『神カル』夏川草介氏が医療の最前線から掲げる、新型コロナに打ち勝つ“唯一の道”

『神カル』夏川草介氏が医療の最前線から掲げる、新型コロナに打ち勝つ“唯一の道”

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2021/05/02
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「新型コロナウィルスを前代未聞の脅威たらしめている理由のひとつは、その『秘匿性』にあります」

『神様のカルテ』など医療小説のベストセラー作家であり、コロナ感染症指定病院に勤務する現役内科医・夏川草介氏は、コロナ禍の最前線で戦う医師たちの姿を描いたドキュメント小説『臨床の砦』(ともに小学館)の執筆背景についてそう切り出す。

新型コロナウィルスは、死亡率が高くないとされる一方で感染力が強く、治療の手段はまだまだ確立されていない。特定の条件が揃った患者が「朝元気なのに、夜には呼吸困難で倒れる」(夏川氏)ことが決して珍しくない未知の病気だ。

「正体不明で理解が進んでいないという理由から、罹患した患者や医療従事者、そしてその家族がバッシングやいじめを受けることがあります。感染拡大初期には、病院にコロナ入院患者がいるとほかの患者が寄りつかなくなるということもありました。病院も経営が大事。嘘をつくことはありませんが、開示義務がないものをわざわざ表沙汰にすることもありません。正直に話してしまえば外来患者が来なくなり、経営が傾くことがわかっているからです。そのような社会状況のなかで秘匿性が生まれ、新型コロナウィルスの脅威はさらに増幅してきました」(夏川氏)

この秘匿性が、医療現場において「どの病院にどれくらいの患者が入院しているか」、もしくは「患者の死亡理由や基礎疾患の有無の把握」など、医療現場間の情報伝達や連携をも困難にする。そしてその結果、リスクを抱えた患者を事前に察知することができず、被害が拡大するという悪循環を生んできた。

「新型コロナに関する情報を集約するシステムは少しずつ整ってきていますが、未だに不完全です。ある病院が病床数を確保していると公言していても実際には誰も入院していなかったり、逆に入院患者がいないとされていた病院で感染が拡大するというようなことが起きています。また、患者を受けいれている病院が孤軍奮闘を強いられる一方で、まったくコロナ診療に携わらないおだやかな病院もある。秘匿性が病院同士の格差を広めています。これは従来の病気では考えられなかった状況です」(夏川氏)

秘匿性に蝕まれた医療現場の現実を伝えたい――。その他にも、夏川氏が筆を取った大切な理由がある。小説というメディアを通じて、コロナ禍を克服するための“希望”を提示するためだ。マスメディアのように、脅威や対立を煽ることは事態を悪化させだけであり、互いの理解にもとづいた連帯と忍耐だけが、コロナ克服の力になると夏川氏は信じている。

「医療か経済かという二分法的思考では、新型コロナウィルスの危機を克服することは難しい。それが私のいたった結論です。私は医療の専門家であり経済のことは詳しくありません。ただ経済を優先させるべきと主張する方々のなかで、医療の現状を理解している人はほとんどいません。だからこそ、秘匿性をはぎ取って、各現場のことを互いに知ることがまず何より大事なのではないかと。『臨床の砦』は、医療現場の惨状をドラスティックに伝えるために書いたものでは決してありません。ただただ現場では起きていること、現場にいる人たちのことを知ってほしい。その一念で書くことを決めました」(夏川氏)

『臨床の砦』では、患者の治療に命がけであたりながらも、家族や自分自身の安全を顧みながら苦悩・葛藤する医師たちの姿が描かれる。未知の病気の前で誰もが無力さに飲み込まれている。完璧な医療従事者はひとりもいない。唯一の希望は、負けるかもしれないと分かっていても耐えること。そして、最後まで人を思いやることだ。

「秘匿性や対立が蔓延する医療現場、そして社会であっても、責任を放棄せず、誰かを思いやることができるからこそ場が和み、状況が少しずつでも良い方向に進んでいく。私は、コロナ禍の危機的状況がどうにか持ちこたえられているのは、そういう人たちがいるからだと現場をみながら痛感しています。耐えるのはつらいでしょう。ただ、みんな耐えている。そして一緒に耐えきることこそ、新型コロナウィルスに打ち勝つ唯一の道だと。そういうメッセージが小説を通じて伝わればとてもうれしいです」(夏川氏)

『臨床の砦』
出版社 : 小学館 価格:1650円(税込) 発売中https://www.shogakukan.co.jp/purchase/paper/books/09386611

夏川草介(なつかわ・そうすけ)
1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒。長野県の病院にて地域医療に従事。2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同作は2010年本屋大賞第2位に。『神様のカルテ』シリーズは累計300万部突破のベストセラーになった。

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