突然の雨、「これどうぞ」と傘をくれたお兄さんとの出会いは私を変えた

突然の雨、「これどうぞ」と傘をくれたお兄さんとの出会いは私を変えた

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/05/02
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「これどうぞ」顔をあげると、さわやかな笑顔の大学生くらいの男性が。

嘘だろ。こんな土砂降りの中、私に傘をくれるというのか? ああ、神様って本当に実在してたんだ。後光がみえる……。

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雨の中で傘を差し伸べてくれた名前もわからぬ「あの人」との出会い

習い事から最寄りの駅まで30分近く歩く道中、突然の雨に見舞われた私。あいにく傘を持ち合わせていなかった。てるてる坊主作っとけばよかったなトホホ…などと思いながら、水も滴るいい男ならぬ、いい女だななどとも思いながら、ずぶ濡れで歩いていた。

そこに突如、舞い降りた天使。テーマは雨の日。このテーマを見た瞬間、恋人との雨の思い出を綴るエッセイがたくさん溢れるんだろうなぁと思った。私は今まで彼氏がいたこともないし、デートしたこともない。今どきの19歳、私ってとても遅れているのだろうか? そう考えると少し心が痛む。

“人との出会い”と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。みんなは恋愛的な意味で、この言葉を受け取るのだろう、か。たぶん、大半がそうだと思う。たぶん。

私から見ると世間の男女は、自分が付き合いたいという観点を主軸におき、恋愛という枠組みの中でしか出会いという言葉を当てはめていないような気がする。それは、とても勿体ないことだと思う。

もっともっと広い世界で、広い意味で“人との出会い”は存在するし、巡り会えると思う。雨の中で傘を差し伸べてくれたあの人のように。

人との出会いは雨と一緒で、突然やってきて「予測」できない

その人の年齢、職業、住所、何も知らない。分かるのは性別だけ。私は、そんな“出会い”を幾度となく経験してきた。おそらく、みんなもそうではないだろうか。ただ、忘れているだけで。人間の数は雨粒と同じくらい多いと、雨の日にいつも感じる。

一体私は、生きているうちにどれくらいの人と、どんな人と、出会うことが出来るのだろう。予想も出来ないし、予想してても外れることもある。まさに雨と同じ。天気予報だって外れることはあるし、突然の雨に見舞われることもある。

でも、そんな中、手を差し伸べてくれる人がいたのだ。人生で心の雨に見舞われても、絶対に手を差し伸べてくれる人はいると思う。というか、いるんだ! と気づく事が出来た。憂鬱な雨の日でも、晴れよりも晴れやかな心を手に入れることが出来た。

もしかして、人生もそうなのではないだろうか。いい事ばかりではなく、時にどん底に落ちたり、悪い状態が続くからこそ、それが人生のスパイスとなり、何かに気づくきっかけになったり、周りの人の大切さに気づき感謝することが出来たり、晴れやかな心を手にすることが出来る。そう思うと、これから先どんな困難が待っていようと立ち向かえる気がする。頑張れる気がする。大丈夫な気がする。

雨の日に傘をくれたお兄さんのお陰で、「前向き」な気持ちになる

雨の日に傘をくれたお兄さんのことは、今も分からない。どこに住んでいて、どんな仕事をしているのか、全て分からない。すごくすごく知りたい。会って、もう一度きちんとお礼がしたい。どんな人なのか知りたい。でも、それは出来ない。

一度流れた雨粒を元に戻すことは出来ない。でも、お兄さんのおかげで雨の日にいつもこの出来事を思い出し、前向きな気持ちになることが出来る。

私の人生の中で、きっともう二度と経験出来ないことだろうけど、最初で最後の心に深く深く残る経験になった。これが、短いながら、一生残る私の雨の思い出。

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りりか

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