古事記の世界に転生した男、本当の気持ちに気づく

古事記の世界に転生した男、本当の気持ちに気づく

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/09/19
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美しい姫との出会いから一転、非常事態に(写真:takmat71/PIXTA)

バーテンダーのサムは、仕事も人間関係もズタボロ。ある日、常連客とのトラブルに巻き込まれて命を落とす——。目覚めた彼は、『古事記』の世界で神様として転生していた! 元の世界に戻るために必要なのは、日本の建国……!? 令和と神話が交錯する小説『古事記転生』を試し読み第4回(全4回)をお届けします。

「ナムチ様、お待ちしておりました」

「あ、急に帰ったな! まだ聞きたいことがたくさんあるのによぉ」

「さっきからうるさいよ! 急に大声出すなって言ったじゃんか!」

「あれ? ハクト、戻ってきたのか!」

「少し前からいたよ。それなのにナムチったらブツブツ呟きながら考え込んでるんだもんな、参っちゃうよ」

「ごめんごめん。それで、戻ってきたってことは……?」

「そうそう、ヤカミヒメに事情を話したんだよ。そうしたら、どうしても君に会いたいんだってさ。さぁ、一緒に行こう!」

「へ? そんないきなり?」

頭の中がとっ散らかったままハクトに導かれてしばらく歩くと、目の前に立派なお宮が現れた。この建物はなんだろう? 大きな……神社……?

「ナムチ様、お待ちしておりました」

目の前には可憐さと儚さを兼ね備えた、見たこともない清らかなオーラを放つ女性が佇んでいた。こういう人を「女神」と呼ぶのだと、俺は直感で理解した。

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(出所:『古事記転生』)

「うわっ、びっくりした! あ、あなたは……?」

「ナムチ、失礼だよ! このお方がヤカミヒメ様だよ」

「この人が……ヤカミヒメ?」

「はい、ナムチ様。ハクトのお話通り、精悍で素敵なお方ですね」

そう言うと、ヤカミヒメは頬を赤らめた。ハクトは「オイラがバッチリプレゼンしといたぜ」みたいな顔して、誇らしげにこっちを見ている。

それにしてもなんだこの感じ? いきなりめちゃくちゃいい雰囲気なんですけど! もしかしてこのナムチ、本当はイケメンなのか? そして、これはガチで結婚する流れ!?

「これはこれは、ヤカミヒメ様ではありませんか。ようやくお会いできましたな」

ヤカミヒメに見惚れていると、背後から聞き覚えのある野太い声がした。振り返ると、大勢の男たちがお宮の前にゾロゾロと集まっていた。タケルたちだ!

「あいつら、傷だらけのオイラに海水を勧めたやつらだ!」

「おやおや、あのときの白ウサギちゃんじゃありませんか? 傷がちゃんと治ったようで安心しましたよ。ガッハッハ! それにしても、弱虫ナムチがなんでこんなところにいるんだ? お前には重たーい荷物を持たせてノロノロ歩かせていたはずだが?」

ハクトと俺を挑発するタケルを見て、さっきまで穏やかだったヤカミヒメの表情が別人のように変わった。

「無礼者! ナムチ様はこれより、わたくしの夫となる存在である。八十神たちよ、そなたたちは親愛なるハクトを虐げたと聞いています。お下がりなさい!」

「はるばるやって来たワシらを差し置いて、よりによって愚かなナムチと結婚とは! 許せぬ!」

一触即発の空気の中、ヤカミヒメはタケルたちに背を向けて俺の手を引き、お宮の奥へと進んでいった。

「さぁ、ナムチ様。お宮の中へお入りください。婚姻の準備を進めましょう」

「あっ、へ……? 婚姻って今からですか?」

こうして俺は、よくわからない世界で出会ったヤカミヒメとよくわからない流れで結婚することになった。この出来事がこれから起こる〝最悪の事件〟の引き金になることも知らずに……。

信じられないほどの早さで結婚の準備は進み、どうやら俺はヤカミヒメと正式な夫婦となってしまったようだ。展開が早すぎる。その日はそのまま宴が始まり、現代でも食べたことがないようなご馳走とお酒が振る舞われた。

ここにいれば毎日おいしい食事とお酒にありつけることは間違いなさそうだ。地獄からいきなり天国に来たみたいだ。

「どうしてもこれまでのお詫びをしたい」

翌朝、俺が寝泊まりするために貸してくれた部屋をヤカミヒメが訪ねて来てくれた。

「ナムチ様、昨夜はたくさんお飲みになられていましたが、ご気分はいかがですか?」

「あ、ヤカミヒメ! 見ての通り平気ですよ。お酒、大好きなんで!」

「それなら良かったです。長旅でお疲れだったのに、婚姻の儀と宴が始まってしまって……少し心配しておりました」

伏し目がちに微笑むヤカミヒメは、この世のものとは思えないほどに美しかった。何より優しい。『古事記』の世界に来てから初めて触れる優しさに、俺の心は温かく包み込まれたような感覚になった。元の世界には戻りたいけど、もう少しだけこの世界で暮らしてもいいかもしれない。

「今宵も宴があるので、それまでお部屋でゆっくりなさってください」

「わ、わかりました!」

……よし、決めた。ここで楽しくヤカミヒメと毎日を過ごしながら、ハクトにも手伝ってもらってゆっくりと元の世界への戻り方を考えることにしよう。案内された広い部屋でゴロゴロしていると、従者らしき人物が慌てた様子で部屋に入ってきた。

