マンガ『腸よ鼻よ』に医師も感涙...「潰瘍性大腸炎」患者の想像絶する苦しさを描いた傑作

マンガ『腸よ鼻よ』に医師も感涙...「潰瘍性大腸炎」患者の想像絶する苦しさを描いた傑作

  • Business Journal
  • 更新日:2020/09/16
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安倍晋三首相の持病であり、辞任理由としても挙げられた「潰瘍性大腸炎」。大腸に炎症が起きて粘膜が傷つき、ただれたり潰瘍ができたりする。(写真はイメージです/写真提供:Science Photo Library/アフロ)

ご無沙汰しております。アニヲタ医師、Dr.Chem(ちぇむ)でございます。

去る8月28日、安倍晋三首相の退陣が発表されました。総理自身がTwitter等の公開情報でも言及している通り、安倍首相は以前より潰瘍性大腸炎に罹患していることが発表されており、とりわけ、2006~2007年の第一次内閣においては、同疾患の悪化が退陣の原因のひとつと発表されておりました。今回の退陣に際しても、健康面での問題が直接の原因であったと発表されております。

2012年からの第二次政権は歴代首相の連続在籍日数を更新し、通算在籍日数と共に歴代最長を記録であったとのこと。長期に渡る在任期間の政策面での評価はさまざまですが、そうした難病を抱えながら、長期にわたって公務に就かれていたことに、まずはねぎらいの意を表したいと思います。お疲れさまでした。

さて、ここで発表された病気「潰瘍性大腸炎」について、みなさまはどれだけご存じでしょうか。病名の通り、大腸を侵す病気であることはすぐにイメージできることと思います。しかし、その症状や、生活にもたらす影響の大きさは、おそらく、病名から想像される以上に深刻なものなのです。

難病指定もされているやっかいな病気「潰瘍性大腸炎」

潰瘍性大腸炎は炎症性腸疾患と呼ばれる病気の一種で、大腸の粘膜が炎症を起こし、グズグズに荒れてしまう疾患です。こうした腸管の炎症は、細菌やウイルスの感染を伴った場合には誰でも起きる可能性がありますが、潰瘍性大腸炎の場合、そうした外部要因による引き金がなくとも炎症が起き、また、万一上述のような感染症を合併した場合にはさらに重症化してしまう、という非常にやっかいな病気です。

日本での患者数は2012(平成24)年時点で14万3733人。年間5000人程度が新規に発症するとされていますが、発症の原因についてはいまだに詳しくはわかっておりません。厚生労働省から難病指定(旧:特定疾患)もなされており、今なお、病因の究明、治療手段の開発が途上である疾患です。

【参照】難病情報センター「潰瘍性大腸炎(指定難病97)」より

主な症状は下痢、血便。時期や環境によって症状は改善と悪化を繰り返しますが、ひどい場合には1日10回以上も出血を伴う下痢が続き、併せて貧血も進行します。また、下痢が続くのに伴って痔などの合併症も出現するほか、長期的には大腸癌の発症リスクもあり、症状が落ち着いているときにも定期的な検査が必要になります。

総じて、ひとつひとつの症状は想像しやすい一方で、それが長く続く場合の痛みや、生活に及ぼす影響の大変さを実感してもらうのが難しい疾患といえるでしょう。病院で患者さんやそのご家族に向けて理解を助けるための資料やパンフレットなどは存在しますが、一般の方に向けて潰瘍性大腸炎を知ってもらう機会はなかなかないのが現状です。実はこうした問題は、潰瘍性大腸炎に限らず、患者数が少ない難病、それも「がん」や「脳卒中」のようにある程度ひとくくりにして説明しづらい疾患にはどれにも付きまとっている問題なのですが。

実際、今回の安倍総理の退陣に際しても、患者さんによる団体から、疾患への理解を促す声明が発表されてもいます。

【参照】「最近のSNS等での無理解な言動に声明」(2020.09.06 NPO法人 IBDネットワーク)

『腸よ鼻よ』第1巻(KADOKAWA)。著者・島袋全優自身が潰瘍性大腸炎に罹患しており、その日常や入退院を描いた実体験ギャグエッセイ。マンガ配信サービス「GANMA!」にて配信中。

最初にかかった医者のあまりの“ひどさ”に愕然

そんななか、潰瘍性大腸炎を題材にした、とんでもないマンガがあることを知りました。島袋全優先生の『腸よ鼻よ』(KADOKAWA)です。

著者である全優先生は、まさに本稿でとりあげている疾患、潰瘍性大腸炎に罹患されており、この『腸よ鼻よ』は、ご自身のマンガ家としてのキャリアと並行しての療養生活を描いたコミックエッセイです。そのたぐいまれなるギャグセンスと絶妙なバランス感覚のお陰で、深刻にならずに読める作りになっていますが、実のところ、病気の経過としては結構シャレにならない事態が描かれています。

