ミスチルを育てた男の「終わりなき旅」小林武史の理想郷づくり20年

ミスチルを育てた男の「終わりなき旅」小林武史の理想郷づくり20年

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2021/05/06
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Jポップの一時代を築いた音楽プロデューサーが、世界のあるべき形を考えた末に行き着いたのは、自然と人が共生する循環型社会。木更津を舞台に持続可能な農場経営を追求する”日本のセレブリティ”は、理想と現実の狭間で何を思うのか。

論より証拠と言うべきか。ここ「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」で収穫される有機野菜や、あるいは放牧飼育の水牛の乳から毎日つくり出されるモッツァレラチーズは、いずれも絶品の旨さだ。音楽プロデューサーとしても著名な小林武史の長年の取り組みの”成果”は、こうした食によっても雄弁だ。

東京から車で約1時間。千葉県木更津市の内陸に位置する約9万坪(東京ドーム6.4個分)もの広さの農場は、そもそも鬱蒼としたやぶに覆われた窪地だった。そこに小林が資金を投じて開墾し、2019年11月に営業を開始した。ここは人間と地球環境をめぐる小林の理念を社会実装するための施設でもあるのだ。

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「農」「食」「自然」の循環を体験できるサステナブルファーム&パークを謳うクルックフィールズ。敷地内に計2MWのソーラーパネルを設置し、エネルギー面でも持続可能な農場経営を目指す

「サステナビリティ」という言葉が日本社会で一般化したのはここ数年のこと。小林が自然環境と人間の持続可能な共生社会を志向しだしたのはそのはるか前、アメリカ同時多発テロが起きた01年9月11日にさかのぼる。

小林は家族をニューヨークに残し、東京でMr.Children(ミスチル)の新作アルバムのレコーディング中だった。そこに「ニューヨークがものすごいことになっている」という話が飛び込んできた。

「すぐにテレビをつけたら、真っ青な空を、ちょうど2機目がワールドトレードセンターに突っ込むところだった。その当時、ニューヨークの自宅は現場から2kmの場所にあり、日本から電話が通じなくなっていた。

レコーディング後に家族の元に戻ったのですが、日本に帰国するまでの数カ月間というもの、多くのアメリカ人が星条旗を掲げ、復讐に燃えていました。坂本龍一さんが”非戦”のメッセージを掲げて怒りの連鎖を止めるべきだと発信していましたが、こんな僕でも(復讐心を抱くのは)致し方ないと思うくらい、あの事件は凄まじい衝撃だったんです」

9・11以降、米国による軍事関与により中東地域は報復の泥沼と化し、現代社会に新たな脅威を生み出した。そんななか、小林は自分が今後どうこの世界と向き合っていくべきか、考えをめぐらせていた。

「歴史のなかのさまざまな出来事が、いまにすべてつながっているんだという思いを新たにしました。そして、未来に対して一人ひとりが何かしらの責任を負っているとすれば、このままではだめだ、人のせいにして文句だけ言って何も行動しないのは格好悪いと思ったんです」

小林は、まず03年に、Mr.Childrenの櫻井和寿と前述の音楽家・坂本龍一との共同出資で、非営利団体「ap bank」を設立し、環境プロジェクトへの融資事業を始めた。

その後も小林の心を揺さぶるような歴史的な変動が続いた。08年のリーマンショックに端を発する世界経済危機、11年には東日本大震災による原発災害。それらから小林は目をそらすことができず、さらなるアクションへと駆りたてた。

「9.11で明らかになったように、エネルギーの争奪が戦争やテロにつながっていった。それを巧みに利用して経済に結びつけ、大量生産、大量消費が行われてきた。しかも先を考えずにどんどん消費し、廃棄する。環境や未来への負荷を考えれば、成長に依存するだけの生き方は危険。お金偏重の暮らしが本当の豊かさに寄り添っているとは思えない」

小林は05年に立ちあげたKURKKU(クルック)の事業のひとつとしてレストラン事業を展開。農業生産者と消費者を食で結ぼうと考え、都内での店舗運営に続き、木更津で有機農業への取り組みを開始する。これらが小林のコアプロジェクトとして、現在のクルックフィールズという本格的な農場経営モデルに収斂しているのだ。

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大人気の水牛モッツァレラチーズ

土地を拓き始めてから今日まで10年かけて土壌を改良し、有機野菜を育んできた。来年度より、晴天時に施設内で使用する電力はすべて太陽光発電で賄う予定だ。また、上下水道は引かずに井戸水をくみあげている。下水は地下のバクテリアによる水質浄化システムで濾過し、農園中央の池にいったん貯める。水はそこから園内の小川に流され、自然の動植物が繁殖するビオトープとなる。

