
夜道雪 / 撮影:近藤宏一
声優、YouTuber、モデル、コスプレイヤー、そして2022年7月からは自身名義での音楽活動も。「マルチタレント」を掲げ、さまざまなジャンルで活躍する夜道雪(よみちゆき)のコラム連載、「夜道 雪のBlowin' the Night wind!(夜風に吹かれて!)」がスタート! 地元・北海道から上京し、現在の「表現者・夜道雪」が生まれるまでの道のりを、「夜道節」で綴っていきます。
心の中ではたくさんしゃべっているのに…
私は稀に絵を描く事がある。
趣味と言えるほど、頻繁に描くわけではない。
数年に一度、描くか描かないか。
描きたくて描く、ではなくて、頭の中のなにかを表現したくて描いている。
だから趣味ではなく特技に近いのかもしれない。
それは思い返せば、幼少期から。
母は高齢出産で私を産んだ。
そのため、親戚の中でも一番歳が近い兄やいとこ達ですら、10個は歳が離れていた。
私が3つの時、彼らはもう既に中学生
自分の言葉でしっかりと大人達と会話ができていた。
私がまだ理解できない、難しい単語や話題が飛び交う。
親戚一同が集まり、皆賑やかで楽しそうだ。
そんな中、私は控えめな性格もあって余計に喋らない。
そして必ずこう言われる。
「本当におとなしくて偉い子ね」
「お人形さんみたいね」
心の中では沢山喋っているよ。ただ、この気持ちを言葉に言い換えるのが難しいの。私もみんなに混ざりたいよ。
と、思うだけ。
それもいえない。だから私は絵を描く事にした。

夜道雪 / 撮影:近藤宏一
なぜ私は絵を描くのか?
新聞紙の中にある裏が白紙のチラシを探す。
5枚に1枚くらいの確率で片面印刷のチラシが入っていて、私はこの紙の事を裏紙と言っていた。
そして、裏紙に家族や親戚の似顔絵を描いた。
ねえ私の描いた絵を見て、私みんなともっとお話ししたいの。
「あら上手!将来は漫画家さんね!」
「画家さんじゃない!?」
その後も漫画家を夢見た事は一度もなかったが、絵を描いた事によって言語化できない私の気持ちを、少しだけ伝えられたような気がして嬉しかった。
そして私が再び絵を描くようになったのは中学生の頃だ。
順風満帆に学生生活を送っていた私だが、
些細な事からクラスや部活でいじめられるようになり、次第に学校に登校できなくなった。
欠席日数も徐々に増えてゆき、親からは進学や将来を心配されていたが、学校で何が起きているかを何故行きたくないのかを相談する事ができなかった。
親子関係に問題があったわけではなく、完全に自分自身の気持ちの問題。
多感な時期である中学生特有の反抗心で、親の優しさすら当時は受け付けなかった。
励まされても私はもう何もしたくないし、更に惨めな気持ちになるだけ。
私はお先真っ暗の劣等生。もう全て諦めているから放っておいてよ。と、捻くれた事ばかりを考える日々。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
どうしてあんな学校に行かなくちゃならないんだろう。
これ以上私に学校に行けと言わないで。
学校に来いと電話をかけないで。
もう私のことなんて放っておいて。
世界に私の味方など1人もいない。
先生も親も同級生もみんな私の気持ちはわからない。
学校に行けば煙たがられ、学校を休めば来いと叱られ、未熟な私は誰かと喋る事が怖くなった。
そして私はふと、自室の片隅に放り投げられた裏紙に目を向けた。
表を見ると、まだ学校に行けていた時に配られた、ずっと前の国語の課題用紙。

夜道雪 / 撮影:近藤宏一
黒く、黒く塗りつぶせ
以前の私は夜遅くまで部活をしながら、課題も忘れた事はなかったな。
国語は苦手だった。でも授業では教わっていない教科書の先のページにある文学作品を、家で先に読むのが好きだった。
『盆土産』、あれは名作だ。
年に数回の家族団欒の時間が、まるで自分の体験のように瞼の裏に鮮やかに浮かぶ、この作品が好きだ。
私も以前は家族全員で食卓のテーブルを囲み、夕飯を食べながら家族水入らず団欒のひとときを過ごしていた。今はそういうことも無くなったけれど。
と物思いに耽っていると、えぇいこんなもの、と急に心の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
もうこんな課題用紙はどうだっていいのだ。
気がつけば、食べる事も寝る事も忘れ、何時間も裏紙にありとあらゆる物を描きなぐっていた。
裏紙が真っ黒になるくらい、塗り潰すみたいに描いてやれ。裏紙のオモテが透けなくなるくらい沢山の絵で塗りつぶして、描いて描いて全てを忘れ去ろう。
好きな物も嫌いな物もありのままに、今の私自身の全てを紙にうつし出す。私の世界は黒だけだと思ったから、使う物は黒ペン一本だけ。兎に角イライライライラ腹を立てながらやり場の無い気持ちを描く。
誰にも理解されないと感じていた当時の私の未熟な心の中をプリント用紙の裏に精一杯表現した。
若さ故のエネルギーを狭く暗い自室で持て余していた私が、唯一出来た事。

絵:夜道雪
当時描いた絵は今も自分の学習机に大切にしまってある。
中学の卒業アルバムは殆ど見ずに捨てた。
あんな見せかけだけの硬い紙には思い出も気持ちも何も詰まっちゃいない。
私にとっては裏紙に描き殴られた真っ黒で変てこな絵だけが、中学時代を必死に生き抜いた唯一の証である。
スタイリング:菅晴子
ヘア&メイク:福島加奈子(ごほうび)