徳兵衛は嶋屋と縁を切ってしまい――。――西條奈加「隠居おてだま」#14-4

徳兵衛は嶋屋と縁を切ってしまい――。――西條奈加「隠居おてだま」#14-4

  • カドブン
  • 更新日:2022/09/23
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※本記事は連載小説です。

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翌日、徳兵衛から嶋屋に宛て、二通の状が届いた。
一通はお登勢への離縁状であり、もう一通は今後の仔細を認めた、吉郎兵衛宛の状である。
「どうしましょう、お母さん! まさかここまでこじれるとは……お父さんを勘当するなぞ、私にはできません。こんな親不孝をしでかせば、きっと神仏の罰が当たります」
吉郎兵衛はおろおろし、涙目で訴える。狼狽する嶋屋の当代に、お登勢は問うた。
「ご隠居さまは、何と?」
昨晩は動揺したが、ひと晩経つと落ち着いた。長男の狼狽えようが上回っていたこともあるが、どう転んでも、いまより悪くはなるまいと腹を括ったことにもよる。
「糸の取引を含めて、嶋屋とは一切の縁を断つ。嶋屋の者とは何人たりとも関わらず、もちろん隠居手当も要らないと」
「おわさと善三は? 奉公人は、どうするのです?」
「ふたりが望むなら、隠居家の抱えとして、お父さんから給金を出すそうです」
「豆塾は、どうなさるおつもりなのでしょう?」
「仕舞うつもりはないようです。お母さんの代わりに、新たに師匠を雇うとあります」
「そうですか……豆塾は続けるのですね」
安堵と寂しさがない交ぜになって、ほっと溜息がこぼれた。
「お父さんは、本気で独り立ちするおつもりのようですね」
政二郎が苦笑する。兄から呼び出され、次男の政二郎も同席していた。
「つまりは組紐商いの儲けから暮らしを立てて、豆塾を営むということか。角切紐は変わらず人気ですし、お父さんの采配なら、何とかなりましょう」
「政二郎、そういう話ではなく……」
「私は、悪くない落着だと思いますよ。お楽を勘当させぬための企みで、そちらは首尾よく運んだのですから」
政二郎は、あくまで合理に則った見方をする。
「ちなみに、帯留については何か書かれておりますか?」
「帯留商いは、長門屋に託すと……」
「それは何より。長門屋を通せばこれまでどおり、小売店に秋治の帯留が届きますからね」
政二郎がにっこりし、吉郎兵衛はがっくりと肩を落とす。
「お父さんは言い出したら、後には引かない。いまは望みどおり、嶋屋から勘当するより他にありませんよ」
「親を離縁するなぞ、末代までの恥になる。痛手を被るのは、当代たる私なのだぞ!」
「兄さん、本当に痛い思いをしたのは、離縁されたお母さんですよ」
政二郎が労わるような眼差しを向けて、気づいた吉郎兵衛もにわかにしゅんとする。
息子たちの気遣いを払うように、お登勢は言った。
「私は大丈夫ですよ。嫁に来た頃に、戻ったようなものですから。また時をかけて少しずつ、ご隠居さまのお気持ちに寄り添うつもりでいます」
母の気概に、息子たちは安堵の表情を浮かべる。
「ただ、千代太が可哀想で……この一件で、いちばん手痛い目に遭ったのは、あの子かもしれません」
すでに手習いに行く刻限を過ぎていたが、千代太は布団の中で涙に暮れていた。

つづく

カドブン編集部

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