開業1年を経たクルックフィールズの経営状況は、このコロナ禍でアップダウンはあるものの「損益分岐点を狙えている程度」(小林)ではあるという。

これだけの規模の施設を建設するには相応の資金を要するはずだが、その原資について小林は「90年代に空前の音楽バブル期を迎えるなかで成功できたことが、その後の僕の活動を支えることになった」と認める。

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昨年、宮本浩次のカバーアルバム『ROMANCE』のプロデュースを手がけた。時代や性別などの分断を超えて人々の心に響く作品づくりは、小林が「これこそ自分がずっとやりたかったこと」だという

小林は音楽プロデューサーとして、90年代から数多くのヒット曲を世に送り出してきた。ミスチルを筆頭に日本の音楽シーンを席巻し、チャートは常に上位を独占、CDの累計売上はおよそ1億枚にのぼる。

これら楽曲の著作権印税などの使いみちについて、小林は、これからの社会に「より響く」使途を徹底的に考えたという。そのなかで、今日のクルックフィールズの構想が見えてきたと語る。

「莫ばく大だいな富をもつ人間がリターンのためだけに投資をするなんて間違っている。実際、ろくなことになっていない。『俺の金の使い方を見ろ』などというつもりはないけれど、僕たちがやっていることを通して社会に伝えていく、響かせていくことが大事だと本当に思っています。

03年にap bankを設立した際、省庁や識者の方々との勉強会を重ねました。そこで感じた環境問題への危惧は、いまもまったくブレていません」

クルックフィールズで働く従業員のなかには、青年海外協力隊出身のスタッフもいる。農業や土木などの分野で一定のスキルをもつ彼らは、ボランティアとして途上国のインフラ整備等に従事してきた。恒久的な循環型施設を目指すクルックフィールズは、お金だけを目的としない彼らの理想の職場であり、実験施設ともいえる。

つまり小林にとってこの施設は、日本の戦後資本主義に対するアンチテーゼなのだ。

Jポップの一時代を築き上げた類まれな才能への対価が、資本主義経済のおかげだという自覚は小林にもある。だが、芸能人やスポーツ選手の社会的発言を封じるような日本の風潮には異を唱える。

「もともと音楽は、ブルースのように自由を求めるものであったり、弱者に向けられた思いだったりする。音楽がもっているその力を社会に生かしたいという気持ちは、以前からありました」

音楽マネジメントなどの事業は、次第にサステナビリティを目指す事業へとシフトしていった。ap bankでの活動でも地球温暖化懐疑説などさまざまな意見がぶつかり合ったが、それは当たり前のことだと小林はいう。だからこそ、行動を起こして示すというクルックフィールズの事業につながっていったのだろう。

「たとえば、地球温暖化の原因をすべてCO2のせいにするのは盲信だという意見がある。仮に温暖化が進んだとしても、そのなかでも(人類は)やっていけるというイメージをもつことのほうが大事じゃないか、と。僕もそれは完全には否定しないけれど、問題解決の選択肢の1つとして、僕が着目した農業などいろいろ手の打ちようはあると思うんです」

世論を分断させるのではなく、現実的な解決方法を探るべきだ、と小林は強調する。その姿勢は、保守層からどれほど非難されても非戦を貫き、ひたすら歌で世界平和の実現を希求したジョン・レノンに似ているようでもある。

資本主義の申し子でありつつ、妻とともに反体制のレッテルを辞さなかったレノンだが、小林にとってこの社会は「エコ」対「反エコ」、「革新」対「保守」などに対置分断できるものではない。二律背反で捉えるよりも、共に成長する道を模索する。多くの才能を見いだし、共に歩むプロデューサーならではの中庸感覚だろう。小林の思いは、こんな言葉にも表れている。

「音楽には、分断の間に入っていける力がある。同じように、僕はエコシステムのなかで、分断ではない『つながり』をつくろうと思っているんです」

小林の夢の結実はまだ先だという。

「クルックフィールズの完成度はまだ6割程度。新規施設の建設予定もあり、2022年春ごろのグランドオープンを目指して計画を進めています」

農業を中心とした未来づくりを志向する小林は、よりよい未来に投資を続けるホワイトナイトであり、その見返りを求めない姿勢は、いわば「理念のタニマチ」だろう。

小林はクルックフィールズを、時とともにかたちを変える「運動体」だと表現した。

「僕は運動家?」と笑うが、型破りな発想や行動は、学者やアーティストの生命線だ。そうすることでしか、膠こう着ちゃくした現状に風穴を開けることはできないと知っているのかもしれない。

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「獣害」とされ捕獲された猪や鹿を、場内でシャルキュティエが加工し、ジビエ料理として提供

小林武史◎1959年生まれ。90年代にMr.Children、My Little Loverのプロデュース、サザンオールスターズの楽曲アレンジや岩井俊二監督の映像作品のサントラなどを手がけ、数々の名曲を生み出す。2003年にap bank、05年にKURKKU、10年に農業法人「耕す」設立。19年にKURKKU FIELDS開業、同総合プロデューサー。

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