かき消された五輪開催の「死者リスク」 武田砂鉄と安田菜津紀が問題視

かき消された五輪開催の「死者リスク」 武田砂鉄と安田菜津紀が問題視

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  • 更新日:2021/07/26
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フォトジャーナリスト 安田菜津紀さん(34、左):1987年生まれ。NPO法人「Dialogue for People」副代表。著書に『写真で伝える仕事』など/フリーライター 武田砂鉄さん(38):1982年生まれ。著書に『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』など[写真/大野洋介(安田さん)、岡田晃奈(武田さん)]

感染拡大が懸念されてきた東京五輪開催。それでも、政府は場当たり的な対応を繰り返しながら、開催に突き進んできた。AERA 2021年7月26日号で、フリーライターの武田砂鉄さんと、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんは、政府の姿勢に疑問を呈する。

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安田:間もなくオリンピックが開催されようとしていますが、開催にいたるまでのプロセスそのものがマチズモ(男性優位主義)のかたまりみたいになってしまっていますよね。とにかく何が何でもやる、異論は認めない。異論を言う人間は言うことを聞かせる対象だということが浮き彫りになってきました。

以前、菅義偉首相が記者会見で緊急事態宣言でもオリンピックをやるのかという問いに対して、最終的な決定権はIOC(国際オリンピック委員会)にあるということをひたすら繰り返すという質疑応答がありました。最終的にIOCが決めるんだとしても、人命とか生活とかそういったものに必要な提言をするのが政治責任であって、いつから東京都はIOCの植民地になったんだろうか、それにいつからIOCは、市民の声や自己決定権を超越する存在になっていったんだろうというのはずっと感じてきたことです。

■いまさら批判するな

武田:最近、五輪開催を問うトークイベントを開いたんですけど、話していると、内容が小学校の学級会みたいな感じになってくる。「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」を守りましょう、大変な思いをしている人の話を聞きましょう、嘘をつくのはやめましょう、みたいなところに行きつくんですよね。私は、様々な事象を皮肉っぽく捉えて書くことが多いんですが、オリンピックに関しては、自分の指摘が素直で、「ヤバいな、ちゃんとしたことしか言ってない。これでいいのか」って思ってしまう(笑)。自分の発言や書いていることの正しさ、つまらなさに驚いてしまうことがあります。

安田:緊急事態宣言中でもオリンピック開催とのことですが、これまで場当たり的な対応ばかりですよね。これまでも、パブリックビューイングを企画します→批判される→やめる、オリンピック会場でアルコール販売を認める方針を示す→批判される→やめる。そもそもこういう批判の声って予想できる範疇だと思うんですが、場当たり的にやってみて批判されたからやめようみたいな図式を見ていると、海外から何万単位でやってくる方々への感染対策などができているとは到底思えません。でも今はこういう声をあげると「いまさら批判するな」みたいな空気感がじわりじわりとできてしまっていて、そういう怖さみたいなものがあります。

武田:月曜日に提案したことが、火曜日に批判されて、水曜日には取り下げるみたいなことを毎週のようにやっていたら、普通、社長はクビで、会社はやがて潰れます。オリンピック関連の諸問題について、指摘する方が明らかに冷静で、指摘される方が感情的に動いている。それなのに、感情的に逃げ回っている人たちよりも、その都度、「それはおかしい」と訴える側の方が感情的だという風潮に切り替わってきている。それはメディアの問題も大きいと思いますが、いや、それくらい見極めてくださいよ、と感じますね。

安田:つい最近、パレスチナのことを調べていた関連で、S・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」という映画を見返したんです。1972年の旧西ドイツのミュンヘンで、オリンピックの開催中にパレスチナの過激派組織「黒い9月」がイスラエル選手団11人の命を奪いました。この時、オリンピック中止の声が出たはずなんです。にもかかわらず1日遅れでオリンピックは再開しました。当時掲げられたのは、「オリンピックはテロに屈しない」「テロに勝った」。これってものすごい既視感があるなと思っていて。

最近はあまり言われなくはなりましたが、今回のオリンピックもいつの間にか「コロナに打ち勝った証し」みたいなことが掲げられて、死者が出るかもしれないというリスクがかき消されていきました。これって、もう何十年も前からオリンピックそのものが抱えていた病理というか構造的な問題だと思います。

武田:オリンピックを開催し、世界各国から選手や関係者が来日し、それが合図となり、人の流れが増えれば、感染者数が増えるという予測が専門家から出ています。感染者数が増えるということは、その中から、亡くなる人が出てくるということ。誰かが亡くなるかもしれない、それなのに開催する、という判断がよくわからない。少しはしょうがないでしょ、ということなのか。

安田:おっしゃる通りです。政府や組織委員会の人たちは、専門家の意見に耳を傾けるというよりも、専門家をオリンピック開催のための「お墨付き」を与える人のように扱っているんですよね。

武田:命を落としたり、重症化したりするのは自分かもしれないし、自分の大切な人かもしれない。まったく知らない人でも、その人は誰かにとって大切な人だったりするわけです。感染者数が増えれば、残念なことに亡くなる人が出てくる。こんな今だからこそ五輪で感動を届ける、という声が聞こえてきますが、いい成績を残すという意味なのでしょう。いや、でも、メダルとコロナって、比較しちゃいけないことなんじゃないかと。

安田:もともとこの東京オリンピックは「復興五輪」を掲げていたわけですよね。復興五輪っていうことは、災害で亡くなられた方、死者の命とともに迎えるという意味合いがあったはずなんです。それが死者を増やすリスクを背負ってまで開催するオリンピックになるということは、私もはなはだ疑問です。

(構成/編集部・三島恵美子)

※AERA 2021年7月26日号より抜粋

三島恵美子

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