死後の世界は近くにある... 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

死後の世界は近くにある... 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/10/18
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宮城県の古刹・通大寺では、人間に「憑依」した死者を成仏させる「除霊」の儀式が今も行われている。30人以上の霊に「憑依」されたことのある高村英さんと、その霊を成仏させた通大寺の金田諦應住職。二人に取材を続けてきたノンフィクション作家の奥野修司氏が、前回に続いて高村さんの体験を聞く。

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入れ替わるように次の霊が......

下半身がない兵隊の除霊が終わると、金田住職は精も根も尽き果てたようにぐったりとなり、座っているだけで精一杯だった。儀式を始めてすでに5、6時間は経っていただろう。住職は次の日、被災地の仮設住宅を訪ねる予定があったので、とにかくどこでもいいから早く体を休めたいという思いでいっぱいだった。

高村さんはといえば、読経が終わった頃から体に異変が起こっていた。下半身がない兵隊が彼女の体から出て行ったのと入れ替わるようにして、別の霊が憑依しようとしていたのだ。憑依されて体を乗っ取られないようにと必死に堪えていたが、「もう無理!」と思い、慌てて金田住職に「次の人が出てきます!」と叫んだ。

「震災関係で亡くなった人かと思います。お願いします。出します!」

ゆっくりと説明している余裕もなかった。

映画館で映画を見終わって、さぁ帰ろうと立ち上がったら、突然、新たな映画が始まったようなものだと、彼女は語っている。

「兵隊さんを送り出して、自分の肉体に自分の魂を戻してホッとしたと思ったら、いきなりです。体を鷲づかみにされて、ベリベリと剥がされるような感覚というか、強い力でドンと押されて心臓が飛び出したような衝撃というか……」

金田住職は、誰が出てくるのかわからず怪訝そうに見守っていた。そうしているうちに、彼女は意識を失ったかと思うと、喉元をかきむしったり、畳の上をのたうちまわったりし始めた。息苦しいのか、何度も咳き込み、よだれを垂れ流していた。何かを吐き出そうとしているらしく、何度もえずいたが、彼女に何が起こっているのか誰も分からない。

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金田住職は津波のあと、鎮魂のため被災地をまわった

金田住職は彼女の肩をつかむと、「英ちゃん、大丈夫か!」と、奥さんとかわるがわる声をかけながら、必死に状況を把握しようとしていた。

彼女は溺れかけていたのだ。もちろん実際に溺れていたわけではないが……。

「突然でした。口の中、耳の中、穴という穴に泥水が入ってきたんです。息ができないどころか、吐き出すこともできない。周囲は真っ暗な水の中で、最初は水の中にいることさえも分かりませんでした。突然、私が地上から瞬間移動したみたいに、水の中で溺れているんです。自分に何が起きているのか分からなくて、とにかく必死に手足をばたつかせていました。あれは、初めての溺死体験でした」

「憑依されたら、いきなり水の中ですか?」

「ええ、溺れているところからのスタートでした。皆さん(死者の霊)は何が起きたのか分からないうちに死んでいるので、亡くなる寸前の場所からスタートしたり、 一番印象に残っている場面からスタートしたりします。人によって違うんです。この方(高村さんに憑依した霊)は、自分が死んだかどうかも分からない状態だったので、溺れ死ぬところからスタートしたようです」

憑依した霊は津波に呑み込まれたのだろう。死者の霊とリンクする彼女も、同じように津波で溺死しようとしている場面で幕が上がったのだ。

もちろんこれは彼女の視点からのストーリーであって、金田住職とは時間軸も空間軸も違うそうだから、二人が見た世界は異なっているかもしれないが、ここでは高村さんが体験したストーリーを中心に物語を進める。

「私が溺れて死ぬと、少し経ってから私の体に別の魂が完全に入りました。そして私の魂が追い出されたのです。肉体を失うと、真っ先に何を失うかというと声を失うんです」

見たり聞いたりできるが、自らしゃべることができない状態のようだ。

「死者の霊が憑依するには、死ぬという儀式が必要なんですか?」

「おにぎりが食べたいと言った男の子の場合は、そういう体験は一切ありませんでした。ある人とない人の違いは……、わかりませんね」

「死後の世界」の身近さ

憑依が完了したのだろう。それまでの荒々しかった呼吸が落ち着いたと思うと、突然、本堂中に響くような野太い男の声で叫び始めた。

「ワカナ! ワカナぁぁ~~!」

その叫び声は彼女にも聞こえていたが、溺死体験の後だからフラフラで、ただ見ているだけで精一杯だったと高村さんは言った。

「口の中に入った泥や砂を吐き出したくって、何度も嗚咽を繰り返していました。耳や目にも泥が入っていて、そのうえ冷たくて重たくて、今にも死にそうでした。いや、私は溺死したんですよね。死後の世界はあると知っていましたが、こんな近くにあったのかと驚きました」

