年賀状卒業しました!――今風のコミュ二ケーションのあり方を考える

年賀状卒業しました!――今風のコミュ二ケーションのあり方を考える

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/23
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令和2年元旦を最後に卒業した

平成31年(2019年、令和元年)は元号が切り替わった年である。5月1日午前0時に、第125代(平成)天皇明仁が退位して「上皇」になり、明仁の第一皇男子である徳仁親王が第126代(令和)天皇に即位した。

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また、昭和64年(1989年)1月7日午前6時33分、昭和天皇は皇居吹上御所において宝算87歳をもって崩御した。したがって、昭和64年は1月7日までであり、1月8日からは平成元年である。

私の人生で2回元号が変わったことを考えると感慨に耐えないが、令和に入ってからの最初の正月である令和2年元旦を持って年賀状を「卒業」した。

したがって、今年の年末・来年始(令和3年)は物心ついてから初めて年賀状無しで過ごすことになる。小学校時代の芋判から始まって、おおよそ半世紀の思い出があるが、そろそろ潮時だと感じたからである。

多くの読者も年賀状の意義については、色々と考えることがあるだろうから、私がなぜ年賀状を「卒業」するに至ったのかをお伝えしたい。

結論を先に述べれば、「惰性でいつまでも続ける意味は無い」と思う。

芋版ならぬくもりが伝わる

私が小学生の頃は「芋版」がそれなりにメジャーな存在であった。今の若い世代には見当もつかないかもしれないが、焼きいもにするとおいしいあのサツマイモを真ん中から2つに切り、その切り口に彫刻刀で干支などのデザインを掘るのである。

そして、今でもゴム印を使用する時に使うスタンプ台や絵の具などで、1枚ずつはがきの裏にぺたりと押していくわけである。

手作業なので、デジタル印刷のようにきれいにはいかないが、微妙な押印のずれやカスレなどから、相手がインクだらけ、絵の具だらけになって年賀状と格闘している姿を思い起こさせ、暖かい気分になるものである。

もちろん、サツマイモでできた芋版の耐久性などたかが知れているから、出す数が限定されるという「希少性」もあった。もちろん、裏の文面や宛て名もすべて手書きである。

現在では、その気になれば家庭用のプリンターで数千枚印刷することも難しくないことを考えると隔世の感がある。実際、元号で言えば昭和から数えて3つ目の時代に入ったのだ。

年賀状大量生産時代

私が高校生くらいの時には、年賀状の表も裏もすべて手書きと言う人々がまだそれなりにいて、達筆の筆書きの年賀状を時々受け取ることがあった。私の恩師の1人である教師は毎年800枚ほどの手書き年賀状を出していたが、12月の間、1ヵ月にわたって、毎日家に帰ってから年賀状をひたすら書くと言っていた。

私はそもそも悪筆で、年賀状を書くたびに大いなる劣等感を抱いていたが、例え達筆の書道の達人であっても、手書きで年賀状を作成するのは大変な作業であった。

だからこそ、もらった方もうれしいわけである。

「年賀状革命」の先鞭となったのが、理想科学工業が発売した「プリントゴッコ」である。
1977年(昭和52年)から2008年(平成20年)まで販売された大ヒット用品だ。

それまで芋版・ゴムスタンプ・手書きで作成していた年賀状にいわゆる「印刷システム」を取り入れたのは画期的であった。工業の発展の段階で言えば「家内工業」が「工場制手工業」に移り変わったということである。

そして、現在我々が経験しているのは「産業革命」後の、工場ならぬIT機器による「年賀状大量生産時代」だ。

DMと同じになってしまった

あるいは、グーテンベルクの活版印刷技術普及以降の世界に例えられるだろう……グーテンベルク以前の本(書類等)は基本的に手書きの書き写しで、現代の高級車1台分にも相当する大変高価なものであった。

私も、近年は電子データ化した住所録で宛名を印刷し、裏面もデザインには気を配るがすべて同じ文面の印刷である。

よく考えると、これでは業者が大量に発送するダイレクトメール(DM)と何ら変わらない。

もちろん、裏面に必ず手書きの一言を添えるようにしているが、長年対面での交流が途絶えている人にはありきたりのあいさつ程度のことしか書けない。さらには、こちら側から「お元気ですか?」と書き添えると、先方からも「お元気ですか?」とかえってきて、「お元気ですか?」のラリーが始まることもある……

また、日常的に対面やネットで交流している人々には、DMに準じた年賀状はまったく無意味だ。

「心の交流」ができるのであれば年賀状は価値があると思うが、DMに準じた年賀状は、「紙とインクを浪費し環境を破壊する」とさえ思える。

年始の訪問が源流だ

1円切手の肖像でも有名な前島密(ひそか)の発議により、東京-大阪間で官営の郵便事業が開始されたのは1871年(明治4年)である。もちろん、年賀状の歴史はそれ以降に始まる。

つまり、郵便制度が始まるまで日本人には年賀状の習慣など無かったのである。もちろん、正月はおめでたいことであるから、「挨拶」はむしろより丁寧に行った。「年始回り」=「取引先や親戚、上司などを訪問し(対面で)挨拶をする」である。

