無実を主張すると保釈の確率が激減? 芸能プロダクション社長(42)が体験した“日本の司法”の“深い闇”とは

無実を主張すると保釈の確率が激減? 芸能プロダクション社長(42)が体験した“日本の司法”の“深い闇”とは

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/06/11

自白している被告人の保釈率は31.6%。否認している被告人の保釈率は28.5%。さらに、自白した被告人の場合26.1%が第1回公判期日の前までに保釈されるのに対して、否認した被告人の場合、公判前に保釈されるのは11.9%にすぎない。そして、第1回の公判開始までには、1年以上かかることも珍しくない――。これまでに発表されたデータを振り返ってみると、「自白」をしている人と、そうでない人とで、保釈される確率・期間に大きな開きがあることは明白だ。

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こうした不公平はいったいなぜ生まれてしまうのか。そして、自白が暗に強要されているともいえるこうした状況は果たして公正な司法と言えるのだろうか。ここでは、カルロス・ゴーン氏の担当弁護士を務めた高野隆氏による著書『人質司法』(角川新書)の一部を抜粋。日本の司法が抱える問題点について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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最高裁判所事務総局が毎年公表している統計(司法統計年報)によると、全国の地方裁判所や簡易裁判所に起訴(公判請求)される人は、毎年5万5000人くらいいます。このうち身柄拘束された状態で起訴される人は約4万人です。そして、この4万人のうち、保釈が認められて釈放される人は1万2000人(30%)ということです。(*1)しかし、この統計はわれわれが一番知りたいことを教えてくれません。それは、「自分はやってない」と言って無罪を主張する被告人はどれくらいの割合で保釈が認められるのか、ということ。そして、保釈されるまでどれくらいの期間勾留されるのか、ということです。

*1 最高裁判所事務総局編『司法統計年報(刑事編)平成30年版』第32表

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統計によると起訴された約5万5000人のうち5万人は有罪を認めており、否認している被告人は5000人です。(*2)しかし、この5000人のうち、何人が身柄拘束されているのかに関する統計は見当たりません。また、否認している被告人のうちどれくらいの割合が保釈を認められているのかということもわかりません。「保釈率30%」というのは、罪を自白している人も合わせた数字です。さらに、司法統計はどのタイミングで保釈が認められたのかを明らかにしていません。起訴から判決言い渡しまでのどこかで保釈が認められた人が30%いるというだけです。起訴の当日に保釈されたのか、起訴から1年たって保釈されたのか、同じ保釈と言っても被告人本人やその家族にとってこの差は天地ほどもあるでしょう。しかし、この国の裁判所はそうした情報をわれわれに与えてくれません。

*2 正確に言うと、総数5万4862人、自白4万8823人(89%)、否認4846人(8.8%)、その他1193人(2.2%)です。最高裁判所事務総局編・前注、第25表

最高裁の内部資料が示す驚きの実態

最高裁事務総局が「会内限り」という限定付きで日弁連に秘密裏に提供した統計資料(*3)があります。これによると、2018年に終結した通常第1審(全国の地方裁判所と簡易裁判所に検察官が起訴(公判請求)した事件)において、勾留人員(3万6957人)に対する保釈人員(1万1372人)の割合は30.8%です。自白している被告人(3万2258人)の保釈率は31.6%(1万200人)であるのに対して、否認している被告人の保釈率は28.5%(3952人中1128人)です。約3%の違いですから、大した差ではないと思うかもしれません。

*3 「機密性2」と注意書きされた資料で昭和40年(1965年)から平成30年(2018年)までの勾留率や保釈率などに関する統計資料が綴られている。

無実を主張すると釈放の可能性が激減

しかし、保釈が認められたタイミングを見るとその差は歴然としています。自白した被告人の場合26.1%(8406人)が第1回公判期日の前までに保釈されるのに対して、否認した被告人の場合、公判前に保釈されるのは11.9%(471人)にすぎません。つまり、「私は罪を犯していない」と言って無実を主張している被告人の10人に1人しか、公判開始前に釈放されないということです。

