Lucky kilimanjaro 熊木幸丸のルーツとは? Macintosh、風来のシレン......クリエイティブに影響与えた4つのアイテムから紐解く

Lucky kilimanjaro 熊木幸丸のルーツとは? Macintosh、風来のシレン......クリエイティブに影響与えた4つのアイテムから紐解く

  • Real Sound
  • 更新日:2021/10/14
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Lucky kilimanjaro 熊木幸丸

2ndアルバム『DAILY BOP』のリリース以降、東京・日比谷野外大音楽堂ワンマン開催、初の全国ツアー、シングル『踊りの合図』のリリースなど、精力的な活動を展開しているLucky Kilimanjaroが新曲「楽園」を サプライズリリース。熊木幸丸いわく、今作のテーマは「インスタントな楽園」。持続する日々の中で生まれる享楽を、浮遊感のあるサウンドともに描いたという。常にメッセージ性の強い音楽をリスナーに提案してきた熊木の思想・クリエイティブの源泉はどこにあるのか。今回リアルサウンドではそんな熊木のルーツを解き明かすべく、熊木自身に影響を与えた4つのアイテムをピックアップしてもらい話を聞いた。(編集部)

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■クリエイティブを開花させた「Macintosh」との出会い

ーー今日は熊木さんの人生に影響を与えた4つのアイテムを事前に選んで挙げていただいたので、それらについてのエピソードを伺うとともに、新曲「楽園」についてもお話を聞けたらと思っています。アイテムはPower Macintosh G3、ゲームソフト『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!』、シンセサイザー「Roland GAIA SH-01」、そしてダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』(早川書房)。時系列的に言うと、どれに最初に出会いましたか?

熊木幸丸(以下、熊木):最初はPower Mac G3ですね。両親がデザインの仕事をやっているので、小さい頃から家に普通にMacがあったんです。僕が小さい頃はまだ珍しかったんですけど、むしろ僕にとってはMacこそがパソコンっていう感じで、小学校に入ってWindowsに出会った時は全然違ってビックリしました。この青色のG3は、小学校の低学年の頃に、親のお下がりで貰いました。シンプルなお絵かきソフトが入っていたんですけど、元々、絵を描くのが好きだったし、それを使って自分の部屋で絵を描いて遊んでいましたね。自分の手の動きがそのまま画面に反映されていく感じが楽しかったんだろうと思います。なんでもないような絵だったんですけど、それがクリエイティブなことに興味を持ち始めたスタートだったかもしれません。

ーーG3は、形状も可愛らしいですね。1999年に発売された、「Macintosh」という名前が付けられた最後の機体らしいです。そういうところも含めて、今見るとちょっと前時代的な感じもするというか。

熊木:そうなんですよね。見た目も昔のコンピュータっていう感じだし、スペックもやっぱり当時のもので。親はOS10を使っていて、僕はOS8.6というのを使っていたんですけど、自分はOS10じゃないのが悔しくて、このG3にOS10をアップデートしようとしたこともあったんです。でも、スペックがまったく追いついていなくて、アップデートした瞬間に止まっちゃって、古いOSを再インストールしてもらったこともありました(笑)。

ーー今も曲作りなどでMacを使われているんですよね?

熊木:MacBook Proを使っています。思えば、Macには相当依存していますね(笑)。ないと仕事ができないし、自分にとっては一番大事なプロダクトかもしれない。そもそも最初に曲を作り始めたときにLogicを使っていたので、曲を作る体験ともずっと繋がっているんです。3年前くらいから、Ableton Liveというドイツの会社のDAWを使っているんですけど。

ーー変えたのはきっかけがあったんですか?

