上映時間8時間半のドキュメンタリー『死霊魂』中国共産党“飢餓収容所”サバイバーたちの証言

上映時間8時間半のドキュメンタリー『死霊魂』中国共産党“飢餓収容所”サバイバーたちの証言

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2020/08/02
No image

街や職場をよりよくするための意見を、みんな率直に語ってほしい。毛沢東主席時代の中華人民共和国では、理想の国づくりのための「百家争鳴」キャンペーンが行なわれた。中国共産党への批判も含む自由な発言が認められていたが、周囲に勧められて発言した者には過酷な運命が待っていた。1956年に中国共産党が始めた「百家争鳴」キャンペーンは、翌年になって方向転換。発言者たちは反体制派=右派として弾圧され、再教育収容所送りとなった。

さらに毛沢東の無謀な農業政策が原因で、中国史上最大の飢饉が発生。収容所送りとなった人々は、1日わずか250gの雑穀しか与えられず、次々と餓死する。上映時間8時間26分となるドキュメンタリー映画『死霊魂』は、特に厳しい環境にあったゴビ砂漠の夾辺溝収容所サバイバーたちの肉声を集めた慟哭の映像記録となっている。

本作を12年がかりで撮り上げたのは、1967年中国西安市生まれのワン・ビン(王兵)監督。上映時間9時間をこえるデビュー作『鉄西区』(03)は、山形国際ドキュメンタリー映画祭大賞を受賞。その後も、中国の地域格差の実情を映し出した『三姉妹 雲南の子』(12)、精神病院の中にカメラを入れた『収容病棟』(13)、出稼ぎ労働者たちの厳しい暮らしを追った『苦い銭』(16)などの問題作を海外で公開している。

ドキュメンタリー映画を撮り続けているワン・ビン監督だが、過去に一度だけ劇映画を撮っている。「百家争鳴」後に収容所送りになった人々の悲惨な収容生活をドラマ化した『無言歌』(10)だ。再現された収容所は、荒地に掘られた穴蔵同然の粗末な施設だった。また、夫と引き離された妻側の視点から描いたドキュメンタリー映画『鳳鳴 中国の記憶』(07)も撮っている。収容所送りとなった本人だけでなく、家族も辛酸を舐め続けなくてはならなかった。経済大国となった中国の暗い過去に、当時まだ生まれていなかったワン・ビン監督は強くこだわっていることが分かる。

第一部の最初に登場するのは、85歳になるジョウ・ホイナン。もともとは国民党の軍人だったが、共産党員として再教育を受けてからは、人民解放軍で精力的に働き、その後は地方の国有企業に勤めていた。「百家争鳴」の際に職場の改善案を提案するが、このことから反体制派に認定されてしまう。実直な性格と発言が、災いを招いてしまった。

ジョウ・ホイナンが語る、反体制派の摘発方法が実にえげつない。毛沢東は全人口の5%が統計的に「右派」になると考え、各職場から職員の5%を右派としてリスト化することを命じた。人数合わせのために、まったく身に覚えのない人も「右派」扱いされてしまった。革命を成し遂げた偉人・毛沢東の政治家としての暗黒面が明かされる。

収容所での過酷な日々も、強い信念で貫いた語るジョウ・ホイナン。だが、きれいごとだけでは収容所は生き延びれなかったことを、続いて登場する彼の弟、ジョウ・ジーナンが語る。建築技師として優秀だったジョウ・ジーナンだが、彼もまた右派扱いされ、収容所に送られる。激しい飢饉に見舞われるが、彼は真面目な性格が認められ、羊番になれたことで命拾いした。放牧を任されていた羊番は、食事量が多かった。兄のジョウ・ホイナンは小隊長だったので、他の収容者よりも多く食べることができたと小さく笑いながら打ち明ける。ジョウ兄弟のように食べ物に恵まれた者か、炊事係しか生き延びることはできなかった。

では、羊番や炊事係などに就けなかった被収容者たちは、どうやって飢えに耐えたのか。同じく第一部に登場するチー・ルージーのコメントは衝撃的だ。亡くなった人は埋葬される際にお腹を裂かれ、内臓を取り出され、焼いて食べられたのだという。収容所のある夾辺溝は厳寒地で、穀類は育たず、人肉食でしか生き延びることはできなかった。

夾辺溝の収容所送りとなった3200人のうち、生還者はわずか500人ほどだった。1970年代に入ってから名誉回復することができたものの、つらい過去を思い出したくない人も少なくなかったはずだ。ワン・ビン監督はスカイプインタビューで以下のように語った。

「収容所のできごとを、僕はずっと知らずにいました。2004年2月、僕はヤン・シエンホイさんの小説『告別夾辺溝』(劇映画『無言歌』の原作)を読み、驚きました。これはどうしても映画にしなくてはいけないと思ったんです。『無言歌』を撮る際にリサーチとして、2005年から生存者の方たちに話を聞き始めました。もちろん、取材を受けたくないと拒否する人も、10人ほどいました。話してもいいけど、絶対に口外しないでくれという人もいました。取材を嫌う気持ちは、すごく理解できます。でも、生存者のほとんどがカメラの前で語ってくれました。それはとても勇気のいることだったと思います」

半世紀以上も昔のできごとだが、サバイバーたちにとっては決して忘れることができない体験だった。カメラに向かってしゃべっているうちに、次第に熱が入っていく。封印されていた記憶の扉が、いっきに開かれたかようだ。1日に配給された雑穀が250gから200gに減らされたこと、家族がこっそり差し入れてくれた麦こがしで空腹を凌いだこと、朝方になると隣で寝ていた人が冷たくなっていたこと……。収容所での記憶が鮮明に語られていく。また、ふいに口を閉ざした人の脳裏に去来したものは、何だったのだろうか。

「僕が生まれ育った時代も、決して豊かではなく、食糧事情もよくはありませんでした。でも、僕が生まれた農村は、みんなが貧しく、馬やロバを共有し、慎ましく暮らしていました。僕が中学生のときに父親が病気で亡くなり、僕が代わりに働くことになりましたが、10年ほど働いた後に大学や大学院に進むことができ、自分がやりたかった仕事に就くこともできました。僕はとてもラッキーな人生を送っています。でも、自分ひとりの力では、どうにもならないのが人生です。かつての中国は飢饉が襲い、今はウイルス感染によって世界は大変な状況になっています。個人の力ではどうにもならないことが、この世界にはいろんな形で存在するんです」

上映時間8時間26分になる『死霊魂』だが、ワン・ビン監督は映画館で上映されやすいような短縮版をつくることはいっさい考えなかったという。

「上映時間を短くすれば、多くの人がこの映画を観てくれる、ということは考えませんでした。映画には、いろんなスタイルがあっていいと思うんです。2時間ほどでさっと観る映画があっていいと思うし、時間を要してじっくり撮った映画を好む人もいるはずです。この映画には8時間26分という長さが、どうしても必要だったんです」

収容所で亡くなった人たちの遺骨の多くは、今も収容所のあった荒地に野ざらしとなったままだ。国家が繁栄する影には、ままならない生涯を送った人たちがいた。『死霊魂』はその無念さを供養するための映画ではないだろうか。映画という名の供養塔、それが『死霊魂』だ。

No image

『死霊魂』

製作・監督・撮影/ワン・ビン

配給/ムヴィオラ 8月1日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

(c)LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINEMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

http://moviola.jp/deadsouls/

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加