岸田政権のせこいバラマキを憂う-小出しの集大成、55.7兆円

岸田政権のせこいバラマキを憂う-小出しの集大成、55.7兆円

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/11/25
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バラマキにさえならない、「バ」といったところ

岸田文雄氏が11月10日、第206特別国会で第101代首相に選出された。この第2次岸田内閣で初の「目玉政策」となるのが「18歳以下の子どもに一律10万円相当給付」とのことだ。

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by Gettyimages

バラマキそのものの問題点については10月25日公開「日本は外国に借金していないからデフォルトしないというのは本当か?」など多数の記事で述べてきたが、岸田政権の「目玉政策」はバラマキにさえ至らない「バ」とか「バラ」にしかすぎないといえよう。

しかも、18歳以下の子供という区切りの根拠が不明確だ。例えば、この区切りの上の世代となる大学生の多くは、パンデミック騒ぎで飲食店などでのアルバイト収入を絶たれ苦しんでいる。

また、所得制限を設けるということだが、その場合、子供の所得ではなく「親の所得」で足切りされる。そして、「10万円をもらえた家の子供」と「もらえなかった家の子供」が併存することになる。「当事者」であるはずの子供たちは、この「区別」をどのように感じるだろうか? 学校で話題にならないとは考えにくく、もしかしたら「いじめ」の遠因になるかもしれない。

しかも、世帯の総所得を把握するのは技術的に困難とのことで、世帯の中で最も所得が高い人の所得で足切りされるそうだ。例えば960万円で足切りされた場合、誰か1人の所得が1000万円であればもらえないが、共働きで950万円+950万円=1900万円であればもらえるというのはどう考えても不公平である。

事前の評判通り岸田首相が「けち臭い」人物なのか、それとも自民党と連立を組む政党のごり押しなのか。いずれにせよ「岸田ケチケチ内閣」とネーミングされそうな状況である。

なお、政府が11月19日に決めた経済対策は財政支出が55.7兆円と過去最大に膨らんだが、言ってみれば「小出しの集大成」にしかすぎず、「明確なビジョン」が感じられない。ただ金額が大きければ良いというわけではない。「メリハリ」が大事なのだ。

もちろんバラマキには反対だ

「岸田ケチケチ内閣」に幻滅したからと言って、もっとバラマキを行えと言っているのではない。むしろ「財政の健全化」は緊急かつ重要な課題である。

だが、2003年に、名古屋のテレビ塔からデイトレーダーの男性が1ドル札などで総額100万円相当をばら撒いた事件があった。100万円でも「事件」になるのだから1億円を東京タワーの上からばら撒いたら「大事件」になるのは間違いがない。

そのようなバラマキを奨励しているわけではないが、ある意味たった1億円で国民に大きな「心理的影響」を与えることができるのだ。景気の「気」は気分の「気」である。どうせバラマキを行うのであれば、盛大に行ってその効果を最大化すべきだ。

前回の国民全員への10万円給付には約13兆円もの巨費が投じられているのだから、1億円など、それに比べればチリやホコリ以下である。その巨額な13兆円ものバラマキの景気浮揚効果はいったいどれほどであっただろうか?待機資金になって株価を下支えしただけのように感じる。

13兆円もの巨費を投じて効果を出せなかったバラマキを、「規模を縮小してせこくした」形で実施しても全くの無駄遣いとしか言いようがない。

結局、「これが最後だ!」と宣言して盛大にバラマキを行い、その宣言通りバラマキが終わった後に「徹底した緊縮」を行うのであれば大賛成である。ただし、バラマキで浮かれている人々に「緊縮」を要求するのは現在以上に難しい作業ではある。

「弱者救済」と「弱者を装った人々救済」は全く違う

私は「自由主義」「自由経済」を支持しているが、「強者が弱者を食い尽くす『弱肉強食』」が正しいと思っているわけではない。

『弱肉強食』は自然界の摂理ではあるが、その自然の摂理を尊重しながらも「人間愛による弱者救済」を行ってきたことが人類繁栄の秘訣だと考える。「人間愛によって弱者を助けることが、人類全体のチームワーク強化につながった」と考えている。人類が他の種(動物など)よりも優れているのは、実はこの「人間愛」のおかげかもしれない。

だが、現在は次の2つのことが混同されているように思う。

1.(本当の意味での)弱者救済
2.弱者(を装った人々の)救済

である。

現代では、「弱者を装った人々」が得をする。世界第2位の大国だと傍若無人にふるまいながら、「僕たちはまだ発展途上国ですから……」と貿易などで優遇措置を受けようとする共産主義中国の例がわかりやすいだろう。弱者救済を目指すはずの団体が、「弱者利権」といえるものの獲得に血眼になっているケースも見かける。

このような「弱者を装う」人々の行動は、言ってみれば「弱者の上前を撥ねる行為」であり、本当の弱者にとっては迷惑以外の何物でもない。

詳しくは、2019年8月31日公開の「男女同比率人事の『強要』が日本企業のマネジメントを破壊する可能性」4ページ目「弱者を食い物にすることは許されない」を参照いただきたいが、いくらばら撒いても動物園のサル山のようにボス猿が力ずくで横取りして子ザルの手に渡らないのでは空しい。

また、「効果的なバラマキ」は、正しいリストラの手法と同じともいえる。「次がある」と思うことが最大の弊害だ。もしやるのなら、盛大にして「今回限り」にすべきである。そうでなければ依存心を植え付けるだけだ。

