金本知憲『覚悟のすすめ』vs.松井秀喜『不動心』 新書で阪神巨人戦をやってみた

金本知憲『覚悟のすすめ』vs.松井秀喜『不動心』 新書で阪神巨人戦をやってみた

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/02

はじめまして、西村と申します。本職は某出版社の某新書レーベルの編集者で、監督の三島さんは入社1年目の頃からお世話になっています。新書の編集者になって通算13年目です。

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新書って、ご存じでしょうか。統一のカバーデザイン、文庫より大きくて単行本より小さい統一サイズ、多くは税別1000円以下で刊行される書籍のレーベルです。昭和時代からある岩波新書、中公新書、講談社現代新書が有名ですね。

売れた野球系新書『不動心』『覚悟のすすめ』

このジャンルで、プロ野球選手や元選手が著作を出すことがあります。新書編集者の私の知る限り、野球系新書で最も売れた本は、松井秀喜氏の『不動心』(2007年2月刊、新潮新書)。ここではWikipediaに記載されている数字を紹介すると、07年1年の売上が33万部。新書は1万部売れれば合格、3万部売れたらヒット作でしょうから、驚くべき売れ行きです。

そして二番目に売れた新書は、金本知憲氏の『覚悟のすすめ』(08年9月刊、角川oneテーマ21)で、20万部以上売れているのは間違いないようです(推計です)。

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金本知憲 ©文藝春秋

本稿執筆時点で、セ・リーグの首位は阪神、2位は巨人。例年に増して「伝統の一戦」が盛り上がりを見せていますが、新書の世界でも巨人と阪神は熱いライバル関係にあるのです。そこで新書で「阪神対巨人」をやってみるのはどうか……と思い立ちました。対戦するのは上記のベストセラー2冊。私が感銘を受けたことで打線を組んでみました。

『覚悟のすすめ』(角川oneテーマ21)×『不動心』(新潮新書)

先攻・『不動心』打線

1 不動心とは「日本海のような広い心と、白山のような強く動じない心」。松井は石川県出身。

2 (プロ入り後お母さんからもらったメモ)「納豆、オリーブ油、おから、らっきょう、こんぶ、のり、ごま、バナナ、ヨーグルト、酒粕、養命酒、シーチキン、卵は毎朝摂ってください」。朝こんなに食べるのか。

3 「自分が技術もパワーもない選手なのだと受け入れることは、勇気がいることです。正直に言えば辛い。辛いのだけれど、置かれた状況やありのままの姿を受け入れなければ前に進めないし、問題も解決しません」。これぞ一流の思考!

4 「長嶋茂雄さんとも、何度も素振りを繰り返しました。ちょっと調子が悪いとき、いや調子がよいときでも、ベッドで寝ていると長嶋さんからの電話がかかってきました。『おい松井、バット持ってこいよ』。慌てて着替えて、バットを持って自宅を飛び出したことが何度もあります」

いま、こんな師弟関係にある「監督と選手」がいるでしょうか? この指導が無くても、松井は大選手に成長したかもしれません。でもやっぱり、こういうエキセントリックな師弟関係があればこそ、エキセントリックな成績を残すことができたのでは、と思ってしまいます。

5 「98年のシーズン、32打席ヒットが出なかったときに、母から『いまは竹にたとえると節の時期です。竹は節があればこそ、次はまっすぐに成長できるのです』と書かれたFAXが自宅に届きました」。一方、お父さんから与えられた言葉は「努力できることが才能である」

6 06年5月に左手首を骨折し日米通算1768試合出場がストップ。その翌年の07年2月に本書が出て、タイトルが『不動心』。当時の状況とタイトルがベストマッチ。

7 「ゴジラ」のあだ名を最初につけたのは日刊スポーツの女性記者。ナイスネーミング!

8 松井がワールドシリーズのMVPになったのは2009年。その年、もう一度売れたのでは?

