タイトルも掴みも極上エンタメ 熟練者の技が光る直木賞作家の最新作

タイトルも掴みも極上エンタメ 熟練者の技が光る直木賞作家の最新作

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  • 更新日:2021/06/10
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※写真はイメージです (GettyImages)

文筆家・鈴木聞太さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(桜木紫乃、KADOKAWA、1760円・税込み)の書評を送る。

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これぞコロナ時代に読む極上のエンターテインメントといってよいだろう。

規制や自粛ですべての娯楽が制限されたこの沈鬱(ちんうつ)なときに、せいぜい小説ぐらいは深刻じゃなく、明るい楽しい世界を味わいたいと願う者だが、そんな同志に薦めたい恰好(かっこう)の一冊である。

とはいえユーモア小説ではない。向田邦子「寺内貫太郎一家」風ホームドラマの系譜に近いといえよう。時代は昭和の後半、場所は北海道釧路、キャバレーで下働きをしている20歳の青年を主人公にした成長小説(ビルドゥングスロマン)。

タイトルにまず意表を衝(つ)かれる。一見工夫のない素っ気なさが、冒頭から読み進んで間なしに納得と膝を打つ。この妙手に半ば作者の術中にはまっている。

俺=名倉章介の勤めるキャバレー・パラダイス(200人収容だからかなり大きい)に師走、雪と寒風に吹かれて3人のしょぼくれた芸人がやってくる。

師匠=チャーリー片西は自称世界的に有名なマジシャンだが、鳩を落とす、トランプを落とすという失敗を売りにするすべりマジックでステージを成功させる味をもつ。ブルーボーイ=ソコ・シャネルはどん底のソコから這(は)い上がったシャンソン界の大御所を名乗る金髪の大男。顔は鬼瓦だが声は甘美、見事に喋(しゃべ)りと歌のギャップを演ずる達者ぶり。ストリッパー=フラワーひとみは大阪新地出の今世紀最大級のセクシーダンサーをかたるが、どう見ても28歳の若さにはほど遠い。

この4人が老朽化で今はほとんど使われていないパラダイスの寮で、ひと月足らずの共同生活をはじめるのだが、導入部の第一章で早々に以後の展開の気配が掴(つか)める。

この掴みの上手さは、河野多惠子『小説の秘密をめぐる十二章』にある「気配を伝える導入部」の項を思い出させてくれた。

<よい作品の導入部には、その作品の気配の手応えが早くも感じられている><よい導入部には(熟練の漁師の網打ちの手際のように)、熟練者の網打ちの手首のコツを感じさせるところがある>

本作の桜木紫乃の手際に熟練者の技を見た思いがしたのだ。

作家生活20年、『家族じまい』で昨年、中央公論文芸賞を受賞するなどの実力者だが、小説の舞台は北海道から離れていない。その土地のリアリティにこだわる精神が、細部にまで行き届いている。

そのことは起承転結の承にあたる第二章、章介の亡父の遺骨をめぐるエピソードで活かされる。

冬の釧路の丘の上にある墓地は無人で、名倉家先祖代々之墓とある墓石をずらして間借りする墓の後ろに、「サソリのテツ居士」とマジックの横書きで戒名を記す。そして寺の次男に生まれたソコ・シャネルの読経で法要というおかしみの中に、いかにもなリアリティが用意されている。

この明るさ、太さ、地に足がついた揺るぎなさは、俳人・金子兜太が称(とな)えたアニミズムに通じる心地よさを感じさせて楽しい。

オール讀物5月号のブックトークの欄で、

<ラジオ番組に呼んでもらった時、十九歳の頃の大竹(まこと)さんが、私の出身地である釧路のキャバレーへ営業に行った昔話をしてくれたんです。『その時のメンバーが“俺と師匠とブルーボーイとストリッパー”だったんだよ』って聞いた瞬間、生放送中にもかかわらず『その話、私に書かせてください!』とお願いしました>

と作者はお題拝借のテンマツを明かしている。

物語のラストがまたよい。

「元号が『平成』に変わって数日経った」ではじまる細々は紹介できないが、章介の感慨に胸打たれぬ者はいないだろう。

※週刊朝日  2021年6月18日号

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