死後の世界で溺死とは理解しかねたが、もう一つ分からないことがあった。

「こんな近くにあった? どういう意味ですか?」

「昔から私は、亡くなった方たちの魂と共存しているのが当たり前だったので、死後の世界はないと思っていたのです。だって死者がそばにいるわけですから。つまり、死後の世界というのはなくて、単純に肉体を失った人がこの世にいて共存していると思っていたのです。ところが、亡くなり方の状態によっては……、例えば自殺するとか、殺されたとか、なにかの理由があってこの方たちが留まる死後の世界という場所があることに初めて気がついたのです」

「どういう世界なのですか?」

「ひと言でいうとカオスでしょうか。血を垂らしている人、自分の死を受け入れてない人……。あまり思い出したくない場所ですね。それまで、そういう場所と繋がったことがなかったので、こんな近いところにあったのかと驚いたのです」

「そのときの高村さんも、その死後の世界にいたというわけですね」

「そうです。寒くて寒くて、全身が濡れていました。服も濡れて重く、体も鉛のように重たかった。何が起きたのか分かりませんでしたが、なぜかこれからも同じことが続くんだと思いました」という。魂が寒いと感じたというのが、ぼくにはちょっと意外だった。

いずれにしろ、彼女にすれば、これをとば口にして震災の霊たちが次々とやってくるという、そんな予感でいっぱいだった。そして、それは現実になっていく。

津波で死んだことが分からない霊

金田住職が「あなたは誰ですか!」と尋ねた。

彼女は、暗闇の中を浮遊しながら状況を眺めていたが、見えているのは「ワカナ!」と叫ぶ男だけで、金田住職の姿は見えていない。ただ男の声も住職の声も聞こえた。おそらく男も同じように金田住職の姿は見えないが、自分に尋ねられていることは分かっているから、声は聞こえたはずだという。前出の下半身がない兵隊も、金田住職の問いに対して「あなたは誰ですか」と尋ね返したのは、姿が見えていなかったからだと彼女は言う。

「お前こそ誰だ! ここはどこだ?」と男は問い返す。

「ここは寺だ。俺はそこの住職だ」

「なんで俺は寺にいるんだ。あん? 住職だと? なんで俺の前に坊主がいるんだ。ワカナはどうした?」

「ワカナとは誰なんだ? あなたはどこにいるんだ?」

「ワカナは俺の娘だよ。俺がどこにいるかって……」

男はあたりを見回す。真っ暗で寒く、自分の身体がびしょ濡れになっているのに初めて気付いたようだった。

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津波で多くの人命が失われた(photo by iStock)

「ここはどこだ……、何も見えない。暗い……」

「地震が起きたことは分かってるな?」と金田住職は確かめるように言う。

男ははっと気づいたように声を荒げた。

「そうだ! 地震が来て、家内から『ワカナを迎えに行けない。渋滞にはまった』とメールが来たんだ。その時、防災無線で津波が来るって放送があったのを覚えている。だから、だから俺は慌ててワカナを迎えに海沿いの道を車で走っていたんだ。ああ、娘のいる学校へ迎えに行くところだったんだ。俺を迎えに行かせろ!」

金田住職は「それは無理だ」と静かに言った。

「なんでだ! 行かせろ!」

「その地震も津波も、もう1年前のことだからだよ」

「いちねん、前……」

金田住職の言葉に、男は膝から崩れ落ちるようにへたり込むのを彼女は見た。地震も津波も1年前だということを、このとき初めて知ったようだ。

金田住職らは、彼女がいきなり畳の上に倒れたので心配そうに見守っていた。

「本人は津波から1年経っていることを知らなかったのですか?」

「だから溺死からスタートなのです。下半身がない兵隊さんの場合は、自分の死を納得していましたが、心残りがありすぎたので、やはり死ぬところからスタートしたんですね。この男性は、そもそも自分が死んだのも知らないのですから、死を受け入れていません。それが1年も経っていることにようやく気づき、急に現実が襲ってきたみたいです」

男は若かったような気がすると彼女は言った。娘のワカナは小学生だったのかもしれない。サラリーマンというより、体格が良く強面で、ちょっとやんちゃな雰囲気があり、まだ二十歳になるかならないかの若い時分に結婚したような印象だったそうだ。

