急務となった「フェミサイド」対策

急務となった「フェミサイド」対策

  • アゴラ
  • 更新日:2021/05/03

アルプスの小国オーストリアは欧州諸国の中でも犯罪件数からみても治安は安定している国に属するが、女性殺人事件はここ数年多発する傾向がみられる。今年に入って4月末現在、9件の女性殺人事件が既に起きている。被害者は若い独身女性というより、女性が元パートナー、元夫に殺害されるケースが多いのだ。

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女性殺人事件の動向(2014~20年)オーストリア連邦犯罪局作成

先月30日未明、ウィーン市ブリギッテナウで元夫(42)が元の妻(35)の家に入り、拳銃で頭を撃って殺害した事件が起きた。その数日前には、元パートナーが別れた女性が働いているタバコ店にガソリンで火をつけ、女性は顔などに火傷を負って病院に急送されたが、その数日後亡くなるという事件が起きたばかりだ。事件が発生する度にメディアで大きく報道される。そして元夫、元パートナーから様々な嫌がらせ、暴行などで脅迫されている女性の安全対策が急務という声が女性保護グループなどから出てくるが、事件が収まると忘れられ、次の女性殺人事件が起きるまで何の対策もとられない。苦境にある女性の状況は絶望的だというのだ。

過去7年間の犯罪統計によると、フェミサイド(Femicide=ジェンダーに基づく憎悪犯罪)と受け取られる女性殺人事件は2014年は19件だったが、18年には41件と急増し、19年は39件、昨年は31件となっている。

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フェミサイド対策を訴えるラーブ女性問題担当相 オーストリア連邦首相府公式サイトより

スザンネ・ラーブ女性問題担当相は、「女性の保護対策の強化が求められている」と指摘し、女性や少女が性別ゆえに男性から殺害されるフェミサイドに対する安全保護に関する関係者の緊急会議の開催を求めている。オーストリア通信によると、同女性相とネハンマー内相は3日、9州の治安責任者を招集し、フェミサイド対策で協議を進めていく方針という。法的には昨年1月に家庭内の暴力防止法が施行されているから、同法に基づいて女性を男性の暴力から守っていくべきだというわけだ。

具体的には、過去10年間の女性殺人事件の詳細な背景、犯行動機を調査し、加害者の被害者への接触禁止などの対策が事前に取られてきたか、などについて検証を行っていくという。例えば、今年発生した9件の女性殺人事件で1件だけが加害者の被害者接触禁止が実施されていた。他の8件に対して警察側の対応はなかった。というより、事件が発生するまで警察側は何の情報もなく、知らなかったわけだ。警察側としては、家庭内で女性への暴力が行われているという情報があれば、警察に迅速に通達するように、国民に呼びかけている。一応、オーストリアでは夫や父親から暴力を振るわれる女性や少女に対してはFrauenhaus(女性たちの家)と呼ばれる避難場所が設置されているし、24時間のホットラインが敷かれている。

社会学者ヴィースベック氏は、「家庭内の男性の暴力は些細な事であり、問題視しない傾向があるが、実際は安全問題だ」(オーストリア通信)と言い切る。例えば、家庭で女性に暴力を振るう男性は警察側も知っていても未決勾留などの対策を取らない。「女性への男性の暴力は不名誉で家父長制の氷山の一角に過ぎない」という批判も聞かれる。加害者の中には、元愛人や元妻が自分と別れ、他の男性の所に行くことに対し、「男としての自分の名誉が踏みつけられた」と受け取り、復讐のために殺害を決意するケースが報告されている。

ファン・デア・ベレン大統領はツイッターで、「女性殺人はもはや黙認できない。明確な対策に乗り出すべき時だ。女性憎悪、女性への暴力は我々の社会では絶対に甘受されない」と強く述べている。フェミサイドの主因には、愛と憎悪といった人間の葛藤、そして経済的な理由が挙げられている。

人間は関係存在だ。そして社会の最小単位は家庭だ。その家庭で夫と妻、子供たちが和気あいあいと幸せに過ごすことができればいいが、家庭内に暴力が横行し、いがみ合いが生じれば、家庭は地獄のような場所ともなる。問題は、フェミサイドが具体的な事件となって発生するまで外部から隠蔽されているケースが多いことだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

長谷川 良

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