
電子書籍や本のネット販売の増加に伴い、書店が町からどんどん姿を消しています。青森県八戸市にある創業95年目の「木村書店」でも、長年客足の減少が悩みだったそうです。しかし2017年からスタートした「ポップごと本を販売」というユニークな取り組みが話題を集め、客足を再び取り戻すきっかけになりました。
【画像】かわいいイラストで賑わう一角は「ポップごと買える」本のコーナー
「ポップごと販売のきっかけとなったのは、お客さんからのひと言だった」と話してくれたのは、入社11年目でポップ制作を担当する及川晴香さん。どのような視点でポップを作成しているのかを、その経緯とともに伺いました。

木村書店のポップ制作を担当する及川晴香さん
「あなたが読んだなかで、面白いと思った絵本を紹介して」

中心地から外れた場所にある老舗の木村書店
── 木村書店は、駅や街の中心地からも離れた場所にあるそうですね。
及川さん:
そうなんです。八戸市の中心地から車で約10分。街から離れているため、好立地とは言えません。
2011年に私が入社するより前から、「客足の減少」が課題でした。
特に若い世代の人は、インターネットで本を買うことに慣れていて、電子書籍の利用も多いです。少しでも若い方が足を向けてくれるようにするために、何をするべきかを常に考えていました。
──「ポップごと販売」のアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。
及川さん:
ある日、「絵本を探している」というご年配のお客さまが来店されたとき、当時ベストセラーだった絵本を「これ、売れていますよ」とオススメしたんです。
すると、「あなたが今まで読んで面白かった本も紹介してほしいな」と言ってくださって。このひと言が、転機となりました。「書店員目線での『おすすめしたい本』にも需要があるのかも」と考えるように。
以前もポップの掲示はありましたが、「新入荷」など、文字のみのシンプルなもの。イラストにして、書店員のおすすめポイントをコメントとして添えたら面白いかも…と、密かにイラストの練習をし始めたんです。
──「イラストポップ」への社内からの反応はいかがでしたか?
及川さん:
2年くらい独学で絵の勉強をした後、社長に「ポップを手描きのイラストつきで出してみたい」と提案したところ、「新しいアイデアはどんどんやってみて」とGOサインが出ました。
そこで、2017年の春頃からイラストポップを店に出し始め、「ポップごと販売」もコーナー化。このコーナーには常時80〜100冊の本を、ポップとともに並べています。

かわいいイラストで賑わう一角は「ポップごと買える」本のコーナー
── Twitterでの書籍紹介もこの頃からですね。書店員の日常をマンガで綴った投稿もとてもユニークで楽しいです。
及川さん:
ありがとうございます。掲載する内容も任されているので、自由に楽しく描かせてもらっています。Twitterについては、東京の本屋さんがSNSを活用しているのを見て、「うちでも公式Twitterを作りたい!」と始めたんです。八戸出身の方の目に触れてもらって、「懐かしいな」とこの場所を思い出してもらえたら嬉しいです。
── ポップごと販売やTwitterを始めてから、客足に変化はありましたか?
及川さん:
以前よりも 20〜30代の客層が増えてきたように思います。お正月やお盆の帰省のタイミングで、「Twitterを見て来ました」という方もいますし、ポップがきっかけで、お客さんと会話が生まれることが増えました。

Twitter(@kimurasyotenn1)で、毎日書籍紹介を行っている
1日の売り上げは、これまでより約1.5万円増える日もあり、「今までネットで買っていたけど、木村書店を応援したいから」と、定期購読を注文してくれるようになったお客さんもいて、嬉しい効果を感じています。
現在の目標は、何回でも足を向けたくなる本屋さんになること。市内に住んでいる学生さんが月一くらいのペースで来店してくれる書店にしていきたいですね。
ポップに描くキャラクターでグッズ商品化も
── ポップは及川さん一人で作られているそうですね。毎日の更新は大変なのでは?
及川さん:
お店の定休日以外は、「絵本紹介」と「書店員の日常マンガ」をひとつずつ作って更新しています。ポップ作りを続けていくうちに「絵を描くこと」が好きになってきて、今では私の趣味のひとつ。
もちろん体調が悪い日や、休暇をもらっているときには更新をお休みすることもあります。でも、「好きなこと」を仕事にできて、本の売り上げにも貢献できているのであれば、こんなに嬉しいことはないです。
── ポップで登場するオリジナルキャクターの「きむねこ」も表情豊かでキュートです。
及川さん:
初めの頃は、作品の登場人物をイラスト化していたのですが、なかなか難しくて…。特に小説のポップを書くとき、登場人物の髪型、服装などをうまく表現できず、「それならば」とオリジナルキャラクターを作ってしまいました(笑)。木村書店の創業日が「昭和2年2月2日(ニャンニャンニャン)」ということで、ネコをモチーフにすることに。
ポップで描くイラストは、読んでいるときの私の表情や感情をそのまま表現していることが多いです。友人にオススメするような目線での言葉選びを大切にしています。

「わかる、わかる!」と共感を集めるイラストとキャッチが魅力
── イラストやポップ作成は独学で学ばれたとのことですが、参考にされたお店などはありましたか?
及川さん:
手描きポップを始めた頃は、ヴィレッジヴァンガードの店頭ポップを参考にすることがありました。それから「道の駅」もポップの良い勉強場所です。
たとえばネギ売り場には、農家さんの手書きのネギレシピなどの紙が置かれていて、「こう食べると美味しいんだよ」という情報がギュッと濃縮されています。
道の駅には、「美味しそう」「作ってみようかな」と商品に手を伸ばすきっかけがあちこちにあって、そのたびに「なぜ気になったんだろう」「なぜ足を止めさせてくれたんだろう」と考えるようにしていました。
──「きむねこ」のオリジナルグッズの商品化や、これまでのポップをまとめた『ポップの本』も出版されましたね。
及川さん:
ポップの制作を始めた当時は、ここまで広がりが持てるとは考えてもいませんでした。実は今、地元の新聞社から声をかけてもらって、Twitterに掲載している「書店員の日常」を再録した漫画本を出版する予定でいます。こちらは今秋発行を目標に、現在編集中です。
「木村書店でしか買えないものを作る」というのも、今後の販促の一貫にしていけたらと考えています。

店内のあちこちに散りばめられた「きむねこ」を探すのも楽しい
──「八戸といえば木村書店」と言える日もそう遠くなさそうですね!
及川さん:
うちだけでなく、地方書店はいつなくなるかわからない現状にあると思います。もちろん私も、新刊として読めない本に関しては電子書籍を利用しており、批判するつもりはありません。
ただ、「本を選ぶための選択肢」を長く残したいという気持ちでいます。ネットで購入するのも、店舗で手に取りながら選ぶのも、それぞれにメリットがあります。でも気がついたときには「実店舗がなくなっていた」というのはあまりにも寂しい。
普段、電子書籍で本を読まれている人も、ネット通販で本を買われている人も、たまには地元の書店に足を向けてほしいです。自発的に手を伸ばして選ぶことから、きっと思いも寄らない一冊との出会いがあるはず。その体験ごと、楽しんでほしいですね。
…
「まずは自分にできることから」と、コツコツと始まった及川さんのポップ制作。「ポップごと本を販売」というユニークな販売形式は、いつしか訪れる人の注目を集め、木村書店の個性を生み出してくれました。
「この店でしか得られない何か」を考え続ける及川さんの姿勢からは、地方書店が生き抜くためのヒントが隠されているように感じました。
取材・文/佐藤有香
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