二村ヒトシに影響を受けた人はなぜみんな気持ち悪いのか?【新井英樹×二村ヒトシ×麻知子×山下素童座談会(後編)】

二村ヒトシに影響を受けた人はなぜみんな気持ち悪いのか?【新井英樹×二村ヒトシ×麻知子×山下素童座談会(後編)】

  • よみタイ
  • 更新日:2023/09/19

二村ヒトシに影響を受けた人はなぜみんな気持ち悪いのか?【新井英樹×二村ヒトシ×麻知子×山下素童座談会(後編)】

7月26日に発売された山下素童さんの最新刊『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。
ゴールデン街を舞台にした私小説として反響を集めるなか、刊行を記念したトークイベントが行われました。
ゲストは、漫画家の新井英樹さん、AV監督の二村ヒトシさん、ゴールデン街『マチュカバー』オーナーの麻知子さん。ゴールデン街で交流のある面々が、山下さんの最新作について、酒を片手に感想を語り合います。
後編では、二村さんが登場する章を引き合いに、非モテとモテの違いを4人が熱弁。さらに、山下さんが本を出版してモテるようになった理由や、恋愛とセックスの本質とはなにか、出版後の山下さんの近況など、盛況に終わった座談会をお届けします。

☆前編はこちらから。

構成/佐藤隼秀

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山下「二村ヒトシに影響を受けた人は総じて気持ち悪い」

山下 自著の第2章では、「二村ヒトシはどうしてキモチワルいのにモテるんだろう」というタイトルで、二村さんについて書いたんです。小説のモデルとなってみて、二村さんは読後どのような感想を抱きましたか?

二村 山下さんと初めて会った、彼の最初の本の出版イベントでの僕の恥ずかしいふるまいとかね、5年も前のことなのに、まあ細部まで見事に再現されてますね…(笑)。小説を読んでて自分と似たイヤな奴が出てくると共感性羞恥をくらうものですけど、この本に出てくるのは、なにしろ俺だからね。じつにつらい。

新井 この章は全部本当の話なんだよね。なんで山下さんは、二村さんのことをなかばディスりながら書こうと思ったの?(笑)

山下 ディスるというか、注意喚起したいという感覚です(笑)
いま僕は31歳なんですけど、大学生の頃って二村さんのモテ本が流行っていたんですよ。当時、人文学系の読書会に行くと、よく『すべてはモテるためである』とか『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』が取り上げられてて。恋愛工学のアンチテーゼとして話題になっていたし、ちゃんと人を人として見るような人文哲学系の要素も入り込んでいるので、かなり好感をもって読まれていたと思うんです。
でも、実際にお会いしたら気持ち悪くて(笑) 気持ち悪いというのは、自己顕示欲や自意識が強くて、どうしようもないぐらいに自分が注目されたいというような意味です。『すべてはモテるためである』の中で、二村さんは「気持ち悪い人は自意識が強すぎるから」と断言しているんですけど、実際に会ってみたら本人もまさにそんな感じだった。非モテに向けた指南本を出版して売れたことで、どんどん自分がモテるようになるマッチポンプなんだと、この世の不条理を嘆きたい気持ちになったんです。

二村 ディスられているのか褒められているのか、よくわからなくなってきた(笑)

山下 で、僕が言いたいのは、二村さんのモテ本を読んで、“自分がモテるようになったと思うのは勘違いだ”ということ。
僕がゴールデン街で店番している時も、この二村さんの章を読んでくれた男性客がよく来てくれるんです。彼らの多くは『二村さんって気持ち悪いっすよね、めっちゃわかります!』って共感してくる人が多いのですが、皆なぜか総じて気持ち悪い(笑)
それと同時に、二村さんを神格化している人も一定数いて、モテ本に書いてあることを吸収すれば女の子にモテると信じ込んでいる。でも実際に、女の子を口説くとほぼほぼ失敗していくんですよ。その人たちって、割と二村さんを崇拝する信者のようになっていて、でもそれは幻想だと伝えたいんです。
著作の内容と、作者の人柄を結びつけるのは良くない。それは文章に対する過剰な期待であって、著者への依存でしかないんですよ。あまり良いことではないなと思っていて。

二村 自分で言うのもなんだけど、俺もそう思う(笑) この小説でも、2章で山下さんは僕にそそのかされたのか、3章で風俗嬢の女の子とセックスするけど、最終的には音信不通になってしまう。
それと同じかどうかはわからないけど、僕の本を読みさえすればセックスまで辿り着けて、しかも女の人を喜ばせられると思い込んで事故を起こす人がいっぱい出てきてるわけでしょ。

山下 僕はこの本で、二村さんのことを「気持ち悪さを残したままモテている」と表現したんです。ただ実際は、二村さんの気持ち悪い部分だけが乗り移った“二村チルドレン”が、次々に生まれているんです。

何者かになりたい欲望=童貞っぽさ?

