員長。国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ医学職員やサッカー日本代表のチームドクターも務める土肥美智子さんだ。

選手にとって安心安全な大会にするため、医学委員会や強化本部を中心に<1>競技中の飛沫(ひまつ)飛散<2>競技中の濃厚接触<3>新型コロナ検査(スマートアンプ法)の導入、を決めた。

<1>は福田佑輔強化本部長も入り、微粒子可視化システム(可視化用LED光源+レーザーシート、リアルタイム画像処理高感度カメラ)と感水紙を用いて検証した。分析では、飛散の量に個人差はあるものの、双方がフェンシングマスクを装着していれば飛散量減少に効果があること、飛沫ガードは飛散量減少に有用、発声しなければ飛散量は少ないことなどが分かった。

<2>はフェンシング競技が濃厚接触に当たるかどうかの検証を強化本部アナリストの画像分析ソフトで行った。「接近距離での滞在時間」と「発声回数」について各種目5試合ずつ計30試合を分析。いずれの種目でも滞在時間は1分30秒未満で、試合中の至近距離での発声回数は1試合平均17回程度というデータが出た。

この結果、競技中の飛沫飛散はあるものの、無症状の感染競技者が試合を行ったとしても対戦相手が濃厚接触者と認定される可能性がないこと、ガードの装着や発声を抑えることで飛散量を減少させることが可能であり、安全に試合を行うことができると判断した。

一方、この暑さで飛沫ガードをすることは熱中症のリスクやパフォーマンス低下の可能性があり、競技中の発声も完全に抑える努力にも限界があると意見が寄せられたため、議論の末にガードを使用しないことも決定。試合前、全選手に対する<3>の検査を義務化し、非感染者以外は試合会場に入れないルールを定めた。

太田会長は言う。「開催時期や感染症対策など、4月から土肥先生をはじめとする医学委員会と話し合ってきた。出場選手を苦渋の決断で各種目16人に絞ったのも、タイムテーブル、空気や選手の入れ替えを考えると『16人が妥当な人数』という医学委のエビデンス(根拠)を元にした」。フェンシングは対人競技ながら、接触時間が少ないことを証明した上で開催する。

また、民間病院のコロナ病棟開設などに携わっているキャピタルメディカ社とアドバイザリー契約を結んだ。詳細なガイドラインを作成して配布。万が一、陽性反応者が出た場合の搬送先などを厳格に確認した。

万全の対策を取った後は選手に躍動してもらう。「非常に難しい局面の中、選手たちは歯を食いしばって練習してくれた」と感謝し「本番まで熱中症、けが、感染がないように準備してほしい。僕たちはスポーツのあり方や持つ価値を再確認し、映像配信の可能性にチャレンジしていく。協会と選手、両輪でやっていきましょう」と呼び掛けた。

3月に東京五輪・パラリンピックの延期が決まった際、13年に「日本の顔」のプレゼンターとして招致に尽力した男は選手のことを考えていた。緊急事態宣言下で、ずっと。「延期になった時は選手のことを考えると言葉が出なかったし、混乱した。何より選手にとっては目標がぼやけてしまい、本当につらく苦しい思いをしていたはず。だから今回、少しでも良い形での全日本選手権を用意したかった。また選手たちのモチベーションが上がるような大会にしたいし『NEW STANDARD』や新たなスポーツの価値創造にも挑戦したい」。アレ!(始め!)さあ、新時代の大会が幕を開ける。【木下淳】

◆フェンシング全日本選手権 今年で73回目を迎える日本一決定戦。予選は東京・駒沢体育館で準決勝まで。17日は女子エペ、男子サーブル、18日は男子フルーレ、女子サーブル、19日は女子フルーレ、男子エペの試合が行われる。各種目の出場者16人は原則、国内シニアランキングの男女上位16位までが推薦された。予選の模様はPLAYER!で、26日の決勝はABEMAで全試合配信される。詳細は大会公式サイトまで。

◆太田雄貴(おおた・ゆうき)1985年(昭60)11月25日、京都府生まれ。滋賀県大津市で育つ。男子フルーレ。京都・平安高(現・龍谷大平安高)時代に史上最年少17歳で全日本選手権優勝。04年アテネ五輪9位。08年北京五輪の個人で日本初の銀メダル。12年ロンドン五輪では団体で銀メダルに輝いた。15年に世界選手権で金メダル。16年リオ五輪の初戦敗退を最後に引退した。17年に日本協会の会長就任、TBS笹川友里アナウンサーと結婚。18年に国際フェンシング連盟の副会長に就いた。同大卒。171センチ。血液型O。

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