熊木:きっかけは気まぐれでした。「なんか変えてみたいな」って。それでAbleton Liveを試してみたんですけど、今のほうが直感的に作業できている感じがします。僕、すごくせっかちなんですよ。自分が思いついたことがすぐにできないとイライラしてしまう。なので、曲作りにおいて「速度」は自分にとって大事な要素なんですけど、Ableton Liveはそういう面ですごく自分に合っていますね。

■ゲームは生きるヒントのなり得る

ーー次は『不思議のダンジョン 風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!』の話をしていただきましょうか。2000年にNINTENDO64用に発売されたゲームソフトですね。

熊木:小学生の頃はゲームデザイナーになりたいと思っていたくらいゲームが好きで、64で一番やり込んだのが『風来のシレン』だったんです。「トルネコ」や「チョコボ」でも有名な『不思議なダンジョン』シリーズで、いわゆる「ローグライク」と呼ばれるゲームですね。大枠のストーリーはあるけど、ダンジョンはランダムになっていて、基本的にはプレイするたびに同じ感じにはならない。前回OKだったことが今回はダメになるっていうこともある。僕がこのシリーズの好きなところは、ダメだったらちゃんと死ぬところ(笑)。その状況の中でちゃんとした判断をして、ベストを追求していかないとゲームオーバーになってしまう。やり直しは効かない。そのスリリングさが面白かったんですよね。数えきれないくらいプレイしました。

ーー僕が子供の頃はゲームをやっていると怒られる、みたいなイメージもあったんですけど、ゲームから得たもので、生きていくヒントになることも多々ありそうですよね。

熊木:そうなんですよ。特に『風来のシレン』に関しては、今あるリソースで、どうやってその状況を切り抜けるかを考えるのが楽しかったんですけど、そうやってプランを立てていく考え方は今でも役立っていると思います。僕が小さい頃も「ゲームをするなんて無駄なことだ」って言われていましたし、今でもそういう意見はあるんだろうと思うけど、でも、ゲームをやることで思考能力にいい影響を与えることってあると思います。僕は子供ができたら、好きなだけゲームをやらせてあげたいです(笑)。

ーー最近はどんなゲームをやられていますか?

熊木:同じローグライク系でいえば、Switchで出た『HADES』。『風来のシレン』のようなターン性ではなくてアクションゲームなんですけど、グラフィックもよくて気に入ってます。あと『HADES』は死ぬのが前提なんですよ。「死んで強くなる」というよくわからないゲームなんですけど(笑)、新鮮で面白いです。あと『ゼノブレイド』というゲームもすごく好きです。RPGなんですけど、世界観が好きなんですよね。時間軸が複雑で、古い世代の人類と今の人類がつながっている、みたいな感じで、歴史的な大きさを感じられて面白いです。

■熊木幸丸が考えるシンセの魅力

ーー続いては、「Roland GAIA SH-01」。シンセサイザーですね。

熊木:中学3年生くらいからギターをはじめて、ずっと「ギターが一番かっこいい楽器だ」と信じ続けて大学生くらいまでやってきたんですけど、自分の中でギターの限界を感じ始めた時期があったんですよね。「ギターだと出せない音が多いな」って。そこでシンセを始めてみようかと思い、最初に買ったのが「GAIA SH-01」だったんです。このシンセ、すごくエディットがしやすいんですよ。当時の僕は鍵盤も触ったことがなかったけど、初心者にもすごくわかりやすく配置されていて、なおかつ音もいい。シンセの音作りを覚えていくのに凄く役立ちました。この後、「Nord Wave」っていうシンセを買うことになるんですけど、Nordになると、よくわからないつまみがあったりして、難しくなるんです。そういう部分でも、最初にGAIAに触れていたからこそ、そこの壁を越えてシンセにハマっていける楽器になったなと思います。

ーーギターに限界を感じてシンセに向かったというのは、熊木さんの音に対するこだわりを感じますね。

熊木:ギターをやっているときもエフェクターを買うのが好きだったし、知らない音を出すのが好きなんです。そういうなかで「ギターって、ギターの音が出ちゃうな」という感覚があったし、あとは当時、ポストダブステップと呼ばれていた音楽を聴くようになって。ジェイムス・ブレイクやMount Kimbieの作品に触れていると、明らかに自分が知らない音が出ているんですよね。「どうやって出しているんだ、この音?」っていう。そういうところから、シンセに向かうようになりました。でも逆に、シンセを始めたからこそ「ギターって、こんな音が出せるんだ」っていう発見もありましたね。実際、ジェイムス・ブレイクのバンドで弾いているAirheadはギターで面白い音を出しているし。でも、当時の自分には全然訳がわからなかった(笑)。

ーー漠然とした質問になってしまいますが、シンセのどんなところが魅力的ですか?