9 端的にいえば、オーソドックスなことが書かれている自己啓発本。でも、オーソドックスだからこそ、共感度が高くなり、売れたともいえます。

これぞ「アニキ」の真骨頂

後攻・『覚悟のすすめ』打線

1 「ケガをしていても、それをいわなければケガではない」。うーん、逆転の発想(違う?)。

2 「この山本さん(引用者注:山本一義氏)と先に名前が出た三村さん、そして守備走塁コーチだった高代延博さんが広島時代の私の恩師なのだが、この人たちはほんとうに怖かった。ケガをしているときでも、『痛い』の『い』の字でも口に出そうものなら、『な~にい?』。ケガをしているからといって、練習や試合を休めるような雰囲気ではなかった」。さすが広島野球。

3 「女性にモテる秘訣はマメなことだというが、このとき、私は女性の気持ちがよくわかった。断っても断っても、毎日しつこく『好きだ、好きだ』といわれれば、最後はなびいてしまうものなのだ。気がつけば、私は返事をしていた。/『わかりました。お世話になります』」。星野監督から阪神入団を請われたときのエピソード。

4 「星野さんと対照的に、岡田さんは選手を信頼し、任せるというスタンスをとっていた。厳しく叱ることもなかった。それをいいことに、タイガースの選手たちはちんたらちんたらプレーするようになったのだ。(中略)『なんだよ。こいつらは監督で変わるのかよ』」

04年、金本氏が阪神に幻滅したときの話。しかし翌年、ある選手の言動がきっかけになって、タイガースナインは目を覚まし、リーグ優勝の栄誉を手にしたのでした。詳しくは本書をお読みください。

5 「『貧血になって半人前。ゲロを吐いて一人前』。私は冗談でよくそういうが、ウエートトレーニングを行うにあたっては、限界まで自分を追い込むのが大切である」

監督時代も、こう言って選手を追い込んだのでしょうか?

6 金本選手の飛躍のきっかけになったのは、広島市内の「トレーニングクラブ・アスリート」というジムで、平岡洋二さんの指導を受けるようになったことだそうです。理に適ったウエートトレーニングを続けることで、3年目に17本塁打を打てるようになりました。

7 以前の帯コピーは「覚悟を決めれば道は開ける!」。タイトル以上のことを語っていない帯コピーですが、あえて内容には触れず共感に訴えかけるのも、編集者のテクニック。

8 本書が刊行されたのは08年9月。当時、金本氏は連続フルイニング出場を継続中。フルイニング出場が途切れたのは2年後の10年4月のことでした。

9 また、08年シーズン、阪神は絶好調で、本書刊行の9月10日の時点でも首位に立っていました。しかし2位巨人が9月に破竹の12連勝を果たし、最大13ゲーム差あった首位阪神に追いつき、翌月、優勝を決めたのでした。

【戦評】

『不動心』は、どこをどう切り取っても「人格者」の野球本という印象でした。「どんな苦難にもめげず、自らを律し続ける不動心についての本」というコンセプトを貫いているという点では、本としての完成度は高いといえます。

ですがその内容に物足りなさが残るのも、確かです。長嶋茂雄さんのエピソードがいちばん印象的だったので四番に据えたのですが、裏を返せば松井自身のエピソードはあまり私の心に残らなかったということです。

しかし『覚悟のすすめ』の四番打者は強烈です。当時まだ阪神の現役選手だった著者が、4年前の阪神について、率直な思いを吐露しています。刊行当時、阪神の監督は依然として岡田であったのにもかかわらず。阪神を愛するが故の、「覚悟」の告白だったのではないでしょうか。おまえら、あの2005年のときの気持ちを忘れるなよ、という……。

これぞ「アニキ」の真骨頂。この対決、本としての魅力という点で、私は『覚悟のすすめ』 に軍配を上げたいと思います。良くも悪くも、人間・金本知憲の生の姿が伝わってくる一冊でした。

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(西村 健)

西村 健

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