ローマ教皇を悩ます「性的虐待問題」...カトリック教会は死点に達してしまったのか

ローマ教皇を悩ます「性的虐待問題」...カトリック教会は死点に達してしまったのか

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/06/11
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カトリック教会に激震

6月4日、手元のスマホにすごい勢いでドイツのニュース速報が入り始めた。ミュンヘン/フライジング教区のラインハルト・マルクス枢機卿がローマ教皇に宛てて、枢機卿という位から退く事を認めてほしいというお伺いの書簡を提出していたというニュースだ。

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カトリック教会では、司教の位が教皇の次に高いものだが、その司教の中でも、教皇を直接アドバイスするエリート中のエリートが枢機卿。教皇選出の際の選挙権を持っているのも枢機卿のみとなる。

ローマ教皇が、マルクス枢機卿の辞退を認めるかどうかはまだ確定していないが、これはドイツのみならず、世界中のカトリック教会において地滑り的な動きを引き起す可能性があるということで大騒ぎになった。

日本はキリスト教とはそれほど深い関係がないため、あまり知られていないが、実は、カトリック教会は、ここ数十年、ひたすらスキャンダルに塗れている。カトリック教会の運営する学校や孤児院などで、長年、続いていたらしい暴行や性的虐待の実態が、次々に明るみに出たからだ。

最初の告発は今から30年も前に遡った90年代、アイルランドでのこと。被害者の子供の数は数千人で、1994年には、事件を過小化しようとした首相の首が飛んでいる。

しかし真の問題は、それがアイルランドだけに留まらず、瞬くうちに全世界に広がったことだった。2001年にはアフリカの修道女たちまでが、司教を含む修道僧による集団的な性的暴力にさらされていたことが分かったし、米国では何千人もの被害者が賠償を求めて裁判に訴え始めた。

米国の司教会議の発表では、同国で1950年から2002年の間に犯行に関わっていた教区は全体の95%、犯行に手を染めていた聖職者は全体の24%にも上った。判決が出た後、多くの司教区が多額の賠償金を払えず、破産したほどだ。

それどころか2018年、南米のチリでは収拾がつかなくなり、司教会議に参加した聖職者全員が司教の地位をバチカンに一旦返上し、ローマ教皇に、新たに人選を委ねるという過激な方法をとった。

教会からの脱会が相次ぐ事態に

ドイツのカトリック教会にも当然、その波は訪れたが、解明への動きは鈍かった。幹部は教会の権威を保つことに注力し、罪の意識は希薄なまま、互いに互いを庇い合うという状態が長らく続いた。

2010年1月になって、ようやくベルリンの有名なカトリックの学校の校長が、70年代と80年代の、虐待の犠牲者と思われる当時の卒業生600名に手紙を出し、当時の関係者がそれを見て見ぬ振りしたことを謝罪した。正義の念に駆られた行動であったと思われるが、これがきっかけで犠牲者が名乗りを挙げ始め、ようやく世間が目を覚ました。

それ以後、メディアが大々的に報じたせいもあり、犯行現場はあっという間に芋づる式に広がった。

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レーゲンスブルク大聖堂付属の「大聖堂の雀たち」は、ウィーン少年合唱団に匹敵するドイツの有名な少年合唱団だが、1953年から93年の間に、少なくともここの231人の子供たちが、聖職者や教師の暴力、あるいは性的虐待の犠牲になっていたことが報告され、国民はショックを受けた。

当時の合唱団の責任者がゲオルク・ラッツィンガー(前ローマ教皇ベネディクト16世の兄)で、彼自身も体罰を加えたことを告白したため、さらに事態が紛糾した。

しかし、ここまで事が大きくなっても、カトリック教会の隠蔽体質はあまり変わらず、幹部たちは調査委員会を作り、真摯に反省し、事実の解明に努力する態度を示しながらも、実のところ、時効を口実にしたり、あるいは、教会法を隠れ蓑にしたりしながら、なおも逃げに終始した。

いや、究明しようとする勢力もあったに違いないが、力が及ばなかったと言った方が正しいのかもしれない。当然、目標として掲げられていた教会の構造改革など進むはずもなく、そうするうちに、今のドイツでは、カトリック教会と聞いただけで、誰もが幼児性愛や、無表情で釈明をする僧侶の姿を思い浮かべるほど、信用が落ちてしまった。