熊木:シンセに向き合っていると、こっちの発想を試されている感じになるんです。もちろん、それぞれに道具としてのキャラクターもあるんですけど、でもやはり、扱う側の発想が試されている感覚がある。それが楽しいんじゃないかと思います。僕は、自分で考えて行動に移すのが好きなんだと思う。自分で考えて、調べて、試して、検証して……。シンセはそれができる楽器なんですよね。もっと言えば、今日挙げた『風来のシレン』もそうだったし、Ableton Liveもそうだと思う。向こうから「こっちはいつでも準備OKですよ」と言われている感じがするんです。そこに対して常に僕が自分の発想を見せていっている気がします。

ーーテクノロジーとの関係の作り方として、とても理想的ですね。

熊木:最初に挙げたMacの話もそうですけど、テクノロジーに対する抵抗が全然ないんですよね。新しいことやテクノロジーに対して、それがたとえ一見無駄そうなものでも、「いいな」と思える。中学生の頃、周りはまだCDでしたけど、僕は早い段階からMP3プレーヤーを買ってもらって、使っていたんです。

ーー人間がテクノロジーに触れて、そこで生まれた音楽がまた生身の人間を踊らせるという循環構造がありますよね。

熊木:そういうことに関しては、ここ2年くらいで深く考えるようになりました。最終的には、デジタルのエネルギーをアナログにどう回帰させるかが大事なんだろうなと思いますし、自分はパソコンで音楽を作っている以上、そういうことを追求していかないといけない。最終的には、フィジカルに訴えかけたいんですよね。そのために、どういうふうにフィジカルからデジタルへ、そしてまたフィジカルへっていう流動をより豊かにしていくかが大事だなと思います。

■読書体験の意義

ーー最後が、ダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』。行動経済学と呼ばれる学問の書籍です。

熊木:この本自体に影響を受けたというよりは、「読書」というものを意識的にするようになったきっかけが、この本でした。大学を卒業するくらいまであまり読書をする習慣がなくて、なんとなく「自分の頭の中で考えていることで何かできるだろう」と思っているところがあったんです。でも、何かで行動経済学に関するコラムを読んだ時に、自分が今まで「正しい」と思っていたことがひっくり返されるような感覚があって。その体験がきっかけで、『ファスト&スロー』を読んでみたんです。上下巻あって分厚い本なんですけど、読書体験が少ないなりに頑張って2カ月くらいかけて読んで。そこでもやっぱり、「自分には知らないことがいっぱいあるんだ」と思いました。読書って、自分の背景知識を増やしてくれたり、考え方にヒントを与えてくれるものになるんだな、と。その時に、今まで読書をしてこなかったことをすごく悔やんだんですよね。

ーーなるほど。

熊木:それから、本をたくさん読むようになりました。自分にとってはとてもいい経験でしたね。

ーーそのきっかけが『ファスト&スロー』であり、行動経済学だったというのは、具体的に熊木さんはそこで何を得たのでしょう?

熊木:行動経済学って、自分が「こう」だと思っていた理性が、実はコントロールされていたものなんじゃないかっていうことを考えていくんです。例えば、おじいさんの映像を見せられたグループと、若者の映像を見せられたグループだと、おじいさんの映像を見た方がその後の足取りがゆっくりになるっていう実験があったり。そういうことを考えるのが面白くて。「当たり前のように『理性』だと思っていたものって、なんなんだろう?」ということを考えさせられる。自分のこれまでのことが裏切られる感覚が心地良かったんだと思います。それこそ『風来のシレン』の話じゃないですけど、状況判断をするには、どれだけ自分のバックグラウンドが豊かであるかで、選べる選択肢の数も変わるじゃないですか。本を読んで得たことと自分の経験が突然つながって曲になることもある。今、自分にとって読書はすごく大切なものになっていますね。

