現実離れした「インバウンド消費5兆円」目標は絵に描いた餅に過ぎない

現実離れした「インバウンド消費5兆円」目標は絵に描いた餅に過ぎない

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  • 更新日:2022/11/25
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「外国人観光客の消費5兆円」など総合経済対策を閣議決定した岸田首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

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インバウンド復活も、実態はコロナ前の8割減

10月に水際制限が事実上撤廃されて以降、外国人の訪日旅行(インバウンド)が急激に戻り始めている。11月16日に日本政府観光局(JNTO)が発表した10月の訪日客は49万8600人と、前月(20万6500人)と比べて2倍以上の伸びとなった。上位は次の通り。

(1)韓国/12万2900人
(2)米国/5万3200人
(3)香港/3万6200人
(4)台湾/3万5000人
(5)タイ/3万4100人

コロナ前に断トツだった中国は、ゼロコロナ政策を維持しているため2万1500人にとどまった。ちなみに、ウクライナ侵攻で各国から経済制裁を受けているロシアからは1600人が訪れている。

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水際対策の大幅緩和で訪日外国人観光客が急増しているが…(写真:ロイター/アフロ)

メディアのなかには「訪日客、前年同月比22.5倍」と報じたところもあった。爆発的な増え方を印象づけるタイトルだが、2021年はコロナ禍の影響(9月末まで緊急事態宣言)で10月の訪日客が約2万2000人しかいなかったため、そんな時期と比較しても意味がない。

コロナ前の2019年10月の訪日客は約250万人だったから、その時点との比較では8割減というのが実態である。「爆買いシーン」の様子を含め、インバウンド景気が復活するかのような印象を与える報道は先走り過ぎている。

コロナ前と比較した外国人の「訪日目的」は?

観光客以外ではどんな目的で、どんな国から外国人が訪日しているのか。法務省の出入国管理統計によると、水際制限が一部残っていた8月の入国者数は22万3670人、9月はコロナ禍以降最高の24万9323人。来日の目的を「在留資格」データ(8月)で検証してみよう。

【2022年8月の入国外国人(再入国を含む)在留資格別のトップ5】
(1)短期滞在(観光など)/6万3766人
(2)永住者/3万3871人
(3)技術・人文知識・国際業務/2万3986人
(4)家族滞在/1万9122人
(5)留学/1万8915人

では、コロナ前と比較してみたい。2019年8月の入国者数(再入国を含む)は242万5830人だった。

(1)短期滞在/205万3144人
(2)永住者/10万5061人
(3)技術・人文知識・国際業務/5万3396人
(4)留学/5万3232人
(5)家族滞在/3万3012人

入国者数はコロナ前の10分の1以下。観光が激減し、水際制限下でも留学やビジネス関連が一定数を占めていることがわかる。ロシアからの入国者も942人いる。

インバウンド効果は過去最高時でもGDPの0.9%しかない

インバウンド復活に対する岸田政権の期待値は高い。岸田首相は10月の観光立国推進閣僚会議の場で「インバウンド消費は円安効果を活かすとともに、集中的な政策パッケージをまとめて、速やかに消費額5兆円をめざしてほしい」と大風呂敷を広げてみせた。

過去最大だった2019年のインバウンド消費額4.8兆円を上回る数字を、世界的な旅行需要の回復や2025年の大阪・関西万博を引き合いに出してぶち上げただけなのである。国民が円安による物価高に苦しんでいるのに、円安に便乗するかのような言い方も引っかかる。

そもそもインバウンド消費が景気に与える影響はどれだけあるのか。過去最大だった2019年の4.8兆円を例にとると、直接的な需要に、関連産業に波及する需要も加えた生産波及効果は7兆7756億円になると経済産業省が試算している。さらに、ここから生じる二次波及効果を加えると総効果は9兆4498億円となる。経産省はこの総効果がもたらす付加価値誘発額が約5兆円となり、GDPの0.9%に相当するとしている。

この0.9%相当をどう捉えるかだが、GDPの53%を占める個人消費(2020年度)とは比べ物にならない。しかも、コロナ禍のように世界規模の感染症や、戦争、自然災害などが発生すれば、インバウンド消費はあっという間に消失してしまう。それはこの3年近くの実情が物語っている。恒常的に成長を期待できるようなものではないのである。

事実、経産省は〈仮に1年間分の訪日外国人旅行消費を9割喪失するとすれば、GDPの0.8%が剥落するものと試算されます〉と指摘しているのだ(2020年8月更新のリリース)。ちなみに2021年のインバウンド消費は、わずか1208億円(観光庁の試算)にとどまった。2019年の2.5%でしかない。有事が発生するとあてにならないのである。

インバウンド政策で広がった「大都市と地方の格差」

インバウンド消費にはさらに問題点がある。大都市と地方の格差を増大させているのだ。

2019年でみると最大の消費地は東京都で1兆5388億円。全体のおよそ3分の1を占めている。以下、大阪府、北海道、京都府、福岡県、千葉県、愛知県と続き大都市所在地が上位を独占している。下位は、福井県の21億円、島根県22億円、高知県28億円と、地方は完全に蚊帳の外である。