二村 僕の本を読んで、よーし、これからモテまくるぞと意気込んでいる男は総じて気持ち悪い(笑)。
そういう人たちに、僕はぜひ、この本の紙の版には残念ながら収録されなかった山下さんの「「何者かになりたい」という願望をどう捨てる? 映画「ちひろさん」に似た風俗嬢と、ゴールデン街で4年ぶりの対話」という短篇を読んでいただきたいのです(電子書籍版には限定特典「人間は生きているだけでどうしようもなく何者かであるということ」として収録)。
あれって、この本の第2.5章だよね。とても重要なことが書かれている。20世紀のすごい女性哲学者ハンナ・アーレントまで出てくる。風俗とゴールデン街だけじゃなく現代哲学にも詳しい山下さん。

山下 ありがとうございます。

二村 アーレントの言葉を借りた山下さんは、何者かになりたい風俗嬢に、「人間は生きているだけで誰しもが個性的で、どうしようもなく何者かであることを宿命づけられてしまっている存在だから、何者かになりたいと思うことこそがおかしな話」と答える。
続けて、「何者かになりたいから文章を書くという呪縛から解き放たれると、より文章を書くのが楽しくなった」とも書いてある。「自分が出会う誰しもが皆どうしようもなく何者かであってしまうことの面白さを見ることができるようになった。それから人と関わることも楽しいと思えるようになった」と。

山下 何者かになりたいかという願望は、僕の本にも書いてある「自分のことを受け入れてほしいという気持ち」が大きい状態ですよね。要は、僕が散々言っている“気持ち悪い二村さん”に近い姿。
ただ承認されたい感情にはキリがないし、どうしてもそこに固執してしまうと、視野が狭くなるというか、世界や他者を正確に捉えられないと悟ったんです。

麻知子 あと単純に、自分が何者かになりたいと思わない方が肩の力も抜けて楽よね。私も20代の頃は何者かになりたいと思っていたけど、今はお店が楽しすぎて、これから先もずっとお店に立てれたらいいなくらいに気楽に思ってる。

新井 俺も年を食えば食うほど、先のことを考えなくなったかも。いま楽しければいいやってかんじ。

二村 いまの話を聞いていると、“何者かになりたい”と固執している状態って、非モテ的な童貞っぽさとも重なると思えてきた。
モテないのを他人のせいにして、「俺を愛さない現実の女が悪い、女は敵だ」って断定したり、逆に「俺は女性の話をちゃんと聴ける男になれた!」と自分に言いきかせてナンパ師っぽくふるまって玉砕したり……。「何者かになりたいのに、何者にもなれない」という劣等感が他責の念や自己啓発と結びついてしまうと、たしかにキモい。
でも、山下さんの新刊には、そういう劣等感がまったく感じられない。自責でも他責でもなく、“世の中や人生ってこんなもんだ”とある意味、達観したような恋愛を描いている。

二村「山下さんは、中動態的な恋愛の本質を捉えている」

新井 そうだね。俺が好きな4章のシーンで、女の子のユーチューバーとデートする時、お目当てのワンタンメン屋が臨時休業していたシーンがあるじゃん。その時に女の子は、自分のせいでも、他人のせいにするでもなく、ただただ笑っていて、それを見た山下さんが安心する。その後、目的もなくぶらぶら歩いて、ふらっとバーミヤンに辿り着く。
この一連の流れって、まさにいま二村さんが言っていたことだよね。山下さんの文章には、偶然に流されていくような自然さを感じる。

二村 まさに哲学でちょっとブームになってる“中動態”という考え方に近いのかな。ざっくりとした解釈ですが、中動態とは能動的でも受動的でもない、いわば自分の行動が「する/される」といった明確な意思とも他者からの強制とも離れた状態を指し示す概念です。
ワンタンメン屋が偶然閉まっていたシーンが、まさにそれ。店が閉まっていたのは、自分のせいでもなければ、他人に非があるわけでもない。山下さんもユーチューバーの女の子も、誰かのせいにするわけでもなく、偶然性や不確定性をそのまま受け止めて楽しんでいる。
それこそが恋愛の本質だと思うんです。理屈や損得勘定を度外視した関係性でいたほうが、ガチガチに目的を決めずに行動したほうが、恋愛においては楽しいはず。
この言語化が難しい曖昧だけど重要な空気を、山下さんはさりげなく描き切っている。中動態という言葉は山下さんは本文中では使ってないけど、ハンナ・アーレントが出てきたということは、まちがいなく結びついてると思うんです。

ファンからちやほやされたら増長するもの?

