
「覇権アニメ」という単語を聞いたことがあるだろうか。ゼロ年代後半から2010年代中頃にかけて、ネット掲示板で流行した言葉だ。定義としては各クールに放送されたアニメで最も人気を博した作品のことを指す。それはBlu-rayの売り上げだけでなく、単純な人気も含める場合があるため、各クールで覇権を掴むアニメが複数ある場合も存在する。
そんな言葉を受け、直木賞作家・辻村深月さんがアニメ業界を舞台に著したお仕事小説『ハケンアニメ!』がこの春、待望の実写映画化。メインキャストに吉岡里帆さん、中村倫也さんらを迎えた同作は、5月20日(金)から公開される。
新人アニメ監督・斎藤瞳は老舗スタジオ・トウケイ動画で『サウンドバック 奏の石』を制作中。しかし裏番組として天才監督にして瞳が憧れる王子千晴の最新作『運命戦線リデルライト』が立ちはだかる。果たして、2人の監督作の行方と、それに携わるスタッフたちの努力の結果は──。
映画化にあたって、劇中アニメ2本分(12話×2本=24話!)のプロットを書き下ろしたのは、原作者である辻村深月さん。映画公開に向けて、それほどまでに情熱を注ぎ込む結果となった経緯を本人に直撃した。
足掛け7年かかったという映画『ハケンアニメ!』だが、公開に至るまでには、制作が止まりかけたり、現実での言葉の意味が変化したりと、必ずしもスムーズだったわけではない。しかし、辻村深月さんの話を聞いていると、それらすべてが今このタイミングでの公開を実現するために、必要な要素だったように思えてくる。
アニメファンのみならず、すべての人々に観てほしいお仕事ドラマの根底にある“好き”との出会いとは。最後にはプレゼントキャンペーンも。
取材・執筆:太田祥暉(TARKUS) 編集:恩田雄多
作品単位の出会いと別れ『ハケンアニメ!』が描くもの

──そもそものお話からうかがいますが、『ハケンアニメ!』という小説を辻村さんが書かれたきっかけを教えてください。
辻村深月 雑誌『anan』から小説の連載を、と話をいただいたのが始まりです。『anan』は雑誌としてのカラーがとてもはっきりしていますから、その読者に合ったものをと考えたときに「お仕事」と「恋愛」のどちらかだろうとまずは思いました。
そのとき、まだ本格的なお仕事小説を書いたことがなかったので、せっかくやるなら取材が楽しいものをと考え、自分自身大好きなアニメ業界に着目した作品にしようという流れで『ハケンアニメ!』が生まれました。
──アニメ業界ものとなると、当初からどの視点から描くのか決めていたんですか? 原作小説では新人監督の斎藤瞳をはじめ、アニメーター、アニメーションプロデューサーと様々な目線からアニメ業界が描かれていました。
辻村深月 いえ、まったく決めていなかったです。そもそも、監督と声優以外にどんなお仕事があるのか、そこを知るところからのスタートでした。担当編集者が昔仕事でちょっと関わったことのあるというプロデューサーの方に取材に行って、その方に「プロデューサーって何をするんですか?」というお話からうかがいました。
そのとき、プロデューサーにも制作進行の担当者もいれば、映像メーカー、宣伝担当、映像メーカーや放送局側のプロデューサーもいて、いろいろな役割があることを知り、その方から次の取材対象を紹介してもらって……という形でわらしべ長者のように取材をしていったんです。
その中で取材をしたのがProduction I.Gの松下(慶子)さんで、今回の映画でも劇中アニメの『運命戦線リデルライト』を手掛けていただいています。小説の取材で心細い思いで訪ねていったスタジオに、今は、一緒に映画をつくる仲間として行くことができるなんて、大きな幸せを感じます。