ーー本を読んで新しい考え方や視点、知識を得るのって、怖いことでもありますよね。今までの自分の当たり前が崩れ去ってしまう可能性があるから。そう考えると読書は、自分を不安定な場所に置くことでもあるというか。

熊木:そうなんですよね。本を読んで「何も知らなかったんだ」って怖くなることもある。それでも本を読んでいろんなものに触れていかないと、自分自身がよくなっていくこともないし、いいものを与えられる人間にもなれないような気がするんです。もちろん、自分にとって読書は強制的にやるようなことではないんですよ。「楽しい」と思えるから本を読み続けているし、ある問題を解決したくて読む本もあるけど、「なんとなく」で読む本もたくさんある。どういう本を読むかにルールはなくて、「面白そうだな」と思ったら読むようにしてます。

ーー最近はどんな本を読んでいますか?

熊木:最近は、山本七平さんという方の『「空気」の研究』(文藝春秋)という本を読んでいます。まだ読み始めたばかりなんですけど、日本の「空気を読む」っていう習慣があるじゃないですか。あれってなんなんだろう? ということを考えている本で、面白そうだなと思います。その前は、河合隼雄さんの『こころの処方箋』(新潮社)というエッセイ集を読んでいました。これも面白かったです。

ーー今挙げてもらった書籍たちは「どうすれば、よりよく生きていくことができるのか?」という「生き方」に繫がっていきそうな本だと思いますし、そういう部分は熊木さんの作詞にも影響を与えていそうですね。

熊木:そうかもしれないです。ただ昔よりも考え方が変わってきたのは、「自分が得たものを他人に与えられればいいな」と思って僕は音楽を作ってきましたが、結局、ひとそれぞれの発想って、そもそもがパーソナルで自由なものだと思うんですよね。そう考えると、今までのような「与える」という意識ではなくて、僕自身が体験したことをそのまま曲にする方が人に伝わるんじゃないかと、最近、思ったりします。そこは今、自分の中で悩んでいて、せめぎ合っているんです。今まさにリアルタイムで考え方が変わっている部分かもしれません。

■新曲「楽園」は日々の中で生まれるインスタントな享楽

ーーラッキリの音楽にはメッセージ性が強いものも多いし、そもそも、熊木さんが音楽を作るのは、聴き手に考え方や価値観を「提案する」という側面もあったと思うんです。でも今話してくださったような悩みが生じたのは、「提案」や「与える」というスタンスで音楽を作ることに何かしら思うことがあったのでしょうか?

熊木:そうですね。自分が思っていることも結構、変わっていくんです。そのタイミングでその提案をしたことはよかったのかもしれないけど、「そういう提案じゃない方法もあったのかもしれない」って後から気づくこともあったり。「こういう考え方をしたらいいんじゃないか」と聴き手の視点に立って提案し続けていくのって、場合によっては空虚な表現になってしまうこともあるんだなと思います。それだったら、自分の個人的な体験を通じて音楽を表現していく方向にシフトした方が、もっとリアルになるのかなって思うんですよね。もっと「僕」という存在を見せることで、聴いている人に伝えられることがあるんじゃないかなって。でも、「僕」という存在をそのまま見てもらった時に、それによってどうやって踊ってもらうのかっていうのは、難しいことでもあるなと思いますし……この話に関しては、まだ答えは出ていないんです。

ーー曲を経るごとにメッセージの伝え方は柔らかくなってきている気がしますけどね。前回の『踊りの合図』もそうでしたけど、現実の困難さを見つめながらも、ユーモアもちゃんとある。

熊木:いい意味で肩の力は抜けているのかもしれないです。こうやって喋っていると何か考えているように見られると思うんですけど、実際に歌詞を書くときはイージーにいきたくて。肩の力を抜くことに肩の力を入れたくもないし(笑)、そういう部分のバランスの取り方は、自分でも上手くなってきて、自然にできるようになっているような気がします。