二村 ところで、この本のきっかけとなるウェブ連載を始めてから山下さんは爆モテしてって聞いてますけど、実際はどうなの?

山下 先ほどの“二村チルドレン”の話もそうですが、読者が作者に幻想を抱いて、距離感が近くなってしまう人は一定数いますね。こちらとしては起こった出来事を、ただ自分の言葉で書き綴っているだけなのに、作者=偉いみたいな権威として向こうが捉えて、勝手に恋愛感情を抱いてくる読者もいる。
それは、一般的に見れば“モテている”状態と言えるかもしれませんが、一方で“自分が消費されている”感覚もある。もちろん褒められたり、ちやほやされてモテるのは気分が良いですが、それが果たしてどう捉えられているのか考えると怖い気もしますね。

麻知子 ちなみに新井さんは、ファンにちやほやされたりするけど増長できないタイプですよね。

新井 俺って、30~50歳までの20年間作品が全然表に出てこなかったから、自分のファンですって言われるのが遅かったわけ。もし30歳前後でファンにちやほやされてたら増長した嫌な奴になっていたと思うけど、もう50歳すぎると褒められる許容量がそこまであんまり大きくないんだよね。それに天狗になっている自分が恥ずかしいというか。

麻知子 そうよね。二村さんは逆じゃないですか?

二村 逆なんですよ。なにしろ褒められるのが大好きなの。誇大妄想だと思われるかもしれませんが、今から20年くらい前は日本中の受け身好き・痴女好き・逆ハーレム好きの男性が、僕が監督したAVでオナニーしていた時代がありましたから。

新井 それは増長せざるを得ないでしょう(笑)

二村 その後に恋愛の本を出版したら、今度はそれを読んで感動したと言ってくれる女性が大量に現れ……。自分の妄想を拡張した映像で男性を勃起させてる一方で、恋愛こじらせマスターのように信奉され、我ながら客観的に見ると気持ち悪い仕事をね、してきました。

麻知子 でも私は、二村さんの“気持ち悪さ”って嫌悪感ではなくて、なんかいじらしくて可愛らしい感じだと思うんですよ。二村さんみたいに、もう充分モテてきて名声もあるのに、まだモテることについて真剣に考えているんだって。

二村 山下さんも連載を始めて、本を出版して、素人童貞だった頃よりはるかにモテるようになった。でも多くの人にモテることで満たされたかと言うと、そうじゃないわけだよね。

突然、血で書かれたファンレターが……

新井 さっき山下くんが、“作者は読者に幻想を抱かれがち”と言うことを話していたけど、俺も結構やられるんだよね。要するに、書いてる漫画の主人公=新井英樹みたいに読まれちゃうことが多くて。
俺びっくりしたのが、『宮本から君へ』のアシスタントと初対面の時、「新井さんが、宮本さんみたいな人だったら嫌だなとドキドキしてたんです」って言われたの。え、同業者にもそう思われてんのかと思ったね。
それで連載を続けていく中で、主人公がヒロインと付き合ったけどすぐ捨てられちゃうシーンを描いたのよ。それを読んだ祖母が、わざわざ「英樹ちゃんも悪い女に騙されて悲しい思いしてるかもしれないけど頑張って」って手紙を送ってきたの(笑)
少し冷静に考えれば、主人公以外のキャラも作者が考えているし、主人公の言動が作品のテーマや核心に直結すると言ったら全く違うはず。それでも「主人公=新井英樹」と錯覚されてしまうわけだから、もう主人公と自分が重ねて読まれるのは永遠のテーマですね。

山下 特に新井さんの漫画は、そう思われがちかもしれないですね、フィクションでSFなんだけど、むき出しの人間臭さがあるというか。

新井 以前に一度、血で書かれた手紙が送られてたり、警察経由の「この小包の中に爆弾が入ってます」って書かれたものが届いたこともあるよ(笑)