『ハケンアニメ!』の著者・辻村深月さん
──数珠繋ぎのように取材をされて、アニメ制作の現場を目の当たりにしたわけですが、そこからどのように物語にしようと思われました?
辻村深月 アニメっていろいろな人たちでつくるものですから、チームでお仕事をするということを中心に書いてみたいなと。それこそ取材を始める前は、監督さんが王様みたいな存在で、その指示を受けて各々が動く姿を漠然と想像していたんですよ。でも、実際取材をしてみると、必ずしもそんなことはなかった。
複数の監督さんを取材して、みなさんがおっしゃっていたのは、自分がやりたいことを人にお願いしたりわかってもらったりしないと、次に進まない仕事である、ということでした。
いろんな場所に繋がっていて、単純な上下関係でもなく皆で同じ方向を向いて物をつくっていく。その言葉がとても印象的で、今はこのチームだけど、次は別のチームになる──作品ごとに出会いと別れを繰り返すという関係性に着目した物語にしようと思いました。
映画『ハケンアニメ!』のチームワーク

──アニメとはまた制作手法が異なりますが、今回の映画での吉野耕平監督率いるチームはいかがでしたか?
辻村深月 一般的な映画化の場合、原作者はもう制作陣を信じて作品内容をお任せすることが多いんですが、『ハケンアニメ!』では「こんなに引き込まれるのか!」と思うほど(笑)、“身内”の一人として接してもらったのが印象的でした。
プロデューサー陣が熱量を持って映画化の話を持ってきてくれたのが始まりなんですが、そのときに原作『ハケンアニメ!』の様々な場面が今までの映画づくりとリンクしたとおっしゃってくださって。
大事な局面で監督や作品をプロデューサーが守るという流れを自分事として受け止めていらして、「僕ら映画業界が映画にしないとダメなんです」と言ってくださったんですよ。
その後も、「キャストはこの人に引き受けてもらえました」とか「監督は吉野さんにお願いしたいと思っている」とか、逐一報告してきてくださって。脚本でも、私が原作から削ってほしくないなと思っていた部分はほとんど残っていたんです。

新人アニメ監督の瞳をサポートするのは、柄本佑さん演じるプロデューサー・行城理。冷淡な印象だが、作品を世に届けるためには悪者になることも厭わない。

尾野真千子さん演じるプロデューサー・有科香屋子は、天才監督・王子千春に人生を懸ける。
──素晴らしいチームですね。
辻村深月 一番驚いたのが、小説を書くときに私が取材に行った方々に、監督とプロデューサーが再び会いに行ってくださっていたことでした。
再取材をして、私とはまた違う影響を受けて脚本がブラッシュアップされていったんです。なので、小説で書いてあったトウケイ動画やファインガーデンといった制作会社の雰囲気が、原作者の私の目からしてもより可視化されている。

吉岡里帆さんが演じる28歳の新人アニメ監督・斎藤瞳。国立大を出て県庁で働いていたが、王子千晴監督のアニメ『光のヨスガ』と出会い、「見てる人に魔法をかけるような作品」を作りたくて業界大手のトウケイ動画に入社。王子を超えるべく、背水の陣でデビュー作『サウンドバック 奏の石』に人生を懸けている。好物はコージーコーナーのチョコエクレア。
あと、斎藤瞳が普通の女の子で普通の生活をしていて、それを吉岡里帆さんがしっかり演じてくださっていたことも素晴らしかった。
瞳はコミュニケーションが不器用な子なんですけど、怒り慣れていない人が精いっぱい声を上げたらどうなるか、吉岡さんの中にあるであろうたくさんの怒りのパターンの中から、これぞ瞳の感情の出し方だ! というものを出してくださっていて、本当にこのチームにやっていただけて嬉しかったなと感じています。
映画化に7年、止まりかけた制作を動かしたのは

映画『ハケンアニメ!』の劇中アニメとして斎藤瞳が監督するサバクこと『サウンドバック 奏の石』
──劇中アニメとして、瞳が監督した『サウンドバック 奏の石』(通称・サバク)と王子千晴が監督した『運命戦線リデルライト』(通称・リデル)がそれぞれ映像化されているのも本作の魅力です。ともにProduction I.Gをはじめ、日本を代表するアニメプロダクションやトップクリエイター陣が制作に携わり、監督は『サバク』は谷東監督、『リデル』は大塚隆史監督が務めています。
辻村深月 この映画化は足掛け7年かかっているんですが、そこまで時間が必要だったのはアニメーションをつくるためだった、と言っても過言ではないです。映画化のお話をいただいたときは、(劇中アニメは)数分くらいの映像だろうし東映さん(※編注:映画の配給を担当)がどうにかしてくださるだろう……みたいな気持ちでした。
でも、覇権を取れるクオリティの映像ということになると、たとえシリーズではなく数分の映像だったとしても、企画の立ち上げには人や時間といったエネルギーが、シリーズ1期分をつくるのと同様に必要だった。あれだけ小説の中でアニメ業界に今人が足りないとか、上手い人の奪い合いだって書いておいてなんなんですが(笑)。
そこでアニメスタッフを集めるのに時間がかかるということで、一度制作が止まりかけたんです。

