公開当初は大コケしたミッキーの人気回復映画が歴史に残る芸術作品になった理由

公開当初は大コケしたミッキーの人気回復映画が歴史に残る芸術作品になった理由

  • シネマトゥデイ
  • 更新日:2020/10/16
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『ファンタジア』(1940年) - Walt Disney Productions / Photofest / Getty Images

戦争の渦中で世界中が迷走していた1940年にアメリカで後世に語り継がれる芸術的なアニメーション作品が公開された。ディズニーの『ファンタジア』だ。

当初ウォルト・ディズニーはドナルドの人気に押されがちなミッキーマウスの人気回復のためオリジナリティーのあるミッキーの映画を作る企画を構想中だった。そんなある日、ウォルトがフィラデルフィア管弦楽団の指揮者レオポルド・ストコフスキーと出会ったことからその物語の企画は当初の構想とはまったく違う方向へ進んでいくことになった。

その映画の企画とは、オーケストラの演奏による名曲に合わせて、ほとんどセリフのないアニメーション8本をオムニバス形式で一つにまとめた長編映画だ。

この映画は画期的だった。理由はいくつかある。映画における音楽は、ほとんどがバックグラウンドミュージックで映画のストーリーを引き立てる演出のためのものだった。しかし『ファンタジア』は、まず音楽ありきで、アニメーターはその音楽のリズムや抑揚に合わせてアニメーションを作るという音楽が主役の映画だ

それだけ音楽にこだわる映画だけあってこの映画のために録音と再生の画期的なシステムも作られた。このシステムは、複数のスピーカーを映画館に置いてスピーカーごとにまったく違う音を出し、まるでコンサートホールにいるかのような立体的な音響効果を体験できるという画期的なものだった。

しかし、この装置を映画館に設置するためには莫大な費用が掛かり、その結果上映は、大都市の大きな劇場のみに限られてしまったため、この歴史的芸術作品『ファンタジア』は集客がかなわず大コケしてしまう。加えて第2次世界大戦も勃発し、日本でこの作品が初めて公開されたのはアメリカ公開から15年も後のことだ。

質の高い芸術作品でありながら、なかなか日の目をみない作品だったが、日本公開から間もなくして技術的にサラウンドステレオでの上映が可能になり、世界中でリバイバル上映がされ人気に火が付いた。特に音楽家からの評価は高くその録音方法にインスパイアされた音楽家は多い。

さらに90年代に入るとリマスター技術が進化し、DVDやBlu-rayをドルビーサラウンドで鑑賞することができるようになり、多くの人たちが『ファンタジア』の質の高さを目の当たりにすることができるようになった。

特にゲーテの叙事詩にインスパイアされて作られたポール・デュカの『魔法使いの弟子』はミッキーマウスが魔法を使いすぎて暴走するというコミカルな内容だが、光と水の動きを楽曲に合わせて見事にシンクロさせており、ミッキーファンでなくとも見とれてしまう芸術性の高い作品だ。(編集部:下村麻美)

収録曲:「トッカータとフーガ ニ短調」ヨハン・セバスチャン・バッハ
「くるみ割り人形」ビョートル・イリイチ・チャイコフスキー
「魔法使いの弟子」ポール・デユカ
「春の祭典」イーゴリ・ストラヴィンスキー
「時の踊り」アルミカレ・ボンキエルリ
「交響曲第六番田園」ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーベン
「はげ山の一夜」モデスト・ムソグルスキー
「アヴェ・マリア」フランツ・シューベルト

製作年:1940年(125分)カラー
製作国: アメリカ
監督:ベン・シャープスティーン
動画監督:ウォード・キンボール
製作:ウォルト・ディズニー

映画『ファンタジア』は10月16日23:00~金曜レイトショーにて

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