早替わり、ぶっ返り、宙乗り...。歌舞伎の醍醐味を味わう傑作7選。

早替わり、ぶっ返り、宙乗り...。歌舞伎の醍醐味を味わう傑作7選。

  • クロワッサン オンライン
  • 更新日:2021/11/25

歌舞伎ってなんだか難しそうで……、そんな思い込みが吹き飛ばされそうな娯楽色の強い作品がいっぱい! すぐに劇場に行きたくなる、おすすめを紹介します。

イラストレーション・辻村章宏 文・佐藤博之

「早替わりはオモテナシだよ」

亡き父・十八代目中村勘三郎からこう教わったと、一人で三つの役を早替わって魅せる『怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)』の会見で中村勘九郎は言っていました。

なるほど傑作と呼ばれる歌舞伎作品には観客を喜ばせる演出が詰め込まれています。そして、あっと驚かされる早替わりや宙乗りといったケレン味溢れる作品には興奮を覚えます。“ケレン”とは観客を驚かせるための歌舞伎独特の大胆な演出のこと。常連も初見の客もその“オモテナシ”でたちまち心をわしづかみにされてしまうのです。

江戸時代に生まれた歌舞伎は、多ジャンルの芸能を自分流にアレンジして取り込んでしまう柔軟性があります。能や狂言、人形浄瑠璃や、多種多様な音楽に舞踊、最近では漫画やアニメを原作にした新作歌舞伎が誕生しています。

作品の種類も、同時代の庶民の生き様を題材とした“現代劇”である「世話物」では、遊郭や恋愛、心中、強盗、殺人など刺激的な内容が多いのが特徴。江戸時代以前の物語は“時代劇”ですので「時代物」と呼ばれ、公家や武家社会の事件、お家騒動をテーマとした壮大な作品。そのような古典を継承する一方で「新作」も生み出し続け、義太夫、長唄、常磐津、清元など様々な音楽と共に、舞踊作品も多彩なレパートリーがあります。

400年の歴史を誇り、千を超える作品の中から誰が観に行っても楽しめる作品をご紹介します。

豪快なぶっ返り【一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)】

【茶屋の椅子をシーソーにして遊んでいたお殿様が 一転、キリリとした姿に!】

志村けんのバカ殿様のモデルになったといわれているのがこの『一條大蔵譚』。

源氏の血を引き、武芸に秀でた一條大蔵は、時の権力者・平清盛に命を狙われぬよう阿呆のフリをした“作り阿呆”を続けています。

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公家の一條大蔵卿は世間では阿呆ともっぱらの噂。能狂言に連日うつつを抜かしています。妻で源義経の母・常盤御前さえも楊弓遊びに興じています。

清盛から“払下げ”になった妻の常盤御前は源義経の母。常盤は楊弓の的の下に清盛の似顔絵を貼り、心密かに平家転覆を願っています。しかし、その願いを清盛に内通する悪臣・八剣勘解由(やつるぎかげゆ)に知られてしまいます。

そこへ御簾(みす)の陰から突如として長刀が。勘解由をしとめたのは、本性を現した大蔵でした。

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弓の的の下に平清盛の絵を発見し、平家に告げ口しようとした家老を斬って捨てる大蔵卿。源氏再興のため、作り阿呆で平家の目をあざむいていたのです。

一瞬で衣裳が替わる“ぶっ返り”は、歌舞伎ならではの早替わりの手法。後見が裾を後ろから広げ、掲げ上げて決まる見得は、孔雀のような華やかさ。

歌舞伎らしい格好良いオチでラストは決まり、スッキリ上機嫌での幕となります。

圧倒的な早替わり【慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)(伊達の十役(だてのじゅうやく))】

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三代目猿之助が150年ぶりに復活させた狂言。上左から(1)土手の道哲、(2)累、(3)絹川与右衛門、(4)高尾太夫、(5)足利頼兼、下左から(6)細川勝元、(7)荒獅子男之助、(8)乳人政岡、(9)仁木弾正、(10)赤松満祐の十役を一人で40回以上の早替わりで演じ分ける。