まず、のっけからいきなり、最初にかかった医者がやばいです。頻度がまれな病気の場合、なかなか最初の症状や検査だけでは診断に行き着くのが難しいことも多く、後付けであの時ああするべきだった、こうするべきだったと非難することは望ましくないのですが、それにしても、患者さんへのこの態度・振る舞いは……。正直、読んでいて、同じ医療者として作者に「申し訳ない…」と謝りたくなってしまいました。

幸いにして、その後セカンドオピニオンを経て主治医となったS先生(見た目は「メタルギア・ソリッド」シリーズのスネークそのままの、セリフが大塚明夫氏の声で聴こえてきそうなドクター)、ペアで登場する研修医の山田先生、そしてその後登場する外科のZ先生が非常にしっかりした先生方で、その後の治療については、治療選択のみならず、患者である作者の生活や仕事(マンガ執筆)にもよく理解を示してくれていることがうかがわれます。

家族、そして医者とのコミュニケーションに思わず涙

しかし、適切で最善な治療が行われていてもなお、悪化時には腹痛、下痢、血便と辛い症状が続いてしまうのが潰瘍性大腸炎の難しいところです。マンガ家としてデビュー、単行本発売と大きなステップを踏んでいく一方で、ストレスや締め切りの負荷によって入院・絶食点滴を繰り返す作者の様子は壮絶で、その深刻さを読者に直接ぶつけることなく、さらっと読める形にまとめてみせるその胆力と筆力には脱帽です。

各話の合間に挟まれる入院グッズや、腸に負担をかけない食事レシピなども、あっさりと(時にはギャグ調で)描写されていますが、医療者としては、それらを必要とするようになってしまった背景、その日常の大変さを想像するにつけ、本当に作者の健康を祈らずにはいられません。本作はWeb連載されていますが、作者病気に伴う休載も少なからず起きており、作中で描かれている症状が冗談で済まないことが、そうした作品外の情報からも思い知らされてしまいます。

合間合間に挟まれるご家族との会話に際しても、作者ご本人とご家族との関係の良さが伝わってくるとともに、愛情だけでなく、ご家族が抱かれている心配・不安も余すことなく描写されております。医療者の立場では、患者さんとお会いするのはあくまでも病院、診察室や病室であり、その実際の生活については間接的に知るほかない(患者さんのプライベートに関わることでもあり、相当デリケートな部分になります)ところであり、自宅での生活やそのなかでの思いを赤裸々に開示してくれることは、医療者も単に病気を治すというだけでなく、患者さんの生活をより良くするためにはどうしたらよいかということを考える上で、大いに考えさせられるところがあります。

作中では、医療監修の先生に(医療的な意味で)正確さを求められて突っ込まれたと書かれていますが、医療者にとって、患者さんの生活という、何よりも大事な部分が余すことなく描かれている本作は、間違いなく名作です。手術に臨む前のS先生との対話で、『ワンピース』(尾田栄一郎著、集英社)の某有名シーンのパロディシーン(第48指腸『まだ返せない…』)は、ギャグなのか感動なのか、ちょっと読んでいて感情がバグった感じの涙が出てきました。

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2020年6月30日に発売された『腸よ鼻よ』(KADOKAWA)の第3巻。点滴を受ける際に鼻に薬の匂いが突き抜けるエピソードが収録されている。

点滴で鼻に薬の匂いが突き抜ける“謎体質”

余談ですが、作者が点滴を受ける際、血管が詰まらないようにヘパリン(抗凝固薬)を含めた生理食塩水を点滴の管に流すと鼻に薬の匂いが突き抜けると訴えるエピソードがあります(第3巻、第30指腸『繋ぎ繋がれ…』、p88)。

作中では、看護師さんも作者の周りの方にも該当者がなく、“謎体質”として語られていますが、実は私も、診療の現場でそうした症状を患者さんから聞いたことがあります。ほとんどが若い患者さんからの訴えで、該当する薬は本作のようにヘパリンのこともあれば、別の薬のこともあり、正確な理由やどんな患者さんで見られるかまでは予想できません。血液内科の研修医時代、骨髄移植のとき(ドナーの細胞を患者さんに点滴するとき)にそういった訴えがよくあると聞いた覚えはあるのですが……。

どうか、作者の全優先生、そして、難病に立ち向かう患者さんたちがより元気に過ごせるよう、我々も力になれればと思います。

(文=Dr.Chem)

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Dr.Chem(どくたー・ちぇむ)
ファーストガンダムと同じくらいの時期に生まれた、都内某病院勤務の現役医師。担当科は内科、オタク分野の担当科はアニメ、ゲームなど主に2次元方面。今回取り上げた『腸よ鼻よ』では、ちょいちょいいろんな分野からのパロディネタが挟み込まれていますが、特に作者が筋肉フェチなこともあってか、格闘マンガ、特に『バキ』ネタが多いです。ちょうどNetflixで『バキ』大擂台賽編が放送中にて、合わせて楽しんでます。

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