『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で注目したい3つの“火”のモチーフ

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で注目したい3つの“火”のモチーフ

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  • 更新日:2022/11/25
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『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、2020年9月18日に公開されたアニメーション映画で、TVシリーズ、外伝を経て公開された同シリーズの完結編である。

参考:【写真】ヴァイオレットを見つめるギルベルト少佐

今回、TVシリーズから劇中に幾度となく登場した“火”のモチーフに着目し、11月25日に『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて地上波初放送される本作を紐解いていきたい。

“火”に投影されていた“戦争”

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』での“火”のモチーフが明確な意図を持って描写されている意味を端的に伝えていたのは、TVシリーズ第1話でホッジンズ(ヴァイオレットが勤めるC.H郵便社の社長)がヴァイオレットに向けて放ったこの言葉だ。

「でも、これから君はたくさんのことを学ぶよ。だけど学ばない方が、知らない方が楽に生きられるかもしれない。君は自分がしてきたことで、どんどん身体に火がついて、燃え上がっていることをまだ知らない」

ヴァイオレットはこの時点では、何の迷いもなく「燃えていません」と返答している。

というのも、物語の冒頭では、彼女は“戦争”をあまり理解していない。“戦争”とは何なのか。自分がギルベルト少佐(かつてのヴァイオレットの上官)の命令に従う形でしてきたことが何だったのか。その意味を理解していないのだ。

しかし、彼女はドール(自動手記人形)として活動していく中で、たくさんの人の思いに触れていく。第2話から第6話にかけて、1話完結のエピソードが積み重ねられ、彼女が少しずつ“心”を獲得していく過程が描かれていた。

そして、第7話で大きな転機が訪れる。ヴァイオレットが担当したのは、娘と妻の死によって酒浸りの生活を送っている劇作家だった。彼は娘が見せてくれるといった「いつかきっと」が叶う日を夢見ていたが、その夢が叶うことはなく、娘は帰らぬ人になってしまう。

ヴァイオレットはこの仕事を終えて、初めて気がつく。自分が少佐の命令を聞くという形で実行してきたのは、誰かの「いつかきっと」を奪う行為だったということに。

ここで、ヴァイオレットの身体を今もなお、燃やし続けている“火”というモチーフには、“戦争”が投影されていることが明らかになった。そんな彼女について、ホッジンズは第9話にてこう述べている。

「してきたことは消せない。忘れることもできないだろ。燃えているのはあの子だけじゃない。表面上は消えたように見えるやけどの跡もずっと残っている」

そうして、ヴァイオレットは自分の過去や戦時中の消えない罪に、手紙を書くという行為を通して向き合い続けていく。

彼女の変化に伴い、“火”のモチーフの持つ意味も少しずつ変わっていく。例えば、第11話では、ログハウスの暖炉に火が灯っていた。ここでの“火”は“戦争”という人の命を奪うものではなく、人の身体と心を温め、その命をつなぎ止めるものとして機能している。

TVシリーズでは、そんな“火”のモチーフの持つ意味の変容に、ヴァイオレット自身の置かれている状況や心理状態の変化が重ねられていたのである。

劇場版で注目したい3つの“火”のモチーフ

TVシリーズにおける“火”のモチーフに関する背景を踏まえた上で、劇場版における注目していただきたい“火”のモチーフが3つある。

1つ目は「街灯」だ。

本作の冒頭に、点灯員の男性が少し寂しそうな顔をして、街灯を見上げるカットがある。これは、街灯が徐々にガス灯から電灯へ変化していることを表している。それに関連して、C.H郵便社に勤めるドールのアイリスとカトレアの間でこんなやり取りが為されていた。

アイリス「もうすぐ電波塔も完成しますし、そうすればもっと電話が普及しますよ」
カトレア「そうね。いろんなことが変わっていくわね。この郵便社だって少しずつ変わってくるわ。いずれは古式ゆかしき職業になるのかもしれないわね、ドールも。そして、廃れて、なくなってしまうかも」

