93才母を自宅介護、64才女性を追い詰める「シモの世話」のストレス

93才母を自宅介護、64才女性を追い詰める「シモの世話」のストレス

  • マネーポストWEB
  • 更新日:2021/11/25
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自宅介護でストレスを抱える人は少なくない(イメージ)

93才の母の自宅介護に奮闘する女性セブンの「オバ記者」こと野原広子さん(64才)。彼女を悩ませるのは、「シモ」の世話だ。ときに精神的に追い詰められてしまうこともあるという。そんなオバ記者が、自らの介護体験をつづった。

* * *
《自分のにおいは懐かしい。でも、お次の人へのエチケット》。このフレーズを耳にしたのは、昭和後期のトイレ芳香剤のCMだったか。すでに水洗トイレが普及していたとはいえ、まだまだボッチャン(汲み取り式)も残っていて、“自分のにおい”をみんなが意識していた頃だったのね。「うまいこと言うな~」と感心したから、いまでもこうして覚えている。

それにしても、自分のにおいを「懐かしい」って、ふふふ、本当にそうよ。芳しいと思う日もあれば、ゲゲッと後ずさりしそうな日もあるけれど、そのにおいが嫌いになることはないから不思議。悪臭は悪臭で、昨日食べたものを思い出してみたりするけど、それは自分の残骸であって、別れがたいとまでは言わないけれど、やっぱり「懐かしい」のよね。

ところが、それが自分以外の人のものだったらどうか。

93才の母親のシモの世話を始めてから、このことが私の頭の一部分を占めて離れないんだわ。

というのもこの2か月、私は毎日、日に4度、5度と、母親が“大仕事”をするたび、右手に簡易シャワー器、左手に使い捨ての手袋をして、ポータブルトイレに座っている母親の事後の洗浄をしているの。

「そこまでするの! 私はとても無理」と親戚のおばさんは言うけれど、別に私が親孝行だからじゃない。訪問看護師さんがしているのを見て、これはいい方法だなと思ったからよ。

トイレットペーパーやウエットティッシュで始末をしていたら、その部分がただれて痛い。母親からしてみれば「お湯で洗ってほしい」と言うのはもっともだけど、私は私で、見たくないものを見なくて済むという利点があるの。太ももの間から腕を伸ばしたその先は、手探りでお湯をかけながら洗うだけ。排泄物を目にする時間が減るのは、心理的にかなり楽になる。

問題は、バケツの中のものをトイレに運んでそれを流す作業と、バケツを洗う作業。時間にすれば1分足らずのことだけど、時々介護を代わってくれる弟(52才)は「息を止めている」と言う。私はマスクを二重にして対処している。それでも、日常のどんなタイミングでトイレに捨てにいくかは、私の心の健康を考えると、大問題よ。

私を追い詰めたものは何だったのか

思えば、私もうかつだったのよね。

3か月前に退院したときには誰の目にも「余命わずか」で、母親はオムツの中に排泄していたの。それもこれも、この世に在る証と思えば、強烈なにおいだって思い出になるかも、なんて思っていたの。

母はその後も自分の力では立てず、「ヒロコぉ~」の一言で私を深夜に起こす。私は母を抱き起こして、ポータブルトイレに座らせ、用を足したら抱きかかえてベッドに寝かせ、オムツを当てていた。

それがいまは、最後の始末だけ。オムツ換えをしていた2か月前と比べたら、信じられないくらい楽になったのよ。

その頃からよね。「ヒロコも一緒にご飯、食っちめ」と言い出し、母と娘の食卓を求めるようになったのは。ビールで乾杯、とかね。

とはいえ、食事の途中で、「トイレ」と言われると万事休す。私は「はいよ~っ!」とテンションマックス! 母ちゃんの胸からナプキンを外して、可動式のテーブルを遠ざけ、車椅子をポータブルトイレの前に動かして、パジャマと下着とリハビリパンツを一気に下げる。この間、10秒かかってないと思う。そして用が済んだら、何でもない顔をしてポリバケツの中身を片付けて、食卓に戻る。

それを私、連日したんだよね。「平気、平気」と自分に言い聞かせていたの。世話をする間、マスクをするのも忘れていた。

1回1回はいいのよ。今日も明日も大丈夫。でも、それが積もり積もったある日、まったく別のことで、自分でも驚くほどのキレ方をした。

家中の戸という戸を、最大の力で開け閉めしていた。「ふん、こんな家、潰れるなら潰れちまえ」と思って。あのとき、私の当たり散らしは家に向かったけど、何かの加減で母親に手をかけたかもしれないな~と、そう思うと怖くてたまらなくなる。

そこまで私を追い詰めたのは何か。

あれこれ考えて思い当たるのは、やっぱり大便なんだよ。どんなことをしても自分のものにはならないし、混じることのない、他者の大便の始末をし続けたからなんだと思う。

ツバとツバは何かの加減で混ぜて興奮することはあったとしても、シモを混ぜた人の話は聞いたことがない──そんな話を凄腕ヘルパーのOさんに言うと、「あはは。仕事だと、お世話することはなんてことないんですけどね」だって。そう言われてみると、私だって仕事と思えば、割り切ってできることはいっぱいある。

母親の介護も、こうして文章に書いて仕事にしていたら割り切れる日が来るのかしら。いまは決して母親と同じ食卓を囲まなくして、なんとかやり過ごしているけど、それでも本音はイヤで逃げ出したい。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2021年12月2日号

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