ガウディ作品からパンデミックの中での人生の「終わり方」を考える

ガウディ作品からパンデミックの中での人生の「終わり方」を考える

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/04/08
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サグラダ・ファミリアはいつ完成する?

1882年に建設が開始された世界遺産・サグラダ・ファミリア教会は、1980年代には、完成までに300年はかかると言われていた。しかし、その後30年あまりの建築工法の進化などによって工期が劇的に短縮し、ガウディ没後100年の2026年には完成すると伝えられるようになった。

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アントニ・ガウディ(1852~1926) by Gettyimages

しかし残念なことに、2020年9月に建設責任者が、世界的パンデミックによる観光客の減少で、これまで予定してきた2026年の完成がほぼ不可能となったとの見方を示した。莫大な建築費用は寄付金と観光客の入場料で賄われている。2019年7月の入場者数は約1万5000人であったが、2020年は2000人ほどまで激減したそうだ。

1日の入場者数が1万5000人というのは「未完成の建物」としては、世界最高峰だと思う。2005年にユネスコの世界文化遺産に登録されたときには「いつ完成するのかわからない建物」であったわけだ……

しかも、サグラダ・ファミリアは、「アントニ・ガウディの作品群」を構成する物件の1つとしての登録だ。

2019年に「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群」として米国内の建築作品も登録された(ライトは、現在2500億円の建て替えで話題になっている帝国ホテルの通称「ライト館」(解体後、一部、明治村に移築)など日本にもいくつか作品を残している)。しかし、個人の作品群が世界遺産に登録されることは、第一級の賛辞と言って良いだろう。

ガウディが世界の歴史に残る偉大な建築家であることは疑いようがないが、未完成のサグラダ・ファミリアが、これだけ世界の人々を魅了するのには「ガウディの人生そのものが投影された作品」ということが大きく影響していると思う。

確かに「未完だから注目される」という側面もあるのだが、何回もの危機を乗り越えてガウディの遺志を人々が引き継ぐのは、ガウディの人生そのものの力だといえよう。

古代エジプトの墓で王の名前が繰り返し書かれているのは、肉体が死を迎えても、自分の名前が呼ばれている限り「生きている」という考えからだ。逆に、「名前が呼ばれなくなった時に人間は本当の死を迎える」ということである。

パンデミックのおかげで「死」の感覚が身近なものになったが、「(肉体の)死の後も生き続ける」という選択をしたガウディの生き方は我々にも大いに参考になると思う。

グエイ伯爵との2人3脚

ガウディの前半生は、エウゼビ・グエイ(グエル)を抜きにしては語れない。彼は裕福な一族の出身で、事業はもちろん政治活動も熱心に行ったが、ガウディの生涯最大のスポンサーとして世界に名を知られることになった。

2人は、リヒャルト・ワーグナーの「楽劇」を好むなど同じ芸術的感性を持っていたため意気投合した、そして、その2人の共通の夢を具現化したのが現在グエル(グエイ)公園として知られる分譲住宅である。

この頃、バルセロナでは工業化が急速に進んでおり、それに対して2人はこの場所に、人々が自然と芸術に囲まれて暮らせる、新しい住宅地を作ろうとしたのだ。

しかし、2人の感性は当時の一般の人々から見れば進みすぎていたし、「自然の中で暮らす」という価値観に共鳴する人々もほとんどいなかった。

そのため、広場、道路などのインフラが整備され60軒の建築が計画されていたにもかかわらず、結局売れたのはガウディ本人とグエイ伯爵が購入した2軒だけであったと伝えられる。

そして、グエイ伯爵の没後に工事は中断し、市の公園として寄付された。現在はガウディが一時住んだこともある家がガウディ記念館として公開されている。

しかし、この「自然と調和する」という設計思想は、サグラダ・ファミリア教会の建築にも通じる。また、当時先鋭的思想であったからこそ、おおよそ100年経った現在も、世界中の人々を魅了するのだと言える。

充分享楽を楽しんだ

グエイ伯爵もそうだが、彼の斬新な設計思想は、当時の富裕かつ芸術的感性にすぐれた人々の心をとらえた。

ちなみに、世界遺産に登録された作品群は、「グエル公園、グエル邸、カサ・ミラ、カサ・ビセンス、サグラダ・ファミリアのご生誕のファサードと地下聖堂、カサ・バトリョ、コロニア・グエル教会地下聖堂」である。

ガウディは、社交界で富裕層のファンから人気があり、かなりのしゃれ者であったとも伝えられる。芸術的感性にすぐれた人物であったから、ファッションを始めとする生活全般に対するこだわり・センスが突出していたことは容易に想像できる。

