今とは違う?20世紀「スーパーマーケット」の変遷を振り返り

今とは違う?20世紀「スーパーマーケット」の変遷を振り返り

  • コスモポリタン
  • 更新日:2020/11/22
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20年代~80年代までのレトロな写真と共にプレイバック!

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元々「セルフサービス」ではなかった

1900年代初期まで主流だった食料品のお買い物は、お店に電話をして何が必要かを伝えるか、必要なもののリストをお店まで持っていき、お店のスタッフに渡して集めてもらう方法だったそう。

しかし、1919年にテネシー州の都市メンフィスでオープンしたスーパーチェーン「Piggly Wiggly」が、客が自ら何を買うかを選ぶセルフサービスの方法を導入。ショッピング体験に改革をもたらし、1950年代から60年代にいたると、自分でカートを動かし、買いたいものを入れていくという方法が主流となっていきました。

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買い物時のオシャレは当たり前

現在では、スーパーに食料品を買いに行くときには、スウェットを着てスッピンのまま向かう人も多いですが、1世紀前の人がそれを見たらビックリするはず。

20世紀には、食料品のお買い物をするときであっても、おめかしをするという習慣があったそう! 女性たちは、お気に入りのドレスとアクセサリーを身に着けて、スーパーに訪れていたのだとか。

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激しい競争が繰り広げられる

1930年代に入ると、スーパーマーケットが人々の生活にとって欠かせないものとなり、利益は上がる一方で、多くのチェーンが全国に数を展開しながら、激しい競争に。

50年代に入ると、スーパーマーケットチェーンたちは広告会社と組み、大々的な宣伝広告を採用し、競争はさらに熾烈化したそう…!

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飾りが派手だった

アメリカの広告業界が最高に勢いがあった1950年代。

スーパーでは、客の目に映えるために、明るい色と大きな文字が印象的な迫力のある飾りが並び、とにかく見た目がにぎやかだったのだとか。

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空間が広告だらけに

広告業界の大躍進によって、町中に看板やチラシなどが溢れる中、スーパー内の空間も、商品紹介やセール情報などの広告でごちゃごちゃに…!

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ウィンドウディスプレイにも注力

1800年代後半から始まったとされる、デパートの煌びやかなウィンドウディスプレイは有名。スーパーも負けじと、食料品をウィンドウに飾り、お客さんを惹きつけていた様子。

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店員は当時の最低賃金よりも多くもらっていた

1962年の調査による、スーパーの店員の平均賃金は一時間当たり1.69ドル。当時の最低賃金は1.15ドル(現在の価値にすると9.85ドル)だったため、それよりも高かったということがわかります。

2020年現在のアメリカの最低賃金は時給$7.25であるため、当時の価値からすると現在よりも高い水準だったともいえるよう。

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レジはおつりを計算できなかった

「レジ」ことキャッシュレジスターは、おつりの計算ができなかったため、店員が別のツールで計算する必要があったそう。

そんな中、全米最大のスーパーマーケットチェーンである「Kroger」が、1957年におつりを計算できるレジを取り入れたことで、人的ミスもなく、正確なおつりが返ってくると話題に。

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店内は小さめだった

1960年代初期から70年代に至るまで、スーパーの面積は最高でも約1400平方メートル。現在アメリカの平均は約3700平方メートルだと考えると、比較的に小さかったよう。

日本のスーパーの平均面積(2017年調べ)は、都市圏で1,037.8平方メートル、地方圏で1,369.7平方メートルだと考えると、アメリカのスーパーの規模が大きいことがわかります…。

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元々カートは使われていなかった

1940年代に至るまで、スーパーでのショッピング中には、かごに商品を入れるのが主流。そんな中、オクラホマ州でスーパーを経営していたシルバン・ゴールドマンが、折り畳み式の椅子から着想を得て、1937年に「ショッピングカート」を発明。

男性たちはカートで商品を運ぶことに対して、重いものを運ぶ筋力がないことを認めたくないと恥を感じたり、女性たちは乳母車を引いているようで抵抗感を感じたりし、ショッピングカートの浸透には時間がかかったそう。しかし、現在ではお買い物には欠かせない存在に!