さて、「公判開始前」とはいつでしょうか。言い換えると、起訴されてからどのくらい経ったら釈放されるのでしょうか。公表されている統計も「会内限り」資料も、この点については何も語りません。一般的に自白事件の第1回公判は起訴後1~2ヶ月の間に開かれ、1時間で終わります。そして、その2週間後くらいに判決が言い渡されます。これに対して、否認事件では第1回公判の開始が遅くなります。否認事件の被告人側の公判準備でもっとも重要なのは、証拠開示(ディスカバリー)です。検察側は、捜査機関が集めた証拠の中から、被告人の有罪を立証するのに必要な証拠しか取調べ請求しません。弁護側はそれ以外の証拠を見せるように検察官に要求しますが、検察官は原則として自ら取調べを請求しない証拠を弁護人に見せる義務を負いません。しかし、事件が「公判前整理手続」(公判を開く前に当事者双方に主張と証拠のリストを提出させて、争点を整理しておいて、公判を迅速に進めようという手続)に乗せられた場合には、弁護側は検察官手持ち証拠の中から一定の類型に当てはまるものを事前に入手できるのです。ですから、「私はやってない」と無実の訴えをする依頼人にとって、まともな弁護活動をしようと思えば、弁護人は公判前整理手続を求めて、できる限り多くの証拠を獲得しようとするのです。

起訴から公判開始に1年以上の月日がかかることも

しかし、公判前整理手続で行われるのは証拠開示の手続だけではありません。双方が公判廷で行う予定の主張を書いた書面を出したり、公判で取調べる予定の証拠の取調べを請求したりします。この公判前整理手続が終結してしまうと原則として新しい証拠の取調べ請求ができなくなるので、いきおい、双方とも証拠請求に漏れがないか慎重を期することになります。こうして否認事件の公判前整理手続は非常に長くかかります。1年以上かかることは珍しくありません。要するに何が言いたいかというと、否認事件では「第1回公判期日の前」というのは、起訴から1年以上経ったあとのことかもしれないということです。

保釈のために放棄される被告人の権利

問題は時間だけではありません。罪を争う被告人には憲法上も法律上も様々な手続上の権利が保障されています。それは世界人権宣言や国際人権規約が保障する文明国としての最低基準でもあるのです。しかし、わが国の保釈制度は、実際には、こうした基本的な権利を無効化する仕組みとして運用されているのです。どういうことか説明しましょう。

たとえば、刑事被告人には検察側の証人を公開の法廷で尋問する(これを「反対尋問」といいます)権利が保障されています(憲法37条2項)。しかし、裁判官は、被告人が検察側証人を威迫したり口裏を合わせたりして「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」と言って、検察側証人の尋問が終わるまで保釈を認めないことが多いのです。そこで、被告側は、保釈を獲得するために、検察側証人に対する反対尋問の権利を放棄して、捜査官がまとめた証人の供述調書の取調べに同意するのです。こうすることで、証人尋問は行われないので、「口裏合わせ」とか「証人威迫」の心配はなくなりますから、保釈を認めてもらいやすくなるというわけです。

もう一つ「保釈のための権利放棄」の例をあげましょう。検察官が起訴した犯罪のすべての要素について「合理的な疑問を入れない程度に」立証を尽くさない限り、有罪とされない、被告人には無罪を証明する必要はないというのが刑事裁判の鉄則です。しかし、この権利を放棄して、なぜ無罪なのかを詳細に説明したり、検察官の主張する状況証拠に対する「認否」(争うのか、争わないのかの態度)を明示する書面を提出しなければ、裁判官は保釈を認めないのです。この書面によって事件の争点と証拠を絞り込むこと──言い換えると検察官の負担を軽減すること──をしないと、必ず、検察官は「被告人は検察官請求証拠に対する意見を明らかにせず、争点を明らかにしないから、罪証隠滅の高度の危険性がある」などと言って保釈に反対します。そして、裁判官は検察官の反対意見を入れて、保釈を却下するのです。

否認事件の場合、10人のうち7人以上は裁判が終わるまでずっと勾留されたまま

弁護人が証拠開示を受けて、その内容を検討し、こうした書面(「証拠意見書」や「予定主張記載書」などと呼ばれるものです)を提出できるのは、公判前整理手続がかなり進んでその終結が見えてきた頃にならざるを得ません。どうしても、起訴から半年とか1年近く経過した後になってしまうのです。これが「第1回公判期日の前」の実質的な意味です。要するに、否認事件の場合、起訴の直後に保釈が認められるケースはほとんどないのです。

