そして俺は燥ぎ/小林私「私事ですが、」

そして俺は燥ぎ/小林私「私事ですが、」

  • WEBザテレビジョン
  • 更新日:2022/08/06

美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。

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/ イラスト:小林私

冷蔵庫から開けっ放しを報せる警告音が鳴るまで、俺は自分が何をしていたのか曖昧だった。

喉の潤いと共に記憶が再生される。そうだ、目を覚ますと共に、俺の体は喉の渇きに堪えかねて冷蔵庫の扉を力任せに開いた。そして備蓄してある冷えた新品の炭酸水をカシュとこじ開け、勢い口に流し込んだのだった。

床に投げ捨てた空っぽのペットボトルが外の光を乱反射している。光はもう何ヶ月も真っ赤なままだ。カーテンは閉め切ったはずなのに、いつの間にか重い布の間隙から一筋のくれないが床を伝って忍び込んできている。

はじめこそ目が灼けるほどに思った赤は、忌々しさと少々の煩わしさを伴うだけになって、今や比較のしようもない”色”という概念すら揺らぎ、半ば慣例のように「赤」と呼んでいる。

部屋があの光に満ちてから、如何ともし難い渇きに悩まされている。

俺は二本目のボトルを開けて今度はゆっくりと、喉を潤す実感のみに体を預ける。震えるほどだった渇きがようやくほどけた気がする。またたく間に大量の水を入れられた腹が重くなり、皮が突っ張る。乗り物酔いのし始めのような居心地の悪さにも、気付くな気付くなと言い聞かせている。このくだらない心理戦も何度目だろうか

比較的冷静になって備蓄の飲み物が底をついたことに思い当たった。あの日から暫くして水道も電気も止まったのだ。電力会社が先か水道局か、俺だってどこで働いていようと同じように出勤しなくなっただろう。責められることではない。はじめは一週間に一度くらいは買い出しに行けたのに、最後に外へ出たのはもう何年も前な気がする。一日に最低五本はボトルがなくなる、三十本入りの段ボールを五つ買えたのが最後だったから……面倒だ。

今、外はどうなっているのだろう。みな一様に同じ状況だろうか。何しろ腹は減らないし排泄もしない、とにかく喉が渇く。このままじゃ海を飲み干す勢いで、きっとそうしている者もいるだろう。俺だって近くに海や川があればそうしているはずだ。

どれだけ真っ赤な海や真っ赤な川であろうと、流れる水の音を聞けばたちまち四つ這いで口をつけてしまう。そうなるに違いない。

つまるところ水を飲んでいる間か寝ている間にしか安らぎは寄り添ってくれないのだ。今日もダメ元で蛇口をひねっても、涙ほどの水分も感じられない。

のろのろと寝室へ向かおうとした矢先、袖口に引っかかった皿が床へ落ちて、威勢の良い音を上げて粉々になった。いまさらゴミなど片付けたって仕方がない。一瞥もくれずに足を踏み出すと、チクチクとした痛みが足裏に広がる。無意識に手をやると、トロリとした水分を感じる。慌てて手の平を見た。

やった、水だ。

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