訪日客数は2018年は3119万人、2019年は3188万人まで膨らみ、京都をはじめ有名観光地でオーバーツーリズムが問題になったほどだ。

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コロナ禍前は外国人観光客が溢れ、オーバーツーリズムが問題になっていた京都(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

当時、政府は自信満々だった。安倍元首相は2019年1月の施政方針演説で、「観光立国によって、全国津々浦々、地方創生の核となる、たくましい一大産業が生まれた」と強調したが、大都市偏在のインバウンド消費の実態を見る限り、「地方創生の核」とはほど遠く、「一大産業」はコロナ禍で壊滅的状態に陥った。

訪日客が増え始めたことで、成田や関空、新千歳など日本を代表する国際空港は賑わいを取り戻しているが、地方の観光現場はコロナ禍の痛手から回復しきっていない。

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インバウンド歓迎の幟を掲げる新千歳空港(筆者撮影)

コロナ前にアジア各国などに直行便が運航していた地方の空港では再開が完全に出遅れているのだ。これまでに直行便再開が決定したのは高松空港ぐらいで、多くは年内を見送っている。たとえば岡山桃太郎空港は、ソウル線、台北線は12月31日まで運休、上海線、香港線は3月25日まで運休となっていて、HPには再開時期は「未定」となっている。

地方の空港が国際線を再開できない理由は、手荷物の搬送や仕分け、保安検査などを担当する地上職員の不足、機材繰りの調整、入国検査の受け入れ態勢、旅行需要の調査などで、航空会社の営業戦略上の理由だけでなく、空港関連の人手不足も背景にある。国内のコロナ第8波が深刻化したら、再開時期はさらに不透明になりそうだ。

観光現場の人手不足も深刻だ。ホテルや旅館など宿泊施設、飲食店などは、コロナ禍で離れた人が戻らない。帝国データバンクの7月の調査では、正社員だけでみても旅館・ホテルは66.7%、飲食店は52.9%が人手不足を感じている。

非正社員では飲食店が73.0%、旅館・ホテルは55.3%となっている。客は増えているのに営業できない、サービスが追いつかないといった状況が続いているのである。

有名温泉地の旅館経営者はテレビのインタビューに「まち全体が人手不足の状況で、うちの店も毎日開けたくても、何日かは開けられない状況」と嘆いていた。

富裕層取り込みの観光政策は現実離れしている

政府の観光立国政策は、安倍政権以降、常に規模の拡充を追い求めてきた。まず数値ありきで、2020年4000万人、2030年6000万人という目標値が掲げられた(2016年3月策定の「明日の日本を支える観光ビジョン」)。

ところが、コロナ禍突入でインバウンドは壊滅。2020年4000万人の目標は夢と終わった。コロナ禍の3年間で宿泊施設をはじめとする観光関連業界では倒産や休廃業が相次ぎ、多くの従業員が職を失った。その傷もいえないうちに岸田政権が打ち出したのが「インバウンド消費5兆円」である。

「インバウンド拡大で地方創生が進むという夢物語みたいなことが語られてきましたが、2019年の消費額で見ても多いのは東京や大阪など大都市中心で、山陰や東北などの地方は雀の涙でした。大都市や人気観光地だけに金が落ちたのです。

コロナ前からの観光政策のキーワードの一つになっているのが、1回の滞在で100万円以上使う富裕層の需要創出です。2017年度から富裕層向けのコンテンツツール制作、広告宣伝、クルーズ客船や豪華列車を利用したファムトリップ(富裕旅行取扱旅行会社のスタッフを招待)などに力を入れてきました。

驚いたことに、コロナ禍の2020年10月に公表した政府の資料にも、2016年当時の目標値である『2030年には6000万人、インバウンド消費額15兆円』が記載され、富裕層のさらなる取り込みが必要とされています。しかし、そのころ観光の現場がコロナ禍でどれだけ苦境にあえいでいたか。まったく現実を見据えていないように思えます」(経済ジャーナリスト)

希望的観測に過ぎない岸田首相の「5兆円」発言といい、効率よくカネを落とさせるために富裕層取り込みに躍起の行政といい、どこかずれていないだろうか。今後コロナ感染が再拡大したらどうするのか。いま、観光の現場で混乱を生じさせている人手不足への対策を打っているのだろうか。インバウンド頼みの観光政策は絵に描いた餅を追い求めているかのようである。

まずは、ホテルや空港など現場の環境改善と体質強化のための抜本的な構造改革を行い、インバウンド依存ではない、地方活性化や国民生活の充実につながる形の現実的で効果的な観光政策を打ち出していくことが重要ではないだろうか。

円安・物価高で旅行どころではない国民が多いなかで、インバウンド消費5兆円とか富裕層取り込みといった言葉が飛び交うこと自体、現実離れしている。この政策でいったい誰が潤うのだろうか。政府は新たな観光立国推進基本計画を2022年度内に策定するとしているが、本当に「観光立国」を目指すことが賢明なのかどうか、議論すべき点は山ほどある。

山田 稔

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