相澤陽介が未来のクリエイターに伝えたいこと

相澤陽介が未来のクリエイターに伝えたいこと

  • JBpress
  • 更新日:2021/04/08

ファッション業界の枠を超えて、今最も社会に影響を与えているデザイナーのひとり、相澤陽介さんに迫るスペシャルインタビュー。後編では、彼がその活動を通じて直面した現代社会の問題点と、今を生きる若者たちへのメッセージをお届けする。

写真・文=山下英介

相澤陽介、コラボレートの流儀|〝社会に挑む〟デザイナーの仕事術(前編)

No image

株式会社ライノが運営する〝ホワイトマンテニアリング〟のデザインを核としながら、自身名義でのコラボレートを多数手がける相澤さん。その活動は近年ますますボーダレスになっている。近年は軽井沢に第2のアトリエを建設中で、そこでは自家発電による循環型生活を計画しているという

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

2020年代のブランディング

──デザイナーとして、これから取り組みたいことってありますか?

相澤:一度はメゾンをやってみたいな、と漠然と考えたりはしますが、この時代にモノづくりをする人間としては、環境問題にアプローチしたい、という思いが一番強いですね。

もともとファッションデザイナーという意識が希薄なのかもしれませんが、子供を3人育てつつ、この仕事を20数年やっている間に、日本におけるファッション産業の持ちつ持たれつ、という構造がイヤになってしまったんです。日本って、〝ユニクロ〟や〝コム・デ・ギャルソン〟などを例外にすると、ブランド化していくものや企業がとても少ないですよね? それはブランドがブランドであるための「存在意義」や「目的」のなさにあるのかもしれません。

──企業とブランドの違いは「目的」にあると?

相澤:たとえば僕がかつてコラボレートした英国の〝バブアー〟の工場では、50年前のジャケットだって修理してくれます。また、フィレンツェを拠点にする〝グッチ〟は、リサイクルやヴィーガン素材の使用を打ち出して、これからの指針を指し示している。日本においては、〝ユニクロ〟が自社製品回収をはじめて、循環型を目指しています。これらの企業は、本来相反しがちな環境とものづくりをいかに共存させるか、という難題に対して答えを提示することで、ファッションの文化的価値を次世代につなごうとしているんです。だからこそ、単なる企業としてではなく、ブランドとして残っていく。

この間、気づいたら自分が43歳になっていたことに驚いたのですが(笑)、この調子でいくと50も60もあっという間なわけで。そうなったときに、ただ経済的な目的だけでブランドを存続し続けているのか、それとも今後の社会を見据えた活動をしているのか?というのが、僕にとっての大命題なんです。

──若者たちに支持されるマニアックなプロダクトを産み出し続けながらも、ビジネスマンとしてナショナルクライアントとの仕事に取り組み、そして今は現実の社会問題と向き合っている……。相澤さんは特殊なデザイナーですよね。

相澤:多摩美の同級生だった僕の妻はクラフツマンシップ型のひとなんですが、彼女は昔から僕のことを「バランスを取る人」と思っていたようですよ(笑)。

相澤陽介=ハイブリッドカー説

──これだけ膨大な表現を続けていて、アイデアが枯渇することってありませんか?

相澤:ハイブリッドカーって、ガソリンでエンジンを動かすことによって得られた電力で、電気自動車として走りますよね。僕の仕事のやり方ってまさにそれに近くて、自分が動くことによって、新しいインプットが得られるんです。

たとえば今はイタリアの〝ラルディーニ〟と仕事をしていますが、ここから依頼された仕事を自分なりに解釈して進めていくと、これは〝ラルディー二〟には使えないけれど、〝ホワイトマウンテニアリング〟には使えるな、というアイデアが生まれてきます。それはヤマト運輸やトヨペットでも同じことで、アウトプットの量が多ければ多いほど、それに応じて日々インプットも生まれてくる、という考え方でやっています。

──なるほど、日々の生活や仕事のなかから、生まれてくるものなんですね!