しかし、思い出してください。否認事件で保釈が認められるのは28.5%に過ぎないということを。10人のうち7人以上は、裁判が終わるまでずっと勾留されたままなのです。弁護人が様々な書面を出して、被告人による証拠隠滅の可能性がないことを説明しても、また、長期勾留による健康上の問題や生活上の問題を縷縷(るる)述べても、7割の被告人は警察の留置場や拘置所に拘禁されたまま刑事裁判を受けるのです。

300日の拘禁で失われたもの──芸能プロ社長のケース

参考までに私が過去に弁護人として関わったケースを紹介します。

山田和也さん(仮名)は、都内のマンションを事務所にして、芸能プロダクションを運営する42歳の男性でした。2010年11月1日夜、自宅近くの繁華街で酒に酔った57歳の男性に「ぶっ殺してやる」などと因縁をつけられたあげく、殴る蹴るの暴行を執拗に受けました。たまらずに山田さんが1発繰り出したパンチが相手に命中し、男性はアスファルトの路上に転倒しました。その際、男性は後頭部を路上に激しく打ち付け、そのまま意識が戻らず、救急搬送先の病院で亡くなりました。死因は急性硬膜下血腫というものです。山田さんは傷害致死の容疑で逮捕・勾留され、11月22日に起訴されました。

勾留満期の直前に、当時私の事務所に勤務していた趙誠峰(ちょうせいほう)弁護士と私が彼の弁護人に就任しました。われわれが弁護人になる前に、すでにかなりの量の供述調書が作成されており、山田さんは捜査官に言われるままにそれに署名してしまっていました。われわれは正当防衛の主張とともに、山田さんの暴行と男性の死亡との間に因果関係がないとして無罪の主張をしました。われわれの調査で、男性が特発性血小板減少性紫斑病という難病にかかっていたことが判明し、その病気のせいで脳の出血が発生した可能性が高いと主張したのです。

聞く耳を持たない裁判所

起訴の直後に保釈請求をしましたが、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」として簡単に却下されました。その後も、公判前整理手続の節目ごとに、保釈請求を繰り返しました。しかし、そのたびに検察官は、「およそ認められそうもない正当防衛の主張をしている」「釈放されれば目撃証人に面会を強要するなどして自己に有利な供述をするように働きかける」「目撃証人を作り上げる」などと言って保釈に反対しました。われわれは、山田さんには検察側の目撃証人に働きかけるメリットは何もない(そんなことをすれば「目撃証人」は捜査官にすぐに連絡して、山田さんの保釈は取消される)、山田さんの方から目撃証人を請求する予定などないと言って反論しましたが、裁判所は全く聞く耳を持ちませんでした。

「警察の操作ミスでデータを消去してしまって、今はない」

公判前整理手続は難航しました。検察官が証拠の開示を徹底的に遅らせたからです。われわれは、現場のすぐ側に警視庁が管理する防犯カメラがあることを突き止め、その録画画像の証拠開示を求めました。ところが、検察官は「調査する」と言ったきり、1ヶ月経っても、2ヶ月経っても回答しませんでした。4ヶ月後になって「警察の操作ミスでデータを消去してしまって、今はない」という信じがたい回答をよこしました。この問題をめぐって、われわれ弁護側と検察との間で論争が繰り返されましたが、結局、問題のデータをいつ・誰が消去したのかは明らかになりませんでした。また、検察官はたまたま現場を通りかかった男性二人の証人尋問を請求しましたが、もう一人の目撃者(女性)と交渉中であるとして、何度も期日は空転しました。結局、半年近く交渉したあげく、3人目の目撃者の証人尋問はしないということになりました。

公判前整理手続が終結したのは、起訴から10ヶ月ちかく経過した2011年9月5日です。その直前に行った5回目の保釈請求がようやく認められて、山田さんは300日ぶりに社会に戻ることができました。それは、第1回公判期日の40日前でした。1週間にわたって行われた裁判員裁判の結果、山田さんは正当防衛が認められて無罪判決を獲得しました。「認められそうもない主張をしている」と言って保釈に反対していた検事からの控訴申立てもなく、無罪判決は確定します。しかし、拘禁されていた300日間に山田さんが失ったものは計り知れません。芸能プロダクションは所属タレントが居なくなり、解散しました。雑誌の連載企画もなくなりました。そして、健康も損なわれました。

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(高野 隆)

高野 隆

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