終末期患者の願いを「かなえるナース」 結婚式、旅行、帰省の付き添いも

終末期患者の願いを「かなえるナース」 結婚式、旅行、帰省の付き添いも

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  • 更新日:2021/10/14
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歯朶山さんのケアをするハレの小渕さん (撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

その願い、かなえます──。終末期の患者にとって外出はリスクにもなる。でも、娘のウェディング姿が見たい、温泉に入りたいといった希望を持つ人もいる。そんな思いを実現するための訪問看護サービスがある。その名も「かなえるナース」。

【写真】バージンロードを娘と歩く末期がんの歯朶山さん*  *  *

7月のとある午後、一台の介護タクシーが横浜市内の結婚式場に到着した。介助する看護師に付き添われ車いすで降りてきたのは、礼服を着た歯朶山(しだやま)孝男さん(63)。

「お父さん、ありがとう」

そう言って傘を差し出し、歯朶山さんを出迎えたのは、ウェディングドレス姿の三女、上野美佳さん(25)。この日、身内だけで小さな結婚式を挙げる。

歯朶山さんは進行した肺がんを患い、脳への転移も確認されている。積極的な治療をする段階は過ぎ、現在は神奈川県内のホスピスで療養する。

歯朶山さんのひざの上には、1カ月前に白血病で急逝した妻みどりさん(享年60)の遺影が置かれている。式は「母の望みだったんです」と、美佳さんの姉は話す。

この結婚式をサポートし、医療的なケアが必要な歯朶山さんの介助をバックアップしたのが、看護師による新しい訪問看護サービス「かなえるナース」を手がける株式会社ハレ(東京都港区)だ。

代表取締役で看護師でもある前田和哉さん(35)に、結婚式の依頼があったのは式の1週間前だった。そこから何度か打ち合わせをし、ドレスやブーケ、ウェディングフォトに加え、患者が利用する革製の車いす、介護タクシーの手配などの準備を整えた。

前田さんらが聞いた主治医の話では、末期がんの歯朶山さんの脳は腫瘍(しゅよう)で圧迫されている可能性が高く、意識がない日が何日かあったという。

「看護師の目からみても外出が許可されるかどうか、微妙な状態でした。ところが、美佳さんの挙式の話が具体的になると、歯朶山さんの容体が徐々によいほうに変わってきたのです」(前田さん)

意識がはっきりしている時間が増え、大好きなチャーハンやコーラを口にできるほどにまで回復した。この変化には家族も驚くほどだった。

当日はハレの看護師らが歯朶山さんに付き添い、体調管理にも目を配っていたが、周りの心配をよそに容体は安定。痛み止めも酸素ボンベも使うことはなかった。挙式の間も体調を崩すことなく、ウェディングドレス姿の美佳さんを、ときに目に涙を浮かべながら、誇らしげに見つめていた。

念願のバージンロードを父と歩いた美佳さんは、「今日、こうして父が来られただけでも本当に感謝です……」と声を詰まらせた。

挙式後、前田さんが病室に挙式の家族写真を届けた。ベッドサイドに飾られているみどりさんの遺影の横に、美佳さんの結婚式の写真が加わった。

前田さんがハレを立ち上げ、終末期患者のサポート事業を始めたのは2018年。きっかけは末期がんの義母に、ウェディングフォトをプレゼントしたことだった。

「写真館でメイクをし、ウィッグをかぶってドレスに着替えた義母は、とてもうれしそうでした。このときに、終末期であっても患者さんにはやりたいことがあるはず、これまで培った救急看護や訪問看護などの経験を生かせば、こうした患者さんの希望をかなえるお手伝いができるのではないかと考えたのです」

現行の訪問看護でできる(健康保険が使える)サービスは、「療養を手助けする」という目的に限られ、また訪問も「自宅に1時間半まで」という縛りがある。かなえるナースでは、これを自由診療にすることで縛りをなくした。

旅行や帰省の付き添いなどもできるため、「死ぬ前に一度、両親に会っておきたい」「仲たがいした親との関係を修復したい」といった若い患者からの依頼も多い。30年以上疎遠になっていた両親に会いに、沖縄まで行ったがん患者に付き添ったこともある。この患者は家族と和解した2日後に亡くなったという。

ほかにも、おいしいそばを食べたいという患者には都内から長野県まで車を走らせ、温泉に入りたいという患者には浴槽から脱衣場まで酸素ボンベのチューブを伸ばすなどして対応した。もう少し手軽なことであれば、お墓参りや花見、ペットと過ごしたいから自宅に一時的に帰りたいという依頼などもある。

「サービスの使い方は自由です。終末期の患者さんが中心となりますが、看護師がいればかなえられることを無制限にサポートします」(同)

かなえるナースの料金は時間あたりで、別途、出張費や交通費などがかかる。結婚式であればウェディングドレスやヘアメイク、ブーケ、車いすの手配などはサービスの中に含まれる。

