「渡鬼」新作はハッピーエンドで 石井ふく子プロデューサー、盟友・橋田壽賀子さんとの別れ初告白

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  • 更新日:2021/04/07

脚本家、橋田壽賀子さん(享年95)の訃報から一夜明けた6日、「渡る世間は鬼ばかり」などでコンビを組んだプロデューサー、石井ふく子さん(94)が本紙の取材に対応。永遠の盟友は、橋田さんからの“遺言”や葬儀、最期の別れ、病床で今秋放送予定だった「渡鬼」の打ち合わせをしていたことを声を詰まらせながら初告白した。

4日の朝、橋田さんの容体が急変したという電話があって、車で飛んで行ったけど、臨終には間に合いませんでした。

橋田さんは、痩せられていたけど、きれいで優しい表情でした。寝ている姿に「どこいっちゃうのよ!? 帰ってきて!!」って言いました。(涙声で)後は何を言ったか覚えていません。その日は遅くまで橋田さんにそばにいて、熱海市内のホテルに泊まりました。

翌5日、熱海市内の斎場で荼毘にふし、TBSの佐々木卓社長も駆けつけてくださいました。

斎場の人から最初に橋田さんのお骨を拾うことを促されましたが、つらくて、悔しくて…。12、13人の少人数でしたが、温かく橋田さんを送ることができました。

最後に会ったのは2月。体調を崩して入院していた熱海の病院から都内の病院に転院して、急性リンパ腫が分かったんです。私は病院の先生に呼ばれ、橋田さんと一緒に病名を聞きました。

その後、「渡鬼」の次作のテーマを2人で話し合ったんです。コロナ禍で外に出掛けることもできず、ストレスがたまった現状をドラマに反映しながら、今までつらいことがたくさんあった岡倉家の姉妹やそれぞれの周囲の人との絆をハッピーエンドで描こう、と構成を話し合い、橋田さんも書く気持ちになって、準備をしていたんです。

最後に話したのは電話で3月の半ばです。常々、「橋田文化財団を続けてね。お願いね」と頼まれていましたが、このときは、今年の橋田賞(財団主催)が決まり、早めに発表する旨を伝えて、「頑張ろうね」と言い合いました。

「渡鬼」が始まる前の1989年、2人でタイのバンコクへ旅行しました。私は到着後に体調を崩してホテルで寝ながら構想を考えて…。見物が好きな橋田さんは一人で街へ出掛けていました。

4日目にやっと体調が戻り、新しいドラマのタイトルは何にするの?って聞いたら、橋田さんは「今、ことわざがいろいろあるじゃない。例えば『渡る世間に鬼はない』とか…」って言い出したので、「渡る世間は鬼ばかり」って言いたいんでしょと返しました。相手のことを鬼だと思う自分がすでに鬼、自分が鬼でなかったら相手のことも鬼だと思わない、という意味を込めてあのタイトルが決まりました。

どんな形でも、遺作でもある新作の「鬼」を放送したいです。(談)

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