いうまでもなく、「挨拶」は「対面」で行うのが正しいあり方だ。少なくとも当時は「はがき1枚で年始の挨拶を済まそうなどという輩は許せん!」と思う人々もいたに違いない。

ただ、年始のあいさつ回りを差し置いて、年賀状という習慣が爆発的に広がったのにも理由がある。

江戸時代には人々が自分の村から出ることは稀であった。伊勢参りなどはその数少ない機会であり、自分の村の外を広くこの目で見ることができる生涯一度あるかないかのチャンスでもあった。

だから、年始の挨拶と言っても、「自分の村の中を徒歩で一周すればほとんどすべての知り合いに会うことが可能」であったのだ。

ところが、明治になって関所などの移動を制限するシステムが廃止されただけでは無く、鉄道などの交通機関が飛躍的に進歩し、人々の活動範囲も広がった。全国各地に知り合いができるようになると、「村を一周して挨拶周りを済ませる」などと言うことはできなくなる。

例えば、大阪、東京、札幌、福岡に知り合いがいる場合、国内の航空便が無かった当時、年始のあいさつ回りなど到底不可能であったことは簡単に想像できる。

もちろん、交通網が発達した現代でもかなり難しい芸当であり、そもそも正月の時期にただあいさつのためだけに、そのような莫大な労力を使うべきなのか疑問に感じる人がほとんどであろう。

また、現代では正月は家族団らんの時間として考えられているから、そのようなときに親しいとはいえ、他人が訪問してくることは迷惑かもしれない……

そのように考えると、少なくとも芋版やプリントゴッコの時代までの年賀状はそれなりの意味があったように思う。

かといって同報メールは勘弁してほしい

IT・インターネットが爆発的に拡大し始めたのは1990年代後半からである。現在では、世界中のどこにいても、Eメール、スカイプ、ズームなどで気軽にいつでも連絡が取れる。

このような時代に「準DM」のような年賀状に意味があるのかどうかということは長年感じていた。

一時期、メールの一斉同報で「年賀メール」を送る人々が多数いたが、中身の無い誰に対しても同じ文面のメールを多数受け取ると、悪意無く送付された方々には恐縮だが、正直<ジャンクメール攻撃>にあった気分になる。

また、最近ではSNSで正月に<おめでとうコメント>が大量に書き込まれ、一般のコメントを読むのに困難をきたすことがある。これも、投稿する方々はただ単純に「正月を祝いたい」だけなのかもしれないが、デジタルでは芋版のような心が伝わってこないのも事実である……

また、元旦午前零時を挟んで「おめでとう電話」が殺到するということで、携帯電話の通信機能が制限されるということも長年続いた。例えば緊急連絡を取りたい人には、少なくとも結果的に、大迷惑だ。

もちろん、正月をお祝いすることには賛成だが、「祝う心」が伝わることが大事だ。挨拶というものは、心がこもっているから意味があるのだ。「挨拶の言葉だけを大量発信」するだけの行為は、意味がないだけではなく、場合によっては資源を浪費する社会悪や他人に迷惑な行為になりかねない。

郵便事業を儲けさせるのも癪に障る

前島密によって発議された日本の郵便システムは世界に誇れるほど正確であるし、それを支える配達員を始めとする職員の方々にも感謝の意を表したい。しかし、かんぽ不正問題を始めとする日本郵政には少なからぬ憤りを感じている。

日本郵政傘下の日本郵便にとって年賀状はドル箱だ。ポストに投函する以外の付随敵業務はあるが、ポストに入れる手間は1枚でも100枚でも500枚でも同じである。

例えば、100枚まとめれば1回の配達で63円×100枚=6、300円の収入(税込み)になるし、500枚であれば31、500円(税込み)である。日本郵便にとって年賀状はドル箱なのだ。

逆に、送る側にすれば、はがき代だけでは無く、印刷を含めたコストがかかる。さらには名簿作成・整理も含めた膨大な作業時間が必要だ。

だとしたら、その資金と労力を、年賀状送付先のごく一部にはなるが、正月に限らず会食などで「親密なコミュニケーション」をとることに費やした方が合理的だという考えに至ったのだ。つまり「数より質戦略」だ。

あるいは、その金額をどこかに寄付して、その事実をブログやSNSで公開してあいさつ代わりにすれば、社会的に意義がある行為だと思う。

新時代のコミュ二ケーションは「中身」が必要

ネット社会では、いつでもどこでも繋がることができるから、広く薄いつながりであれば、いくらでも増やすことができる。例えば、フェイスブックの友達の上限である5000名に達している人は少なくない。

ネットが発達する以前は「広く薄くつながる手段」は限定されていたから年賀状にも意味があったと思うが、ネット社会では「広く薄くつながる」ことなどいつでもできる。

だとしたら、「広く薄くつながる」手段としてはネットに劣る年賀状は「卒業」して、対面による「狭く深いつながり」を追求すべきだと考えた次第である。

形式的なあいさつでつながるのは薄っぺらい関係だけだ。要は、コミュニケーションの中身だということである。

ちなみに、私の令和2年の「最後の年賀状」にはメールアドレスを記載して、これからも相手が望めば、いつでも簡単にコミュニケーションが取れるようにした。

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