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レジの通路を広げる必要があった

1940年代にショッピングカートが流行したことで、人々が一回で買う商品が多くなるという現象が…。カートのサイズなども考慮し、全国的にレジがある通路を広めに作る必要があったのだとか。

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ベルトコンベアが設置

アメリカのスーパーでは、レジの前にはベルトコンベアが設置されていることが多いですが、1950年代まではそれがなかったのだとか。

1940年にショッピングカートが発明され、一人当たりが買う商品が増える中、ベルトコンベアがなかったときには、レジでの計算にとても時間がかかったそう。

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商品棚フロアも広げる必要が

ショッピングカートの台頭により、レジ列だけではなく、商品が陳列されているフロアも、カートが通れるように広げる必要があったのだそう。

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ショッピングカートがどんどん進化

シルバン・ゴールドマンが発明したショッピングカートは、バスケットの取り外しができるモデルでしたが、1947年にはオルラ・ワトソンが、元々からバスケットが付いたものや、バスケットの中に収納用の別のバスケットを付けたカートを発明。

1950年代には、子どもが座れるチャイルドシートが設置されたカートが発明されました。

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全商品に値段タグをつける必要が

商品についているバーコードが発明されたのは、1974年のこと。それまでは、商品一つひとつに値段が記されたタグやシールなどをつける店員がいたのだそう。

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在庫は少なめだった

1970年までは、平均して4,000個の商品がスーパーの在庫として置かれていたそう。この数は、現在と比べると少なく、限られた選択肢の中で買い物をするのが当たり前だったのだとか。

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スーパーは食料品のみを売っていた

1980年代に差し掛かるまで、スーパーは食料品しか売っておらず、その後から日用品や雑誌、オモチャまで店頭に並ぶように。

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スーパーの中にはコインランドリーも

忙しいママたちのために、買い物のついでに家事をすることができるよう、様々な施設がスーパーに併設されていたそう。コインランドリーもその中の一つ!

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フードコートも

現在ショッピングセンターではよく見るフードコートですが、1950年代にはスーパーにも設置されていて、食料品の買い物をしながらお腹が空いてしまったときに、軽食をすることができたのだとか。

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しかし、人種差別も

アフリカ系アメリカ人たちの一般公共施設の利用を禁止と制限した「ジム・クロウ法」によって、1964年までスーパーのフードコートは基本的に黒人たちは出入り禁止。

写真は、1958年8月26日にオクラホマ・シティで行われた、座り込み運動の一枚。黒人たちは、当時出入りが禁止されていた場所に座り込んで、人種差別を抗議したそう。

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白人社会と黒人社会の格差も

スーパーマーケットの数が全国的に増していく中、チェーンを営む会社は、アフリカ系が多く住む地域よりも、白人が多く住む郊外に多くの店舗を設置する傾向に。

これは「スーパーマーケット・レッドライニング(特定警戒地区指定)」とも呼ばれ、黒人たちは新鮮で安価な食材を手に入れることが、白人よりも難しくなるという問題に発展しました。

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「グリーンスタンプ」が大人気に

1970年代に大流行した「グリーンスタンプ」は、クーポンや商品券のようなもの。

「スペリー&ハッチンソン」という会社によって発行されるグリーンスタンプをある程度集めると、カタログに載っている商品と交換することができたのだそう。

ゲーム感覚でお買い物ができると、たくさんの人がグリーンスタンプ取り扱い店へ行くようになったのだとか。

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レジの担当者にはユニフォームが

スーパーマーケットチェーン「Piggly Wiggly」では、初めて店員がユニフォーム着るように。

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試食コーナーはいつでも人気に

現在も、スーパーでの楽しみの一つである試食コーナーは、1950年代にも人気だったみたい!