“火”が“戦争”を投影したモチーフだと捉えるのであれば、消えていくガス灯は、街や人から少しずつ戦争の傷が癒えていくさまを表現していると言える。戦争は過去となり、平和な時代が訪れようとしているのだ。

2つ目は、雨の日のヴァイオレットとギルベルトの再会シーンにおける「暖炉の火」だ。

雨の中、自宅を尋ねてきたヴァイオレットに対して、ギルベルトは背を向け、「帰ってくれ」と言い放つ。そんな彼が見つめているのが、「暖炉の火」である。

彼が見つめる「暖炉の火」が意味するのは、言うまでもなく“戦争”だ。それは、のちの「君がいると私は思い出してしまう。幼い君を戦場に駆り出してしまったことを。君が私の命令を聞いて、両腕を失って」というセリフからも明らかである。先ほど、街灯がガス灯から電灯へ置き換わる形で、少しずつ戦争の傷が癒えていると述べたが、ギルベルトの中では“戦争”はまだ終わっていないのだ。

演出的にも、暖炉の火のクローズアップショットとヴァイオレットの周囲が燃え上がる戦時中のイメージがモンタージュ的に重ねられており、暖炉の火と戦火を観客の中でリンクさせようという意図が見られる。

ここでの「火=戦争」の図式は、のちに“火”が“太陽”というモチーフに転じて、クライマックスにて重要な意味を持つこととなる。それも踏まえて、本作のクライマックスを観ると、違った発見があるだろう。

3つ目は、本作のフィナーレを飾る「花火」である。

みなさんは花火と聞くとどんなイメージを思い浮かべるだろうか。大林宣彦監督作品の『この空の花 長岡花火物語』の公式サイトに綴られている製作経緯の中に、花火を巡る2つの対照的な証言が収録されている。

「全ての爆弾を花火に換えたいねー。二度と爆弾が空から落ちてこない、平和な世の中であってほしいんだよ。破壊のための火薬を楽しみのために使うんさ」
「花火は嫌いなんですよ、あの音も光も。あの日を思い出すから」(※1)

花火は前者の証言が述べているように、平和な世の中を象徴するとも言える。その一方で、2つの証言に内包される「爆弾」「あの日」という言葉から“戦争”という言葉が浮かび上がる。

また、映画評論家の畑中佳樹氏は北野武監督の『HANA-BI』について次のように言及している。

「『HANA-BI』(花火)というタイトルは、花=生、火=銃=死という絵解きがすでにされているが、それとはまったく逆の意味作用を汲みとることもできる。すなわち、花とは桜であり、桜には日本文化の中で自死の連想がある。一方、火は燃え上がる生である。花火は爆弾と同じもので、戦時下では死の兵器ともなる。『HANA-BI』というタイトルの中に、生と死のイメージがいくえにも折り重なるようにないまぜられている」(※2)

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』でも、回想シーンの中で、照明弾が空高く舞い上がるシーンがあり、これはフィナーレの花火のイメージに重なる。このように「花火」は、平和な時代の到来を象徴するものでありながら、その背後に“戦争”という負の側面を背負った両面性のあるモチーフなのだ。

平和な時代の訪れを祝福し、そしてこれからもそんな世界が続いていくことにささやかな祈りを捧げる。しかし、それは戦争を過去にして忘れてしまったり、なかったことにしてしまったりすることではない。

そこには、ヴァイオレットがそうであったように、「やけどの跡」のように残り続ける“戦争”に向き合い続けていくという覚悟が伺えるのだ。

“火”というものは時に残酷に誰かの命を奪う。しかし、“火”は時に誰かを温め、癒してくれる。そして、時に“火”は空高く舞い上がり、たくさんの人を楽しませる。同じものであっても、演出や意味づけが変わることによってさまざまな見え方をする。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』には、単に美しいだけではない、京都アニメーションの演出的な巧さが詰まっている。

参考

※1. https://www.locanavi.jp/konosora/about/top.html
※2. 畑中佳樹「死出の旅の車窓の風景ー犯罪逃避行映画の生と死」

(ナガ)

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