二村 それはもう、熱量があって過激な作風に、ファンが過剰に刺激を受けちゃうわけでしょう。

山下 ただ、読者が作者に幻想を抱いてしまう気持ちは僕もわかるんです。と言うのも事実を基にしたエッセイのような私小説を書いたことで、自分が体験したことじゃないと書けないと実感したんです。
だからこそ他人の作品を読む時に「これは実体験なのか」と考えながら読んだり、二村さんのモテ本を読み返した時は二村さんの顔が思い浮かんだり。ゴールデン街では、お店番をしている人が役者だったらその人が出演している演劇を観に行くし、作家だったらその本を買いに行くし、知り合った人きっかけでコンテンツに入っていく人も多いですね。

なんのために作品を書くか

二村 そう考えるとさ、大きなお世話だけど、山下さんもこれから大丈夫なのか。
恋愛や性をテーマに、濃厚な人間関係を描くわけじゃないですか。この座談会でも終始、作品と作者が同一視されやすいという話をしてきた。ゴールデン街で働いていると、より読者や取材対象者との距離も近いわけでしょう。
作品を面白く仕上げるために、登場する人との踏み込んだ内容を書かざるをえないこともある。その辺りの塩梅というか、距離が近すぎて人間関係がこじれたりはしないですか?

山下 このウェブ連載と著書に関しては、他人から見られた自分を許容できる人を選んできたつもりですし、僕自身もそういう人が好きなので自然にうまく事が運んだと思っています。
よく言われる「私小説家の人生は破滅に向かう」という言葉には一理あると思っていて、書くことで他人の私生活を消費しながら、同時に作品をどう読まれるかで自分も消費される。どこまで書いていいのか神経がすり減る瞬間もありましたが、事前に全文確認を挟んだので、連載中は何の問題も起こらなかったんです。
ただ確かに、今後はもっと大変になるのかなとも思います。この著書はゴールデン街で知り合った人のことを書いているので、そこまで人間関係としては深いものではない。それが将来的に恋人が出来て、結婚に発展したとして、その生活を題材に書くことは全然違いますよね。

二村 かといって、宇宙戦争みたいなSFを書いたとしたって、「この火星人の女って私のことでしょ?」って言われちゃうんだよ。

新井 うん、本当に大変だと思うよ。結構俺の身の回りでも、書くことで揉めて人間関係がこじれていく悩みを聞かされるから。
だから山下くんが、今後どのようなスタンスでやっていくかだよね。要はなんのために書くのか。それが名声のためなのか、満足するものを仕上げたいのか、書く事が業みたいになっていて離れられないのか。
人それぞれ違うと思うけど、俺は基本付き合ってた恋人に振られて、どうしようもなくなって最後にすがりついたのが漫画なんだよね。

山下 それで言うと満足するものを書きたいのがあるんじゃないですかね。金のためなら連載で1本1万字を超えるようなコスパの悪いことはしないだろうし、特に書くことがつらいわけでもないから、単純に書くことにこだわっていきたい思いが根底にあるんだと思います。
今後については未定ですが、書くことは続けていきたい。これまで書いてきたモデルの人たちとも、皆それなりに関係は続いているので、その思い出を記録する日記のような感じでできたらいいですね。それで生活できたら言うことなしです。

【プロフィール】

■新井英樹(あらい・ひでき)
1963年生まれ。漫画家。1989年『8月の光』でアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞しデビュー。1993年『宮本から君へ』で第38回小学館漫画賞青年一般向け部門を受賞。『愛しのアイリーン』、『ザ・ワールド・イズ・マイン』、『SCATTER』等、作品多数。こじらせ童貞をよく描く。コミックビームで『SPUNK -スパンク!-』連載中。

■二村ヒトシ(にむら・ひとし)
1964年生まれ。AV監督・ソフトオンデマンド社顧問。『すべてはモテるためである』、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』、『オトコのカラダはキモチいい』(金田淳子・岡田育との共著)など性愛に関する著者多数。女性が男性の乳首をなめる文化を育んだ文化人でもある。

■麻知子(まちこ)
ゴールデン街「マチュカバー」オーナー。麻知子さんの不思議な魅力により「マチュカバー」には文化人がよく足を運ぶ。ここだけの話、麻知子さんは鳩やカラスと友達になれる能力を持っている。

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