映画『ハケンアニメ!』の劇中アニメとして王子千晴が監督するリデルこと『運命戦線リデルライト』
──映画化に7年かかったというと、その期間中に辻村さんはアニメ『映画ドラえもん のび太の月面探査記』で脚本を担当されていますね。
辻村深月 はい。その作品のときに、八鍬新之介監督にふと『ハケンアニメ!』の劇中アニメのことをお話ししたんです。そうしたら、「僕がもしそれを引き受けるのなら、(最低でも)初回と最終回のプロット、あと全12話分、何が起こるのかわかるような構成案はほしい」と言われて。
確かに自分がやる身になってみたら、それくらい具体的なものがないと動けないよな……と反省しました。ならば「私でよければそれを書きます」と立候補して、『サバク』『リデル』ともに全話分のプロットを書いたんです。
──原作者自らそこまでコミットするのも珍しいような……。
辻村深月 ですよね(笑)。でも、書いていると、自分がアニメに憧れていた理由や、自分がアニメを観て斬新だと思った表現などが、とても現れたプロットになっていったんです。
それを映画のプロデューサーたちに預けられたおかげで、制作スタジオや監督さんたちの反応も「できない」から「やれるかも」の方向に変わっていきました。片手間にお願いしているわけではなくこちらも本気であるという気持ちが伝わったみたいで、その甲斐あって素晴らしいクオリティのアニメが出来上がりました。皆さんには、もう、本当に感謝です。
原作小説時の取材やその後の仕事を通じて、アニメ業界に八鍬さんや松本(理恵)さん(※)のような友人ができていたのは、今回とても大きかったなと思います。そういえば、最近八鍬さんとメールしたときにこの話をしたら、「本当に書いたんですか!?」って驚かれましたけど(笑)。
※松本理恵:アニメーション監督。東映アニメーションに入社し、『映画 ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?』で監督デビュー。その後、『京騒戯画』を手掛けたのちに、ボンズで『血界戦線』を監督する。近年はポケモン×BUMP OF CHICKENによるスペシャルMV「GOTCHA!」を手掛ける。『ハケンアニメ!』では原作小説執筆時に取材を受けている。
『サバク』と『リデル』に込めたアニメとの出会い

『サウンドバック 奏の石』
──映画を拝見して、特に劇中アニメは辻村さんが影響を受けた作品らしさが如実に出ているように感じました。『サバク』は往年のロボットアニメ、特に「勇者シリーズ」の影響が大きかったような印象を受けました。
辻村深月 ありがとうございます! 『サバク』は、自分が小学生の頃にまっさらな気持ちで憧れたロボットものを、今の技術でつくったらどうなるかというところから膨らませていきました。
そのときに心がけたのが「出会い直す感覚」です。幼い頃に観た作品を大人になってから見返すと、昔は単純にロボットやアクションに注目していたものが、実はこういうことを言っていて、ここで何かを決断したんだなとストーリーが心に入ってくる瞬間があると思うんですよ。なので、その感覚を全面に出してつくったものが『サバク』でした。
──対して『リデル』は、原作小説の謝辞でも触れられている幾原邦彦監督の『少女革命ウテナ』や『輪るピングドラム』を彷彿とさせる世界感でした。

『運命戦線リデルライト』
辻村深月 『リデル』は私自身がファーストインプレッションから衝撃を受けたアニメの集大成です。こんな表現があるのか、今自分はアニメの表現が変わる瞬間を見ているんだなと特に感じたのが、幾原邦彦監督の作品で、多感な時期にリアルタイムに作品を観られたことは私の財産です。
あと、新房(昭之)監督の『魔法少女まどか☆マギカ』の影響も大きいですね。それらで感じた“アニメ表現を刷新していく瞬間”に特化したのが『リデル』のプロットでした。
──ちなみに、『リデル』の最終回のあのセリフは、作品を世の中に送り出すクリエイターなら誰しも一度は抱く感情なのかなと感じました。これは辻村さん自身が感じた言葉だったんですか?