冒頭の上野さんの結婚式にも関わった、終末期の患者や介助が必要な人のサービスに詳しい医師の伊藤玲哉さん(トラベルドクター代表取締役CEO)は、「海外も含め、こうしたサービスは基本的にはNPOなどが寄付を募り、ボランティアのようなかたちで実施しているケースがほとんどです」と話す。

有名なのは「メイク・ア・ウィッシュ」で、日本にも法人がある。これは難病などの子どもの願いをかなえるものだ。

「終末期の患者さんへのサポートに関しては、例えば、オランダやドイツ、北欧では介護タクシーが旅行の移動をサポートして支援していますが、規模はあまり大きくなく、車で移動できる範囲に目的地も限定されているようです」(伊藤さん)

日本でも訪問看護のサービスの枠組みの中でされていたり、一般企業のCSR事業の一環として取り組みが始まったりしている。ただ、伊藤さんによると「入れ替わりが激しい」とのこと。

終末期の患者の旅行をかなえるには、準備にかかる人的・時間的コストや大きな責任が伴い、これらを限られた時間内で実施しなければならない。「情熱だけでは続けていけない事業」(同)という。

では、かなえるナースに関わる看護師はどう思っているのだろうか。2年ほど前にハレの社員となり、今回、歯朶山さんに付き添った看護師の小渕智絵さん(34)は、このサービスに関わる理由を、「自分がやりたい看護がこれだったから」と明るく答える。

小渕さんは、大学病院や美容外科のプライベートクリニックなどを経て、沖縄の市民病院に派遣看護師として赴いた。そこで知り合った関係者を通じてハレに入社した。

「終末期の患者さんの願いをかなえるサービスをビジネスでやっていると聞いて、しっかり働きたいと思いました。ボランティア活動だったらやっていなかったかもしれません」(小渕さん)

収入は美容外科に勤めていたころとは比べものにならないほど大きく減った。だが、それに勝る経験を得ているという。何より代えがたいのは、病棟に勤務していたころのように雑務に追われ、患者といる時間が取れないということがない、という点。一日の依頼であれば24時間、つきっきりでみることができる。

とはいえ、主治医の同意を得て、事前に必要な医療ケアについて打ち合わせをしていても、終末期の患者を外出させるのは大きなリスクだ。しかも自分の経験と技術だけが頼りだ。小渕さんは「医療機関で働いているときより責任は重い。緊張感も何倍も強いです」とも言う。

「でも、ある患者さんが言ったんです。『生きていると、こんな良いことがあるのね』って。こういう言葉をいただくと、どんなにたいへんなことも忘れちゃいます」(同)

ハレは4年目を迎えたが、この事業を継続するための課題は少なくない。その一つは、こうした取り組みがまだ多くの人に知られていないことだ。

前田さんは潜在的なニーズはあると考える一方で、「終末期という重要な時期に患者さんをお預かりする。次から次へとご依頼を受けるような性質の事業ではない」とも話す。

二つめは主治医の理解だ。依頼があっても実際に請け負えるのはごく一部。断念する理由の多くは患者の体調の急変だが、主治医が反対するケースもある。家族が希望を伝えても、主治医が「そうですねぇ……」と首をかしげた段階であきらめてしまうという。

しかし、終末期の患者の思いをかなえることは、残された家族の精神的な安定にもつながる。

末期がんの母(当時84)のために「かなえるナース」を利用し、自宅で子どもの結婚パーティーを開いた木村茂子さん(61)。親族の反対がなかったわけではないが、「やってよかった」と笑顔を見せる。

「看護師さんがつきっきりでみてくれたので安心でしたし、何かあったら在宅医を呼べる態勢も整っていました。私たち家族にもいい思い出がいっぱい残りました。母が亡くなって寂しいですが、生ききったという感じがして、悔やまれることはないです」(木村さん)

厚生労働省の「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書(2018年)」によると、最近5年間で身近な人の死を経験した人のうち、心残りがあると答えたのは42.5%。理由で多かったのは、「あらかじめ身近で大切な人と人生の最終段階について話し合えていたら」「大切な人の苦痛がもっと緩和されていたら」だった。がん患者や家族の精神的なケアを行う精神腫瘍医の清水研さん(がん研有明病院)は言う。

「大切な人の体力がだんだん落ちていき、亡くなっていく場面をみれば、誰でも不安になりますし、何かしてあげたいという気持ちが湧いてくるのは自然なことです」

一方で、実際に何かをしたという結果よりも、むしろ「それまでのプロセスを大事にしてほしい」と言う。結婚式や旅行などはあくまでも海面に見えている氷山の上の部分であり、海面の下の大きな氷の塊、つまり亡くなりゆく人に対して寄り添うことだったり、対話をすることだったりが、重要なことだという。

「そのためには、終末期よりも前、もっというと健康なときからお互いによく話し合っておくことだと思います」(清水さん)

(山内リカ)

※週刊朝日  2021年10月22日号

山内リカ

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