死体を見ても何も感じなくなった母 収容所で哀歌を聞き人間の心を取り戻す 元校長、生徒に親の戦争体験を語る

死体を見ても何も感じなくなった母 収容所で哀歌を聞き人間の心を取り戻す 元校長、生徒に親の戦争体験を語る

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  • 更新日:2022/06/23
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平良正栄さんの話を熱心に聞く豊見城中の1年生

[戦後77年]

沖縄県豊見城市の豊見城中学校(川上一校長)は15日、元伊良波小校長の平良正栄さん(64)を招き、沖縄戦を学ぶ平和学習を開いた。リモートを含め全校生徒約870人が参加した。1957年生まれの平良さんは戦後世代のため、母の戦争体験を紹介。体験者がいなくなる時が近づいていると指摘し「自ら学んで平和について考えて」と呼びかけた。(南部報道部・国吉聡志)

平良さんの母は那覇市鏡水出身。1944年の「10・10空襲」の後に、祖父母と現在の豊見城市饒波へ避難した。米軍が上陸する前に名護の瀬嵩に逃れ、沖縄戦の終結後は石川収容所を経て那覇市高良に戻り、平良さんが生まれた。

平良さんは「死体を見ても何も感じなくなっていた」と母の言葉を紹介。「母が人間の心を取り戻したのは、収容所で戦のむなしさをうたった『屋嘉節』を聞いて涙を流した時だった」と語った。

沖縄戦では全滅した家族もあり、いつどこで亡くなったのかいまだに不明な人がいると指摘。70年以上たった今でも、平和の礎への追加刻銘が続いていると説明した。

太平洋戦争では硫黄島でも地上戦があったことから、沖縄は「日本で民間人を巻き込んだ地上戦があった唯一の場所」という説明が正確だとも指摘した。

最後に平良さんは「本当は体験者が語った方がよいが、もうほとんどが80歳を超えてしまっている」と遠くを見つめた。その上で「戦後生まれの人が、親から聞いた体験を話す時代に入っている。自ら学んで考えることが平和につながる」と生徒に語りかけた。

1年生の惣慶真飛(まあと)さん(13)は「沖縄戦で何が起きたのか学びたくなった。戦争の愚かさを知り、平和の大切さを感じたい」と語った。

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