No image

自身がデザインした〝LARDINI BY YOSUKE AIZAWA〟のスニーカー。プロダクトはできるかぎり自身で試して、可能な限りアップデートするという

相澤:ちょっとしたことでも、気づきがありますよ。たとえば〝ラルディーニ〟で働く若いスタッフたちは、センタープリーツの入ったトラウザースに、革靴じゃなくて、派手な〝ニューバランス〟を合わせたりするわけです。まだ日本ではそれほど浸透していないけれど、これにマウンテンパーカーを合わせたら、僕のスタイルになるじゃん!と思って、最近はスラックスばかりはくようになっています。自分にしかわからないことですが、そういうわずかな変化が面白いんですよね。

──文化の違うヨーロッパブランドとの仕事は、とても刺激的でしょうね。

相澤:そうですね。〝ラルディーニ〟は、メゾンブランドのジャケットを数多手がける、イタリアを代表する名門ファクトリーですが、ここではデザイナーとモデリストが対等の立場で働いています。僕はカチカチにデザイン画を描くタイプなんですが、〝ラルディーニ〟にまわすと、モデリストが次々とアイデアを出してきて、最終的には「僕が描いたのと違うじゃん!」というモノができあがったりもします(笑)。

──それはイタリアのファクトリーあるあるですね(笑)。

相澤:ヨーロッパの人って、伝統的に様々な分野の叡智を集結させてモノをつくりますよね。これに対して日本の場合、僕が描いたものを忠実につくってくれるのですが、「川上」「川下」という言葉に代表されるように、弊害もあるんです。

イタリアではそういった感覚は存在せず、各分野のスペシャリストたちとディスカッションしながらものづくりをするので、お互い研ぎ澄まされますよね。〝ラルディーニ〟との仕事では、本当に学ぶことばかりです。

昨秋冬に発表した〝LARDINI BY YOSUKE AIZAWA〟コレクション。〝ラルディーニ〟とのコレクションは、同社の若手スタッフたちのたっての要望で始まったという

「道具」にならないために

──そういえば相澤さんは、母校である多摩美術大学の客員教授もやってらっしゃるんですよね。

相澤:美術学部生産デザイン科テキスタイル専攻、という分野です。学生たちに教えることって、企業にプレゼンテーションするのと同じ方法論で、学ぶことがとても多いんですよ。

──次世代のクリエイターたちはどうですか?

相澤:僕たちの世代とは全く異なるので、どちらがいいとは言えませんが、今の学生は情報がすぐに届いてしまうので、そこにはメリットとデメリットが共存しています。いわゆるググって調べれば、ある程度の情報を手にすることはできますが、それは経験としての蓄積ではないので、創造性につながっていくのが難しい。そしてなにかやるときにすぐにゴールに向かってしまい、早く結果をだそうとしてしまうんです。

僕らの時代って、見えないゴールを探している途中で、枝分かれしたアイデアや知識に寄り道するのが楽しかったわけですが、彼らはネットで表層の部分だけを調べて、すぐに帰ってきてしまう。でも、自分のアイデアがなければ、そこはゴールとは言えないんです。

だからもっと「過程」を重要視して楽しんでいかないと、デザイナーといっても、単なる「道具を持った道具」になってしまうよ、と。

──「道具を持った道具」!

相澤:Illustratorではすごく上手いけれど、鉛筆では全然絵が描けないという人も多い。生地だって、紡績から染織、機織りなど様々な工程からできているのに、買ってきた生地で洋服をつくってしまう。それでは企業で働けても、本当のクリエイターにはなれません。

なので僕の授業では、「最終的に作品にならなくてもいい。どういうコンセプトを立てて、なにを学んだかが重要だから、途中で洋服じゃないな、と思ったら生地だけでもいいよ」と教えているんです。途中工程で得るものが、本当の経験値なんですよね。

No image

かつては挫折を味わい、工事現場で働いた経験ももつ苦労人。だからこそ、彼はクリエイターを目指す若者たちに本気で向き合う

──最近の社会では〝結果がすべて〟という価値観が主流になっていますが、それとは逆をいく教育ですね。

相澤:最近制服の仕事が多かったので、制服をつくる授業をやってみたのですが、そうするとみんな、いきなり絵を描いちゃうんですよ。

──なにも調べずに!