中村倫也さん演じる伝説の天才アニメ監督・王子千晴。弱冠28歳、(劇中時間軸で)現在の瞳と同じ年齢で放ったデビュー作『光のヨスガ』が脚光を浴びるも、その後スランプに陥り沈黙。8年ぶりとなる新作『運命戦線リデルライト』で復活をはかる。華やかな容姿と奇抜な言動で物議をかもすが、胸に秘めたアニメへの想いは人一倍熱く、アニメが「現実を生き抜く力」の一部になれることを信じている。
辻村深月 私のというよりは、監督の王子だったらどういうことをキャラクターに託すんだろう、と考えた上での言葉でした。劇中で8年前にみんなが熱狂するようなアニメをつくり、そこからブランクが空いた王子であれば、自分のつくったものを楽しんでほしいという気持ちと同時に、消費しないでほしいという葛藤も抱えているのではないかと。
『ピングドラム』の「生存戦略」を筆頭に、『ウテナ』や『まどマギ』にもそれぞれ心に迫る名セリフがある。そうした言葉には、その時点でのつくり手の思いが託されているんじゃないかと感じてきたので、『リデル』でも言葉を大事にしたかった。そこが同時に映画『ハケンアニメ!』でもクライマックスのセリフになっています。王子を演じてくださっている中村倫也さんの演技も素晴らしくて、完全に王子そのものでしたね。
現代における「覇権アニメ」と「ハケンアニメ」

──原作刊行時の2014年から約8年経過していますが、その間にタイトルの由来でもある「覇権アニメ」という言葉が徐々に使われなくなっていきました。辻村先生はこの言葉についてどのように捉えていらっしゃいますか?
辻村深月 10年前は、そのクールで一番話題になった作品、一番売れた作品というのが必ずあったと思います。
でも、アニメをめぐる状況はどんどん変わっていって、配信で観る文化がここ数年でものすごく普及しました。あと、話題になったときの爆発力も数年前とは比べ物にならなくなりましたよね。だからこそ、そのクールを争う形だった「覇権アニメ」が、自分にとって何が一番かという個々の捉え方に変化していった気がするんです。
なので、流行り言葉としての「覇権」とは異なり、誰かの心に一番突き刺さる作品をつくりたいという意味での「ハケン」が今回の『ハケンアニメ!』には重なるようになったのではないかなと。
映画のロゴに王冠が付いているのも、誰かの心の中で一番というのが、より強く感じられますね。

──瞳が壇上で王子に言い放った「ハケンを取ります!」という言葉が、二重の意味での「ハケンアニメ」だったと。
辻村深月 『ハケンアニメ!』には集団でのものづくりという大きな軸があるんですが、私は実はここを書きたかったんだなと映画を観てから特に感じた部分もあって。それが、非常に個人的な意味での「人にとって物語とは何か? 憧れとは何か?」ということでした。
アニメじゃなくても誰かが何かを好きになったときに、「自分にとってその好きの象徴的な存在との出会いが大事である」ということを、この映画は終始個人的なものとして描いているんです。
誰かを幸せにする物語は、その誰かのためのものでしかない──とてつもなく個人的な存在であると。原作をもとにいくらでも違う切り口にできたはずなのに、肝心のクライマックスを経たラストにあのシーンを置いてくださったのは、瞳を瞳たらしめる上でとても必要なことだったと思います。
それが翻って、「誰かの心の中で一番になる」という意味に帰ってくるのではないでしょうか。たぶん吉野監督は、そのテーマが観客に伝わると信じているんじゃないかな。なので、観てくださる方々には、この映画を通して誰かに憧れた気持ちや、瞳が憧れた王子のような存在を思い出してもらえたらとても嬉しく思います。
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May 14, 2022
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