「失礼します! ナムチ様の兄を名乗る人物が門の前におりまして『どうしてもこれまでのお詫びをしたい』と言って泣いているのですが、いかがいたしましょうか?」

束の間の平穏を楽しんでいた俺にとって、タケルの訪問はただただ怪しいものだった。ここはなんとかスルーするか……。

「どうされますか?」

「そうだなぁ……とりあえず不在ってことにしといてくれない?」

「かしこまりました」

タケルとの付き合いは、わずか1日。だけど、俺にはわかる。俺やハクトにあれだけの意地悪をしてきたやつだ。きっと何か企んでいるに違いない。もし本当に謝りにきてたらかわいそうだけど、面倒くさいことは極力避けたいしな……。そう考えていると、部屋の外から従者の悲鳴が聞こえてきた。

「ぎゃーーーー!」

「えっ、どうした!?」

急いで部屋を出て、屋敷の外を見ると、従者は屈強な八十神たちによって倒され、無残にも横たわっていた。八十神の中から一際大きな男が前に出てくる。タケルだ。

「クックックッ……弱虫ナムチよ! お前、ヤカミヒメと結婚できたから図に乗っておるな。居留守を使うとは、舐められたものよ。幸いこの屋敷は婚姻の儀式の準備で手薄になっておるからな、強行突破させてもらったわ。ワシの詫びを聞き入れていれば死なずに済んだものを……お前は不慮の事故で死んだことにさせてもらうぞ! ガッハッハ!」

「ちょっと待っ……うぐぅ!」

俺は背後から忍び寄っていた八十神たちに羽交い締めにされると、あっという間に屋敷から連れ出されてしまった。

「うぐぐ……ごめんて! ヤカミヒメとの結婚も辞退するから許してよ!」

「いーや、許さん! そもそもヤカミヒメがお前を結婚相手に選んだ時点でワシらの心はズタボロだ。お前にはそれ相応の苦しみを与えてあの世に送らねば気が済まんのだ!」

「そんな理由で弟を殺すのかよ! お前らどうかしてるよ。おい、いいから離せって」

「『そんな理由』だと?」

「お前のせいで全て台無しだ!」

漫画のように「ギロッ」という効果音が聞こえてきそうなほど、タケルの目つきが鋭くなった。俺は蛇に睨まれたカエルのように体が硬くなり、身動きが取れなくなった。

「おいコラ! ナムチよ、お前よくそんなことが言えるな。ワシらがどんな気持ちでこの旅をしてきたと思っているのだ? 祖国で王位を継げなかったワシらの千載一遇の好機だったんだぞ!? 誰か一人でもヤカミヒメと結婚できたら因幡国の王族になる予定だったのに、お前のせいで全て台無しだ!」

「いや、どんな逆恨みだよ。故郷の国から出て因幡国で結婚する気なら、わざわざ俺を連れて行かなくてもいいじゃないか! それに、俺の兄なら俺が結婚しても王族になれるんだろ?」

「うるさいうるさい! 特別扱いされていたお前がずっと気に食わなかったのだ! 他の兄弟も同じ気持ちよ。お人好しのお前に皆の荷物を運ばせ、ワシがヤカミヒメと結婚できた暁には一生奴隷として飼ってやるつもりだったのだ。まぁ、計画が狂った今となってはここで殺すのだがな。……よしよし、このあたりだな! おい、皆のもの準備はいいか?」

「兄者、こちらの準備は万全だ!」

八十神たちの息のあった野太い声が聞こえる。準備? 一体何が起きるっていうんだ?

「ナムチよ、あれを見よ!」

タケルが指差す先には、小高い丘があり、そこには熱を帯びて真っ赤に輝く3メートルほどの大岩があった。

「え、ちょっと! あれどうすんの? まさか……」

「いかにも。あの熱々の大岩を今からお前にぶつける」

「そんなことしたら焼け焦げて死んじゃうよ!」

「少々手荒な方法になったが、お前にはここで死んでもらう! さぁ、皆のもの。大岩をナムチにぶつけるのだ!」

俺を羽交い締めにしていた八十神たちが離れると、俺の足首と地面は固い紐で結ばれ、両手も縛られていた!

「あ、足が全く動かない……助けてくれー!!」

「最後にホンマの気持ちに〝自分で気づけた〟やんか」

ゴロゴロゴロゴロ……!

真っ赤に熱せられた大岩がすごい勢いで迫ってくる。恐怖に耐えられず、目を開けていられない。

あぁ、俺は『古事記』の世界でも死ぬんだな。前の世界でも殺されて、こんなわけのわからない世界でも殺される。俺はとことんツイてない人間だな。

もし、もう一度人生をやり直せるなら。こんなくだらない嫉妬なんかで殺される人生は嫌だ……。

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思えば俺もタケルのように、他人に嫉妬してばかりの人生だった気がする。そっけないけどなんでもできる兄貴に嫉妬して、いつも素直になれなくて。本当はバーの仕事を一緒に楽しみたかっただけなんだけどなぁ。もっと毎日を……って、あれ?

俺は死を目前にどんだけ考えるんだ? 大岩はどうなった? あ、これが走馬灯ってやつか?

変に冷静になったタイミングで目を開けると、眼前すれすれに大岩があった。終わった! 今度こそサヨナラだ。

ドカーーーーーーーーーン!!

「……ぉ~……ぃ」

「ん? なんだ?」

「……おぉ~い!」

遠のく意識の中で誰かの声が聞こえる……。

「おぉ~い、サムよ。最後にホンマの気持ちに〝自分で気づけた〟やんか。戻ったらその気持ち、素直に伝えるんやで」

(サム(アライコウヨウ):神話系YouTuber「TOLAND VLOG」の語り手)

サム(アライコウヨウ)

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