【早替わり劇の代名詞的復活狂言。そのスピードの速さについていけるか!?】

三代目市川猿之助(現・猿翁)が約150年ぶりに復活させた伊達騒動ものの復活狂言。実際に江戸時代の仙台藩伊達家で起きたお家騒動をもとに、家老一派がお家乗っ取りをはかって藩主を隠居、後を継いだばかりの幼い藩主も毒殺しようとする。『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』で有名な話です。

猿之助は我が子を犠牲にして幼君を守る難役・乳人政岡(めのとまさおか)から、政敵の家老・仁木弾正(にっきだんじょう)など十役を早替わりで一人で演じきります。

サービス精神旺盛な猿之助は、序幕の前にパネルを使い、主役本人による人物相関図などの解説を加えました。この演出はその後演じた松本幸四郎や市川海老蔵にも引き継がれています。

大鼠が出てきたり、屋敷が一気に崩れさる“屋体崩し”に“宙乗り”と、見ごたえ続きの大作です。

華麗な立廻り【日本振袖始(にほんふりそではじめ)】

【『古事記』でおなじみスサノオ、ヤマタノオロチ、岩長姫が華やかに立廻り。】

神話に題材をとった舞踊劇。出雲の村では年に一度、ヤマタノオロチを恐れ、人身御供を捧げます。この年は稲田姫という可憐な美女。そこへ現れた岩長姫は、八つの瓶に満たされた供え物の酒を毒入りとは知らず悦に入って飲み干します。毒を入れたのは、稲田姫の婚約者・スサノオノミコトの策略でした。

岩長姫の正体は、なんとヤマタノオロチ。女性が女性を襲うという斬新なアイデアが光ります。

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稲田姫と共に酒瓶を献上し、岩長姫を酔わせるスサノオノミコト。実は毒酒で、正体を現したヤマタノオロチと格闘のすえ、退治。

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己の醜さに美女を憎む岩長姫。村では大蛇・ヤマタノオロチを恐れ、毎年一人、人身御供を捧げる習慣がありました。今年の生贄は長者の娘・稲田姫。

岩長姫は顔に恐ろしい隈取(くまどり)に金と黒の三つ鱗の衣裳を着たヤマタノオロチとなって再び登場するのですが、歌舞伎では打杖を手にした八人の役者が連なり、一体となって表現します。動きのある立廻りの途中で静止してポーズを見せる“見得”は、形が決まるとまるで江戸時代の錦絵そのもの。歌舞伎の様式美をどうぞご堪能ください。

斬新な振付【黒塚(くろづか)】

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安達ケ原で糸繰りをしながら日がな一日を過ごす老女・岩手。そこへ一夜の宿をと旅の高僧が訪ねてくる。久しぶりの"もてなし"に喜び、月夜に踊り出す。

【一夜の宿を頼んだ高僧に、人を食らう安達ケ原の鬼婆が襲いかかる舞踊劇。】

もとは能にある安達ケ原の鬼婆の伝説です。高貴な僧が一夜の宿を老婆に頼むところから物語は始まります。寝屋だけは覗いてくれるなと言い残し、老婆は薪を拾いに出かけます。

一面の薄(すすき)が原。見事な望月に気が軽くなった老婆は杖を片手に陽気に踊り出します。帰路、覗くなと言われた寝屋を見て、あわてふためいて逃げてくる僧の手下・強力と鉢合わせた老婆は、「覗いたな」と刹那に本性を現します。

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鬼女に変化し、逃げる高僧らを追いかけてくる岩手。高僧は不動明王の呪文を唱え、ついに鬼女を祈り伏せます。

初代市川猿翁がロシアンバレエから取った躍動的な振付が観る者の心に残ります。

手をつかず、直立したまま前に倒れる“仏倒し”は、鍛錬を積んでいないと大ケガを負う荒技です。

大掛かりな仕掛け【東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)】

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妻・岩に愛想を尽かしていた民谷伊右衛門は、隣家の伊藤喜兵衛の孫娘・梅からの求婚を受け入れます。喜兵衛からの毒薬で岩の顔は腫れ、悶絶し、絶命します。

