直木賞作家・黒川博行「ワクチン接種と妻へのお礼の指輪」

直木賞作家・黒川博行「ワクチン接種と妻へのお礼の指輪」

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  • 更新日:2021/06/10
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黒川博行・作家 (c)朝日新聞社

ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、新型コロナウイルスワクチン接種について。

*  *  *

四月末だったか、よめはんとわたしに市から封書が来た。

『新型コロナウイルスワクチン接種券在中』とある。わたしはものぐさだから開封しなかったが、よめはんはその日のうちにネットで接種会場を調べ、次の日にはかかりつけの病院へ行って予約をしてきた。わたしの分もいっしょだからまことにありがたい。よめはんはなにごとも対応が早く、毎年の人間ドックもささっと段取りしてくれる。

そうして六月二日、オカメインコのマキと寝ていると、よめはんが起こしにきた。

「今日、なんの日か分かる」「はて、なんやろ」「それは“コ”のつく日です」「こどもの日か」「ピヨコは子供なん?」「ちがうような気がするけど」「コロナのワクチンの接種やんか」「おう、忘れてた」

わたしの度外れたもの忘れは、よめはんがしっかりしているからという甘えがある。若いときからずっとそうだ。

午後二時、よめはんとふたり病院へ行くと駐車場に仮設テントが張られ、その奥にプレハブの事務所が建てられていた。六十五歳以上の老人ばかりだろう、七、八人が並んでいる。わたしとよめはんは予診票に既往症などを書き、体温を測り、接種券を貼って受付けを済ませた。テントの下の折りたたみ椅子に座って待つこと三分、事務所に入ると医師に体調を訊かれ、もちろん「わるい」とはいわないから、すぐに看護師が注射をしてくれた。筋肉注射は痛いのが相場だが、針が細いのだろう、チクリともしなかった。

そのあと体調急変にそなえて十五分、病院内の待合室で休憩し、機嫌よく病院をあとにした。次の接種日は六月二十三日だ。

「ハニャコちゃんに任せてたら、なにごとも手際がよろしい。ありがとうね」「じゃ、プレゼント。なにか買ってよ」「なんでも買います」「指輪がいいな。ポメラートの指輪」「了解です」

家に帰ってコーヒーを淹(い)れ、麻雀部屋に行った。ルーティンのふたり麻雀だ。よめはんが荘家(オヤ)で四暗刻(スーアンコー)をアガり、わたしはチップを十枚もとられて、たいそう負けた。無料(タダ)でワクチンを接種したというのに三千円もとられたのはいかがなものか(関係ないか)。

悔しいから針金とアルミホイルを隠し持って仕事部屋にあがった。針金を切り、アルミホイルを巻いてからリング状にする。先細のペンチで針金の端を花のように曲げると、さすが芸大彫刻科卒と思えるシンプルモダンな指輪が、たった十分で完成した。腕時計の空きケースに入れて、よめはんのアトリエに行く。

「なに、それ……」「プレゼントの指輪です」

よめはんはケースの蓋を開けた。口をきかない。

「ささ、はめてみて」「ちょっと待って。このシワシワになってるのは?」「秘密です」「アルミホイルに見えるけど」「そう見せてます」

よめはんは右手の薬指に指輪をはめた。

「ちょっと緩いかな」「寸法直ししますか」「いいわ、このままで。ありがとう」

よめはんは指輪をケースにしまい、机の抽斗(ひきだし)に入れた。役者がちがう。こらほんまにポメラートを買わんとあかんかな、と、ほんの一瞬、わたしは思った。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

※週刊朝日  2021年6月18日号

黒川博行

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