ゾンビ企業を増やすだけの支援金・給付金

支援金、協力金のバブルがどのようなものであったのかは、前田出氏の「協力金バブルの暴走と後始末の行方」が参考になると思う。

もちろん、パンデミックと闘いながら必死に営業努力を続けている飲食店も少なくないが、「戦略なきバラマキ」が、どのような結果を招くのかという好例であろう。

また、パンデミックにもかかわらず、大手銀行5グループの4~9月期の連結純利益が最高を記録したとの報道があった。経済活動が停滞したものの、倒産件数が歴史的な低水準だった結果、とのことだ。

その「倒産を免れた」企業が、支援金、給付金などで息をついていたことは想像に難くない。つまり、パンデミックが終わり、支援金・給付金が無くなれば、延命された企業の多くが「現実」に直面して、多数倒産する可能性があるということだ。

パンデミック対策の大義名分のもとに、「本来市場原理で淘汰されるはずであった企業」をただ延命するためだけに血税をばら撒いたとしたら、許しがたいことである。

ゾンビ企業というのは、本来伸びていくはずの競争相手企業の足を「過当競争」によって引っ張る「悪」と呼んでもよい存在だ。ゾンビ企業自身にとっても「早く見切りをつけて、新たにやり直す」機会を失うという点で、「二重の悪」である。

闇のバラマキ利権

このように明らかな弊害が存在するにもかかわらず、日本だけではなく世界でバラマキが全盛であるのは、やはり「バラマキ利権」が存在するとしか考えられない。バラマキを受け取る側はもちろん、バラマキを「誘導」する政治家、評論家、メディアなども色々な形でキックバックを受け取っていると疑われても仕方がないであろう。

「バラマキスト」や「MMT論者」が声を張り上げるのも、「バラマキはおいしい」証拠だと言えるかもしれない。

これは、戦前と同じ危険な兆候なのだろうか。

高橋是清は、1936年の二・二六事件において、赤坂の自宅二階で反乱軍の青年将校らに胸を6発銃撃され、暗殺された。「軍部へのバラマキをストップ(軍事費抑制)させるのではないか?」と彼らに思われたことが原因だとされる。日銀の直接引き受けを始めたのは高橋だが、それを中止し軍費を抑制しようとしたのだ。

ちなみに、日銀の直接引き受けは現在、財政法第5条で禁止されている(但し書きを除く)。また、EUなどの先進国も同様だ。そのような歴史の真摯な反省に基づいて確立した法律をなし崩しにして「国債を発行して日銀が引き受ければ万事めでたし」などという議論が横行する現状には危機感を感じる。

我々は働かなくてよい?

また、私が執行パートナーを務める人間経済科学研究所代表パートナー有地浩の「『プラチナコインの誘惑』債務上限問題にチラつく奇想天外なデフォルト回避策」によれば、「1兆ドルプラチナコイン発行案」という「ウルトラC」が債務上限問題に悩む米国で議論されている。

これは、「財務省がプラチナのコインを1枚製造して、その表面に1兆ドルという文字を刻印すれば、財務省即ちアメリカ政府は無から1兆ドルの資産を生み出すことができる」ということだ。言ってみれば100円玉1枚に「100兆円」と刻印すれば「問題が解決する」という考え方だ。

米国では、他の通貨と違って「プラチナコインは大きさ、デザイン、プラチナの品位だけでなく額面も財務長官が自由に決めることができる」という法律の抜け穴をついた奇策である。

もし、このような「奇策」が正しいのなら、輪転機を回して1万円札を刷り続け、国債の際限の無い発行を継続すれば、1人月額100万円、あるいは1億円のベーシックインカムなど簡単なことだ。

それが意味するのは、すべての人々が「働く必要が無い天国」に暮らせるということである。しかし、昨年5月19日公開「『日本円は紙くずにならないのか』コロナ対策バラマキの今、考えたい」での「通貨の本質」の議論を待つまでも無く、そのようなことが不可能であることは小学生でもわかる。もっとも、第1次世界大戦後のドイツのようなハイパーインフレを引き起こせば、月額1億円のベーシックインカムなど簡単なことではあるが。

通貨の番人の株式は55%が国有

国家に「通貨」を任せたらやりたい放題をした後、自滅するのが過去の歴史だから中央銀行の「監視」が必要である。しかし、中央銀行は今や通貨の番人ではなく「政府の番犬」である。もっとも、日本銀行の資本金1億円のうち55%が政府からとなっている(日本銀行法第8条)から、制度的に「最後は政府の言いなりにならざるを得ない」のも事実だ。

民主主義のアキレス腱は、政治家が票を得るためにバラマキを行うことを阻止できないことだ。だから、財務省は(現在の政治家に投票する)「現在の国民」に嫌われても「この国の未来を担う将来の国民」のために立ち上がるべきである。その意味で、政治のバラマキ圧力に身を呈して「モノ申した」、矢野康治・財務事務次官の「行動」は、後世の歴史において高い評価を得るのではないかと考えている。

「キリギリス」の話に耳を傾けるべきか?

国民が「今さえよければ」と考え、将来のことを考えなければ、確実に滅ぶ。10月29日公開「『金融錬金術』は必ず破綻する。キリギリス型経済からアリ型経済へ」で述べたように、これまでは「キリギリス」の声ばかりが世の中に広がっていたが、まもなく冬がやってくる。

我々も早急に「冬」に備えなければならないのだ。そのような状況で「せこいバラマキ」を「目玉政策」に掲げる岸田政権が誕生した。そして、その将来が心配される。

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