ただ、分譲住宅だけではなく、カサ・ミラというアパートでも、ガウディの先進性に一般の人々はついていけずに、入居希望者がほとんどいなかった。

家賃が当時の人々の平均的年収をはるかに上回る高額であったため「3代にわたって家賃値上げをしない」という約束をして入居者を確保したそうだ。

そのせいか、現在の家賃は月額1200ユーロ(日本円で15万円強)と伝えられる。世界遺産に住む費用としては格安だが、現在入居者募集は行われていない……

結局、ガウディの前半生は、庶民感覚とはかけ離れた金持ちとの付き合いの中で、自らの芸術的感性を思う存分発揮していたと言えるであろう。

晩年の不幸の連続

そのガウディは、一転して熱心なカトリック教徒として人生をおくるようになる。1914年以降、ガウディは宗教関連以外の依頼を断り、サグラダ・ファミリアの建設に全精力を注いだ。1852年生まれのガウディはこの時に還暦を超えており、「死という人生のゴール」を強く意識し始めたのではないだろうか?

しかしながら、色々な障害からサグラダ・ファミリアの建設は遅々として進まなかった。

さらに、同時に進めていたコロニア・グエル教会堂の建設工事は未完のまま中止されてしまう。しかも1918年には生涯最大のパトロンであったグエイ伯爵が亡くなった。

人生の晩年におけるこのような不幸の連続は、ガウディ自身にとってつらいものであったに違いないが、その結果サグラダ・ファミリア教会建設に全力を注ぎ込んだことが、現代の我々にとっては幸いであったと言える。

また、還暦を過ぎて「死」を意識した時に、「自分がやるべきことに集中する」動機になったという意味で、最終的には良い結果をもたらしたと言えるかもしれない。

ホームレス同然に……

この頃の不幸の連続がガウディを変えたと思われる。取材を受けたり写真を撮られたりするのを嫌うようになり、サグラダ・ファミリアの作業に集中するようになった。

また、自身の財産を教会建築につぎ込み、教会に寝泊まりするようになった。着たきり雀のホームレス同然の生活の中で、四六時中サグラダ・ファミリアのことだけを考えるようになったのである。

そして、1926年6月7日。ガウディはミサに向かう途中転倒、そこに通った路面電車に轢かれた。前述のようにホームレス同然の姿で、誰もガウディとわからなかったため、手当てが遅れ入院先の病院で死去(満73歳没)した。彼の遺体はサグラダ・ファミリアに埋葬されている。

前半生に比べると輝きがほとんど無いようにも見えるが、心の内側はどうであっただろうか?

自分の持つものすべてと情熱を注ぎこむ対象を見つけることができたことは「幸せ」であったように思える。

今も名前が呼ばれる

すべてをサグラダ・ファミリアに注ぎ込んだガウディなので「葬式は質素に」という意向であったようだが、葬儀を聞きつけたバルセロナ市民が殺到し、葬列の長さは1.5kmにも及んだと伝えられる。

その後、1936年から始まったスペイン内戦によって、ガウディが丹精込めて製作した多数の模型が破壊されてしまった。複雑な設計を3Dで伝えるのがガウディのやり方で、2次元の図面はあまりなかったから、万事休すとも思われた。

しかし、ガウディの遺志を引き継ぐ人々が膨大な時間が必要な模型の修復に着手し、一部は想像による復元も含めながら、今日まで建築が続いている。

マネジメントの神様、ピーター・F・ドラッカーは、「ある一定の年齢になって『自分が何によって名を残すのか』が分からなければ人生は失敗も同然だ」と述べている。

彼が、学校の教師からこの言葉を聞いたのは子供時代だ。その時にはクラスの子供たちのすべてが「わけが分からない……」とばかりに首をひねっていたそうだが、ドラッカーはこの言葉を生涯「自問自答」していたようである。

彼は1929年に『フランクフルター・ゲネラル・アンツァイガー』紙の記者となり、アドルフ・ヒトラーやヨーゼフ・ゲッペルスのインタビューを行っている。

1933年に自らの論文がナチスの怒りを買うことを確信し、オーストリアから脱出した後、英国の投資銀行に勤めた。本人曰く、収入も良く自分に向いた仕事だと感じていたそうだ。しかし、1939年に米国に移住し、1942年にバーモント州ベニントンのベニントン大学教授となった。

結局、自問自答の答えが出たのは、人生の後半になってからだと考えられる。

ガウディの前半生は、まさに「自らの望むものを追求」する人生であったが、後半生は「何によって名を残すのか」だけを考えていたといえよう。

ガウディも、ドラッカーも傑出した人物だが、我々にとっても、人生の前半と後半とでは「生きる目的・意味」が違うという教えは、大いに参考になると思う。

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