ーー新曲「楽園」も、聴き手の肩の力を抜くような力のある曲だと思うんです。

熊木:そうですね。この曲のテーマは「インスタントな楽園」だったんです。前に「350ml Galaxy」という曲を作りましたが、ああいう風に「帰り道の1本のビールみたいなちょっとした幸せが、実は日々を支えているんじゃないか?」という考え方が自分の中にはあって。音楽にしても、インスタントに3分、イヤホンを耳にさせば日々の闘いから解放できるような曲を書こうと思ったんです。このイヤホンをさしている間だけは楽園に行けるっていう。ただ、「今が良ければいい」という感じの刹那性は僕はイヤなんですよ。あくまでも持続する日々の中で生まれる享楽であってほしい。

ーー持続するものの中での快楽というのは、〈本日も再生〉という歌い出しに現れていますよね。日常も、音楽も、繰り返し再生していくものなので。

熊木:はい、音の「再生」もあるし、自分自身の「再生」や「蘇生」もあるし。そういうことを意識してその歌詞は書きました。やっぱり、自分は昔から「持続すること」を大切にしているような気はします。「続けなきゃいけない」とまでは思わないけど、何事も、続けた方が楽しい場所に行けるような気がする。なので、僕は「今が良ければいい」と発想ではなくて、「どんどん、良くしていきたい」という発想の中で音楽を続けていきたいです。

ーー今は、「人間がこのまま続いていった先で、どうなってしまうんだろう?」という不安も少なからずあるような気もしますけどね。「続くことが果たしていいことなのか?」という……。

熊木:そうですね、ディストピア的な世界観の作品も多いし、僕自身、そういう作品を見るとカッコいいと思います。「不安」って広がりやすいんですよね。だからディストピア的な作品が世の中に受けるっていうのもあると思います。逆に「続けること」って退屈なんですよ。「ちゃんとした生活を続けていこう」なんて言ったって、言われた方は退屈だと思う。でも、本当に楽しいことは続けていても飽きないと思いますし、僕は全てが、いい感じに続けばいいなと思います。

ーー「いい感じに」っていうのが、いいですね。

熊木:そうやって自分の人生を楽しくしていきたいと思いますね。なので、僕は「続く」ことは、退屈でも、良しとします(笑)。

ーー「楽園」は、音楽的にはどういったイメージがありましたか? やはり、ここ最近のラッキリは土台のリズムがしっかりしている分、いろいろな要素が入ってきても成立する音楽になっていると思うんですよね。

熊木:それはまさに自分でも感じていて。この1年くらいで、リズムの感覚に関しては悟りを開いたような感じがあるというか(笑)、「これだ!」っていうのを掴んだような気がしていて。だから、アレンジに関してはすごく幅が広がっていると思います。タイラー・ザ・クリエイターがすごく好きで。あの、メロウだけどちゃんとリズムが前に出ていてパンチがある感じを自分でも作りたいなと思ったのが、「楽園」に関しては最初の発想でした。そこから徐々に変わっていったんですけど、どういうふうに古いソウル感を出しながら、今っぽいリズムの太さも出せるのかっていう、そのバランス感をすごく考えて作りましたね。

Lucky Kilimanjaro「楽園」Official Music Video

ーーこれからツアーも始まりますけど、STUDIO COASTでの追加公演も決まりましたね。COASTは残念ながら来年1月で閉館してしまいますが、あの場所はライブハウスというだけでなくてクラブミュージックの現場としても濃い磁場のある場所なので、そこでラッキリのライブを観ることがきるのは楽しみです。ただ、やはりああいう大きな規模のライブハウスがなくなってしまうのは寂しいなって。

熊木:そうですよね。Zepp Tokyo(※2022年1月1日に営業終了)もそう。僕にとってZeppやCOASTといえば海外のアーティストのライブをよく観に行った場所だし、自分にとって、ひとつの大きな憧れとしてずっとあり続けてきた場所なので。なくなっちゃうのは寂しいです。それに、アーティストからすると、ああいう場所がなくなってしまうとライブがしづらくなる部分もありますからね。この先、またそういう場が生まれていってくれたらいいなと思っています。

(文・取材=天野史彬)

天野史彬

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