新商品を紹介して売り上げを伸ばす戦略として成功し、今も続く宣伝手法に。

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50年代に冷凍食品人気が爆発

食品を冷凍する技術自体は1924年に発明されていたものの、冷凍された食品を食べることに抵抗感があったため、あまり普及しなかったそう。

しかし、1950年代に入り、スワンソンの「TVディナー」の人気が爆発し、その後様々な冷凍食品が登場するキッカケに。

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子どもたちも訪れやすく

ショッピングカートに子ども用のシートも設置したり、子ども向け商品の展示、そして子どもの一時預かりサービスなど、彼らがスーパーに来やすくなる工夫が始まったのも1950年代。

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子どもたちが喜ぶ商品は下の段に

スーパーマーケットの発展に寄与したとされるアイデアマン、クラレンス・サンダース氏は、子どもたちが欲しがりそうな食品などを、商品棚の下の段、手が届く位置に置くように指示。

それ以外にも、キャンディーなどの衝動的に買ってしまいたくなるものを、レジ前に陳列させるのも、サンダース氏のアイデアだったのだとか!

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子ども用遊具が人気

現在もたまにスーパーの前に設置されているのを見る、コインをいれると動く子ども用の遊具。1950年代から60年代にかけて人気が爆発したそうで、1953年には「今一番勢いのあるビジネス」と称されたことも。

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缶詰商品が大人気に

冷戦が激化した1950年代から、万が一に備えて缶詰を備蓄するようになったことで、市場が増大。結果的に豆やスープなど以外にも、パイナップルやアスパラガスなどの野菜も缶詰商品として登場するように!

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日曜日は営業しなかった

1950年代には、現在のように年中無休が当たり前ではなく、ほとんどのスーパーが9時から17時営業、そして日曜日はお休みだったのだとか。

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地元の食材が扱われなくなった

全国にスーパーマーケットチェーンがどんどん建てられる中、 価格競争も激化。元々は地元の農家から食材を買って売っていたスーパーは、より安いものを仕入れるため、大量生産された食材を扱うように。

21世紀に入ってから、地元の農家や生産品をサポートしようという考え方広がり、再びそれらが店頭に並ぶように。

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プラスチックバッグは使われていなかった

日本では2020年にプラスチックバッグの有料化が話題となりましたが、プラスチックが発明されたのは1950年代。それまでは紙製の袋が主流だったよう。そして1980年代から、ほとんどのスーパーではプラスチックのレジ袋が使われるようになりました。

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ラップに包まれたお肉や珍しかった

1950年代に至るまで、事前にカットされたお肉はプラスチックのラップではなく、紙にくるまれて販売されていたそう!

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野菜やフルーツもプラスチックで!

プラスチックのラップが発明されてから、スーパーの店頭に並ぶものはほとんどラップにくるまれていたといっても過言ではないみたい…。

野菜やフルーツもプラスチックの中に収められるようになり、当時の広告には、「レタスはプラスチックで保存する方が新鮮さを保てる」という文言も。

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カートには「案内板」を表示

スーパーマーケットチェーン間で競争が繰り広げられる中、顧客満足度をあげるために、ショッピングカートに商品の紹介やセール情報がのった「案内板」を設置するチェーンもあらわれたそう。

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コーラをグラスボトルに

環境保護活動家たちと「コカ・コーラ」による取り組みで、グラスボトルをスーパーに持っていくと、コーラを注いでくれるというサービスも。

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「ミルクマン」がいなくなってしまった

スーパーの台頭まで、牛乳などの乳製品は、「ミルクマン」と呼ばれる人々が、家まで届けてくれていたのだとか。人々が都市から郊外に引っ越し、車でスーパーに行くという習慣ができ、「ミルクマン」ビジネスは下降を辿るしかなかったそう。

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決済は現金で

1950年代にクレジットカードが世の中に登場するものの、スーパーで使われるようになるまでは時間がかかったみたい。現在は「キャッシュレス社会」とも言われるアメリカでも、日用品や食料に関しては現金で払うのが主流だったよう。

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店員が買った商品を車まで運んでくれた

競争が激しかった1950年代から60年代の間は、顧客満足度を高めるため、プラスαのサービスが各スーパーで提供されていたみたい。その中には、店員が買った商品を車まで運んでくれるというサービスも…!

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70年代にはオーガニック食材ブームが

70年代に差し掛かると、缶詰やプラスチックに入った食材の人気は薄まり、健康志向や環境保護を気にかける人が増えるにつれて、オーガニック食材が流行。

自然食品などを扱う高級志向スーパーマーケット「ホールフーズ・マーケット」も1980年にオープンしました。

※この翻訳は抄訳です。

Translation: ARI

Good Housekeeping

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