2020年2月には、大手紙『ディ・ツァイト』に、被害者の女性の筆による「カトリック教会のシステムは病気だ」というタイトルの記事が載った。一般のカトリック信者も、当然、愛想をつかし、教会からの脱会が相次いだ。

ドイツでは住民届けに宗教の欄があり、キリスト教信者だけは所得税の一定の割合を、教会税として天引きされることになっているが、信者の多くが、こんな教会にお金を払うのはもうやめだと思ったのも無理はなかった。信仰は、教会の檀家をやめても信仰心があれば継続できる。

「カトリック教会は死点に達してしまった」

そんな空気の中、マルクス枢機卿は、真相解明に真摯に取り組んでいる人物という印象があった。その彼が教皇に宛てて、「カトリック教会は死点に達してしまった」と書いた。もう一歩も前に進めないところにきてしまったという意味だ。

彼は、自分は直接の罪を働いたわけではないが、これまで沈黙を続け、究明も改革も満足に進められなかった教会組織の一員であった事の責任を取るため、枢機卿を辞任したいという。ただし、司教としての教会での活動は続ける意向だそうだ。そして、このマルクスの決断を、多くのメディアや教会の改革派グループが高く評価した。

一方、ここ数ヵ月、世間から激しく糾弾されていたのがケルンのライナー・マリア・ヴェルキ枢機卿だった。彼は、当時、自分の管轄下で虐待や性犯罪が行われていたことを知っていたが、見て見ぬ振りをしたといわれる。

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しかし、調査結果は彼の責任を問わなかったため、ヴェルキは自分の対応には過ちはなかったと主張し、強い非難を受けていた。そこで突然、「やめるべきはヴェルキであり、マルクスではない」という声が高くなった。

ただ、関係者の論評をもう少し探していくと、話はそれほど単純ではないようだ。

現在、ドイツ司教会議の議長も務め、ドイツのカトリック教会の最高の地位にいるともいえるマルクス枢機卿を高く評価する意見がある一方、現在、彼の前任地トリアでの調査が進んでおり、これが終了すれば、いずれマルクス枢機卿もヴェルキ枢機卿と同じ運命に見舞われることになりそうだという予測もある。

つまり、マルクスが今、枢機卿の辞任を申し出たのは、ヴェルキの二の舞とならないための予防措置であるという見方だ。おそらくどちらも真実ではないか。

そういえば2020年、マルクス枢機卿は被害者を支援するための基金「Spes et Salus(希望と安寧)」を立ち上げ、50万ユーロという私財を投じている。日本円に換算すると6665万円。また、今年2月、当然、再び候補者として立つと思われていたドイツ司教会議の議長選にも立たなかった。

彼の心の中で、色々な葛藤があったことが想像される。ただ、彼を本当に失望させ、枢機卿の辞退を決断させたのは、おそらく今年の4月に起こったことがきっかけだったのではないか。

ローマ教皇の判断はどうなるか

マルクス枢機卿は、ドイツ大統領により授与されるドイツ連邦共和国功労勲章の受勲者に選ばれた。ところが、それが被害者グループや教会の改革派グループなどの激しい抗議の嵐に遭い、結局、辞退をやむなくされた。

これによりマルクスが、自分に対する非難の激しさを実感し、今回の枢機卿の辞退に拍車がかかった可能性はかなり高いと思われる。

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未成年者における暴行や性的虐待は、誰がやっても唾棄すべき犯罪だが、それが教会で行われたということは、聖職者は倫理を説く人々であるだけに、さらに悪質だと感じる。また、被害者が抵抗できない未成年だったことも考えると、弁解の余地はない。世間の目が厳しいのは当然だろう。

いずれにせよ、マルクス枢機卿の投げた手榴弾は華々しく炸裂した。カトリック教会内の激震が想像できる。

ローマ教皇の判断、ヴェルキ枢機卿など他の教会幹部の進退も含め、今後の成り行きが注目される。

追記)今月になり、カナダの先住民寄宿学校の跡地から、215人の児童の遺骨が発見されたというニュースが流れた。1831年から1996年までカトリック教会が運営していた学校で、15万人の先住民の子供たちが、強制的に家族から引き離されここで教育を受けた。栄養失調や虐待による死亡も多かったというが、ローマ教皇は6日、これに対し「心を痛めている」と述べただけで、謝罪はしなかった。

追記その2)日本時間6月10日夕方に入ったニュースでは、ローマ教皇は、マルクス枢機卿の申し出を拒否したという。

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