【“四谷様”と今もあがめられる有名な“お岩さん”の復讐譚。】

“お岩さん”で有名な怪談。商家の娘に言い寄られた民谷伊右衛門は、欲に目がくらんで乳飲み子を抱える妻・岩を亡き者にしようと企みます。

見どころは、岩の髪がごっそり抜け落ち、顔がたちまち崩れる“髪すきの場”と、岩が絶命した後、幽霊となって夫に復讐する数々の大仕掛けです。

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幽霊となって伊右衛門に復讐する岩。祝言の夜、化けて出てきた岩の首を落としたと思った伊右衛門ですが、死んだのは岩に取り憑かれた梅でした。

大提灯がパッと燃え、その中からお岩さんが急に飛び出してくる仕掛けは、大きな箸箱のフタをスライドするかたちで行われます。

“仏壇返し”は、仏壇にもたれかかった悪役を、急に現れたお岩さんが、中に引きずり込んでいくもの。今見ても目を奪われるイリュージョンのような仕掛けの数々は、すべて江戸時代に考えられていたのです。ほかにも早替わりの“戸板返し”など見どころがたくさん。

スリリングな展開【恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)(封印切(ふういんいきり))】

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相思相愛の遊女梅川と忠兵衛。横恋慕した八右衛門が梅川を身請けしようとします。忠兵衛は負けじと手をつければ死罪となる公金の封印を切ってしまうのです。

【究極の愛を描いた上方歌舞伎の代表作。メンツを潰された男がとった驚愕の行動……。】

男女の切ない恋模様や心中物を得意とした近松門左衛門。

大坂の飛脚問屋の養子・忠兵衛は、ひょんな出会いから遊女・梅川と相思相愛の仲になります。

それに横恋慕した飛脚問屋仲間の八右衛門が、金に詰まった忠兵衛を横目に梅川を身請けしようとします。

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忠兵衛に金がないのを知った梅川は何ということをしてくれた、と彼を責めます。行く場所のない二人は忠兵衛の故郷・新口村へ死出の旅路に出るのです。

梅川を手放したくないばっかりに、その場に居合わせた忠兵衛は懐に預かっていた手をつけたら死罪となる公金を取り出し、封印を切ってしまう。命よりも恋を選んだ忠兵衛の行為に、観る者はハッとさせられます。

晴れて夫婦となった二人。しかし、その先に待つのは死しかありません。雪の中、二人は忠兵衛の故郷・新口村を目指し、死出の旅路に出るのです。

驚きの宙乗り【ヤマトタケル】

【三代目市川猿之助を世界のENNOSUKEにした新作歌舞伎の代表作。】

2年ものロングラン公演を重ね、三代目猿之助(現・猿翁)が“スーパー歌舞伎”という新ジャンルを確立した伝説の作品。

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兄殺しの罪で熊襲(くまそ)平定を命じられた小碓命は、平定後、ヤマトタケルを名乗ります。しかし山神退治に草薙剣(くさなぎのつるぎ)なしで出掛け、都を目前に瀕死の重症を負う。

後にヤマトタケルとなる主人公の小碓命(おうすのみこと)には、邪悪な野心を抱く双子の兄・大碓命(おおうすのみこと)がいました。帝に気に入られている小碓命を亡き者にしようと、ある日大碓命は弟に斬りかかります。

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妻子の待つ都を目前に、足が三重に曲がり、ついに絶命するヤマトタケル。白鳥に化身したタケルは夢を追い続けるため、飛び立ち、天翔けるのです。

争い合う兄弟が舞台中央の柱の後ろを廻って出てくると、あら不思議、先ほどまで弟を演じていた猿之助が兄になっている。また柱の背後を廻ると、弟に戻っているのです。

炎や雪などをケレン味溢れる演出で魅せる。歌舞伎では日頃行われないカーテンコールに応える猿之助に、客席で見ていた十七代目勘三郎は興奮して客席の上に立ち上がって惜しみない拍手を送ったといいます。

『クロワッサン』1054号より

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