「納得できない」霊との対話

「苦しくないか? 私の言う意味が分かるか?」と金田住職。

「分からない、暗い……。ここはどこだ? 俺は死んだのか?」と男は矢継ぎ早に尋ねる。

「あなたは死んでいる」

「そんなはずはない! 俺には体がある、手足がある。ワカナを迎えに行かせろ!」

「その体はあなたの体ではない。その体から出て行きなさい」

「うるせえ! ワカナはどうなった? 死んだのか? 生きてるのか? 」

金田住職はじっと聞いていた。男は「俺を迎えに行かせろ」と何度もしつこく言った。

それを聞いていた高村さんは、溺死体験でぐったりしていたせいか、一時は自分の体をくれてやろうかと思うほど投げやりになっていたという。そこへ、金田住職の毅然と言い切る声が聞こえてきた。

「お前は死んでいるのだよ。他にもたくさんの人が死んだのだ」

「本当に死んだのか? じゃ、今こうやって話しているのは何だ!」

そんな押し問答が続いたあと、男はようやく観念したように声を落とし、「俺はやはり死んだのか? 津波で? 他に何人死んだのだ?」と弱々しく言った。

金田住職が「2万人死んだ」と言うと、男は「なに2万人!? そんなに死んだのか」と絶句したあと、「俺の、俺のワカナはどうなった?」とすがるように言った。

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photo by iStock

「分からない」

「俺はそれさえも知ることができないのか」

「そうだ、受け容れろ!」

男はそれを聞くと号泣した。「なんでだよ、俺を行かせろよ! 娘を迎えに行かなきゃいけないんだ。この体があるなら行けるだろう! ああぁぁ~」と、あたりかまわず悲壮な声を上げたが、もう以前の勢いはなかった。

「親なら分かるだろう。この人(高村さんのこと)にも親がいる。自分の娘がこんなことになると知ったら、どんな気持ちになる? お前も親なら、この人を親の元へ返せ」

男は、ただただ「わあぁぁ~」と泣き続けた。

住職から、光の世界に導くと言われたのだろう。泣くだけ泣いたらおとなしくなり、諦めたようにその場に正座する姿が見えたと彼女は言う。

「娘のところに行けるから納得したというわけではないですね」とぼくが尋ねると、高村さんは「まったく納得していないです」と言った。

死に臨んだとき、死を覚悟できるかどうかは「納得」できるかどうかだといわれるが、本当は「諦め」なのかもしれない。がんで死にゆく人を見ても、死ぬのは嫌だ嫌だと死を受け容れようとしなかったのに、体力が奪われていくにつれて、最後は生に執着する力もなくなって諦めの境地に入っていくが、そのようなものかもしれない。高村さんは言った。

「受け入れるしかなかったのでしょうね。津波から1年も経っていることや、自分が死んでいることを知り、『あなたも親なら』と言われたら、やはり諦めて受け入れるしかなかったのだと思います」

「死者の魂」を押しのける感覚

「光は見えないか? 探しなさい」と金田住職は言った。

男は必至に光を探していたが、「見えない。人が多すぎて何も見えない。真っ暗だ」と困ったように金田住職に言う。

「これから、お前と娘と奥さんのことを思ってお経を詠むから、光を探しなさい」

しかし光は見つかないようで、「ワカナ、ワカナ~」と、まるで迷子になった子供のように娘の名前を叫ぶのを高村さんは聞いた。そのたびに住職の読経が止まり、男に語りかける。

高村さんも立ち上がって一緒に光を探し始めたが、そのとき、初めて自分がいた世界を見て「地獄か!」と思ったという。

「よく目を凝らすと、辺り一面が人の海でした。いわば、満員電車の中にいるみたいに、死んだ人たちがひしめき合っているのです。鳴き声、叫び声、すすり泣く声、ヒステリックに叫ぶ声、ぶつぶつとつぶやく声、声、声、声……。人間ではない声も聞こえてきました。彼1人でこの人垣をかきわけて進むのは難しいと思い、手助けをしようとその男性の横に並びました。人を、というより(死者の)魂ですが、押しのける感覚は今も残っています。なぜか泥だらけのベビーカーもありました。それを踏みつけるようにしてしばらく進むと、ようやく風を感じる場所に出たのです」

「風を感じる場所?」

「ええ、どう表現したらいいのか分かりませんが、例えて言うなら、暗闇だった地下を通って、ようやく地上に出たという感じでしょうか。そこは明るくて、風が感じられる場所でした。そうそう、追い風でしたね。そこに出ると、男性はその風に押されるようにして、光のほうへ、光の方へと進んでいったんです。それを確認すると、私は急いで自分の体に戻りました」

彼女が意識を取り戻すと、その場にいた全員が無言で彼女を見つめていた。予想もしなかった展開に精根つき果てたのだろうか。

通大寺からの帰り道、彼女は喉が潰れたように声が出なくなっていたので、なんとか水を飲もうとしたが、逆に咳き込んで戻してしまった。

その後、彼女は数日間、熱を出して寝込んだという。

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