【旧統一教会問題】政治と宗教の問題に、私たちはどう立ち向かうべきなのか

【旧統一教会問題】政治と宗教の問題に、私たちはどう立ち向かうべきなのか

  • mi-mollet(ミモレ)
  • 更新日:2022/08/06

安倍元首相の銃撃事件をきっかけに、政治と宗教をめぐる問題がクローズアップされています。しかしながら、政教分離というのは、日本の戦後政治において一貫して問題視され続けてきたテーマですから、政治について多少、知識のある人なら、大きな驚きはないはずです。私たちは政治と宗教についてどう考えれば良いのでしょうか。

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安倍元首相の銃撃事件を受けて、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の元幹部である郭錠煥(クァク・ジョンファン)氏が7月19日にソウル市内で会見。一部で取り沙汰されている同教団と自民党との癒着疑惑を否定した。写真:YONHAP NEWS/アフロ

説明するまでもなく民主主義国家では「信教の自由」というものが保証されており、国民がどの宗教を信仰するのか、あるいはしないのかについては、すべて個人の自由となっています。信教の自由が保障されている以上、信仰を持つ人が、自身が信じる宗教と近い考えを持つ政治家に投票することは、当然に予想される事態です。したがって、宗教団体と政治家の関係を完全にゼロにすることは原理的に不可能と言ってよいでしょう。

宗教の分野に限らず、労働組合や経済団体、技能者団体など、自らの職業利益に合致する政治家に投票するというのはよく見られる行動ですから、宗教団体だけが特別なわけではありません。

しかしながら宗教の場合、他の団体とは異なる事情があります。宗教というのは個人の価値観や人生観に深く関わる分野ですから、場合によっては家族のあり方、結婚のあり方、性別や人種などに関して、多くの人とは異なる考え方を持つ人が出てくることになります。極端な思想を持つ宗教団体が、国政と密接な関係を持った場合、私たちの生活には大きな影響が及ぶことになります。

信教の自由という大前提がある以上、政治と宗教の関係を適切なものにするためには、政治家がしっかりとした倫理観を持つ必要があります。選挙に立候補する人は、自身がどのような人たちと関わりがあり、自身がどのような価値観を持っているのか、明確に説明する必要があるでしょう。

筆者は以前、ある論者と政治家の資質や能力について議論したことがあるのですが、筆者は「政治家というのは、自身の価値観や人生観など、プライベートな部分も含めて、ある程度までは外部に説明する責任がある」という話をしたところ、相手に色をなして反論されました。

彼によると、職務能力があればプライベートは関係ないという理屈なのですが、この論理は、政治家という仕事について根本的に勘違いしていると言わざるを得ません。政治家というのは、一般的なサラリーマンのように、特定の業務をこなせば、働いた分だけ賃金がもらえるという仕事ではありません。

政治家の仕事は多岐にわたりますが、究極的には法律を作るのが最大の仕事と言ってよいでしょう。

法律というのは、私たちの生活になくてはならないものですが、同時に極めて恐ろしい存在でもあります。法律をひとつ作るだけで、特定の階層や人種、グループに属する人たちの権利を侵害することなど、いとも簡単に実現できてしまいます。

現在でも、日本では女性やLGBT(性的少数者)、一部の子供など、十分な権利が保証されていない人たちがたくさんいます。状況を悪化させるのも、改善するのもすべて法律次第であり、政治家というのは、人の生き方を変える絶大な権力を持っています。こうした現実を考えた場合、立候補している政治家が、どのような価値観を持ち、どのような生き方をしているのかについて知ることができなければ、正しく選ぶことなどできるわけがありません。

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7月29日、霊感商法の被害者支援に取り組む「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の弁護士らが会見。「旧統一教会と政治家のつながりは明らか」と言及した。写真:つのだよしお/アフロ

近年 芸能人の不倫など、私生活に関して過度なバッシングが行われるケースが増えており、これは決して良い風潮とは言えないでしょう。政治家にもプライベートはありますから、過度に私生活を詮索する必要はありませんが、先ほどから説明している通り、政治家の場合、一般人とは異なる基準が必要です。

結婚のあり方や恋愛のあり方、外国との関わり方というのは、国家によって大きく異なりますし、これらに関する法律が恣意的に運用されれば、国民の生命や財産に関して重大な問題を引き起こします。

政治家がどのような価値観を持っているのか知る事は重要なことですし、その重要性についてしっかり認識している政治家であれば、適切な範囲において、自身の価値観や人生観、あるいは、誰から支援を受けているのかなど、人間関係全般について誠実に説明しようとするはずです。

しかしながら、政治家個人の倫理感だけに頼ることには限界がありますから、最終的には、自らの思想をしっかり表明できない人には投票しないという形で、私たち国民が審判を下していくしか事態を改善する方法はありません。

信教の自由という原理原則を維持しつつ、政治と宗教の関係を適正化するには、こうした透明性を確保することが何よりも重要です。そして、政治家に対して透明性の確保を促すことができるのは、私たち有権者だけです。

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加谷 珪一

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