コロナに負けずに昭和の風情が残る「新宿ゴールデン街」を守っていこう! 宇崎竜童、山崎ハコらが集結して音楽祭

コロナに負けずに昭和の風情が残る「新宿ゴールデン街」を守っていこう! 宇崎竜童、山崎ハコらが集結して音楽祭

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  • 更新日:2023/01/25
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コロナウイルスに負けずに、昭和の風情が残る、日本を代表する飲み屋街である「新宿ゴールデン街」を元気づけて守っていこう! そうしたスローガンのもとに、宇崎竜童や山崎ハコら、ゆかりのアーティストたちによる音楽祭が開催された。

2023年1月19日に紀伊國屋ホール(東京都新宿区)で行われた「新宿ゴールデン街音楽祭」のオープニングに登場したのはギャランティーク和恵。新宿、花園、ゴールデン街といえばこの曲だといって歌い始めたのは藤圭子で有名な「新宿の女」。

縁あってギャランティーク和恵の店の名前にもなっている、ちあきなおみが歌った「夜間飛行」を続いて熱唱。そして、梓みちよの歌唱で知られる「二日酔い」を歌った。

2番バッターは山崎ハコ。お酒が飲めないこともあってゴールデン街デビューは遅かったものの、早くから「ゴールデン街のマドンナ」と称されてきた山崎ハコが、まず歌ったのは映画『青春の門』のテーマソング「織江の唄」。次いで「歌ひとつ」と「新宿子守唄」。

その後に登場したのは新宿ゴールデン街と縁が深かった原田芳雄の息子・原田喧太(はらだ・けんた)。まず披露されたのは「横浜ホンキートンクブルース」。原田喧太は、父・芳雄とゴールデン街でよく飲んでいたという宇崎竜童とコラボして「ブルースで死にな」を歌った。

新宿ゴールデン街にある「クラクラ」の経営者で役者、声優、劇団「椿組」主宰、「新宿ゴールデン街商店街振興組合」の理事長でもある外波山文明(とばやま・ぶんめい)が、宇崎竜童、原田喧太とともにゴールデン街の思い出などを語った。

宇崎竜童は、『竜馬暗殺』(1974)は酒席から生まれた作品だと話した。原田芳雄が主演、松田優作も出演した映画で、「黒田征太郎がイラストを描き、野坂昭如がタイトルを書いた」とゴールデン街人脈による作品であることを説明した。

宇崎竜童は、「70年代の半ば、ゴールデン街でよく飲んでいた頃は、原田芳雄と松田優作といつも一緒だったものです」と今は亡き2人との思い出を語った。

また、外波山文明によると、歌人の俵万智が3年にわたり月3回のペースで、アルバイトで「クラクラ」のカウンターに入っていたことがあったという。「『サラダ記念日』の人でしょ? 売れっ子だったのに、今は苦労してるんだ」などと言うお客さんもいました、と笑う。俵万智は、「男の人は、ゴールデン街でバイトをしているというと、すごく面白がるか、嫌な顔をするか、そのどちらかです。私は前者を大切にしようと思います」と書いた。

外波山文明はいう。「酒場文化は、音楽、映画、演劇、美術などなど、いろいろなものを生んできました。人と人がつながる場所であり。広場みたいな場所。そこを通ることで、いろいろな人と交わることができる交差点のような場所なのです」。

「ゴールデン街にはおよそ290軒の飲み屋があります。ということは290の顔があるということ。それぞれに顔があるので、それらをのぞけば、それぞれに異なる雰囲気があるので、楽しんでもらえることでしょう」とアピールをすることも忘れない。

そして、宇崎竜童が登場。ダウン・タウン・ブギウギ・バンド時代の代表曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をサングラス姿で披露した。「アンタあの娘の何なのさ」というフレーズが決まっていた。また、1989年に亡くなった松田優作を追悼するために書いた歌「1989レクイエム」を歌った。さらに、名曲「身も心も」を熱唱した。

アンコールは、宇崎竜童、山崎ハコ、ギャランティーク和恵、原田喧太、外波山文明の5人で「生きてるうちが花なんだぜ」を歌った。宇崎竜童と原田喧太がギターを弾いた。とりわけ原田喧太の間奏のソロは聞きごたえがあった。会場には観客の手拍子が響き渡った。

昭和の香りが今でも匂ってくるかのような名曲たちを堪能することができた、第一回「新宿ゴールデン街音楽祭」はこうして幕を閉じた。

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