相澤:本来制服を考えるのであれば、世界中の制服を見て、どこがよくてどこがダメで、というリサーチからはじまるのに、いきなり作業に入ってしまい、「この襟がカワイイ」とか部分的な考えに陥ってしまうんです。この状況って、日本のアパレル企業で働くデザイナーが抱えている問題と、すごく近いような気がします。

──問題というと?

相澤:デザイナーが、「単に絵を描ける人」としか見なされないということです。当然マーチャンダイジングは重要ですが、MDがつくったトレンドマーケティングに従って絵を描くだけなら、その価値はどんどん低くなりますよね。だから最近、日本ではデザイナーの平均年収ってどんどん低くなってきて、かわりにMDが上がっているんです。デザイナーを志すって、もっとクリエイティブなことだと考えてほしい。これってヨーロッパでは絶対にあり得ないことだと思いますね。

自らの手を動かせ! そして社会を知れ!

──そんな時代において、デザイナーをはじめとするクリエイターに求められるスキルとは、どんなものでしょうか?

相澤:自分の手で絵を描くとか、染物ができるとか、自分の手を通してものづくりをしていた人は、きっと伸びると思います。つまりは「ゼロ」から発想し、「1」をつくる感覚と技術です。

──洋服デザイナーがアバターを手がけるようになった、このデジタル時代においても、ですか?

相澤:実際に体験することが困難な時代だからこそ、それを意識していけば、スペシャルな存在になれるはずです。僕はデジタルの世界にも興味があるので、アバター的なデザインはこれから大きく伸びていくとは思いますが、それはリアルなファッションとは別物です。またCGの世界でも、リアルを理解しているのとそうでないのは、できるものが全く違うと思っています。

〝ホワイトマウンテニアリング〟の、2021〜22年秋冬のコレクション映像。星野リゾートの協力のもと、相澤さん自らディレクションした力作だ

──現実社会や、自分の仕事がもつ社会的な意味と向き合うべき、ということですね。

相澤:ですから、これからのクリエイターはもっと社会情勢に敏感になってほしい。詳しくなくとも、可能な限り環境はもちろん政治、宗教、国際情勢などに関心を持つべきです。

僕は2020年の2月から3月にかけて、コロナウイルスが蔓延し始めた頃のイタリアに滞在していました。日々明らかに街の様子がおかしくなっていき、その後〝ラルディー二〟の工場もクローズしました。日本に帰ってきて中国が大変なことになっている中でも、その状況を理解していない人が多く、自分の仕事にはあまり関係ないという感覚があったことに、とても驚いたんです。

僕たちは9.11も3.11も体験してきて、世の中はなにが起こってもおかしくない、ということを身をもって知っています。なのに漠然と、自分たちの分野だけは楽観視している。そういう視点では、つくる作品だって曖昧な、枠の狭いものになってしまうと思うんです。

──現実にモノをつくって発表するという行為が、単なる遊びや趣味では済まされない時代に差し掛かっていますよね。相澤さんは今までの活動を通して、様々な表現手段やスキルを身につけてきたと思いますが、これからも「洋服」という手段にこだわり続けるんですか?

相澤:どうですかね(笑)? ……でも、今まで面白くないと思ったことがないので、やるんでしょうね。

PROFILE

あいざわ・ようすけ(デザイナー)

1977年生まれ。多摩美術大学染織科を卒業後、2006年にWhite Mountaineeringをスタート。これまでにMoncler W、BURTON THIRTEEN、adidas Originals by White Mountaineeringなど様々なブランドのデザインを手がける。2019年からは、北海道コンサドーレ札幌のディレクターにも就任。また、2020年春夏よりLARDINI by YOSUKE AIZAWAをスタートする。その他、多摩美術大学の客員教授も勤める。

山下 英介

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加