林真理子は、なぜ「老害・暴走老人になりたくない」と心から思ったか? きっかけになった「有名人の名前」

林真理子は、なぜ「老害・暴走老人になりたくない」と心から思ったか? きっかけになった「有名人の名前」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2022/11/25
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野心を持つことの大切さを説き、46万部の大ヒットとなった林真理子『野心のすすめ』(講談社現代新書)。

このたび、それ以来9年半ぶりの新書となる『成熟スイッチ』(同)が発売され、大注目を浴びている。

ここでは、著者の林さんが「成熟」を意識したきっかけをご紹介しよう。

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50年後の別人

今から50年ほど前、日本大学芸術学部の学生だった私は、池袋のあんみつ屋でアルバイトをしていました。ところが人並み外れてトロくて動きが鈍い上に、言われた仕事を右から左にすぐ忘れてしまうのです。電話に出れば、相手の電話番号を復唱することが出来ない。数字の復唱は今も苦手です。

あんみつ屋のアルバイトのヒエラルキーでは、最上位のチーフだけがフルーツあんみつのトッピングをするのを許されていました。当然、私はやらせてもらえません。アルバイト初日から押された“使えない子”の烙印が消えることはありませんでした。

そんなある日、あとから入った高校生の女の子が、大学生の私を差し置いてチーフに任命されたのです。

「うそでしょ……」

最初はちょっと驚きましたが、次の瞬間には、

「きっと私はこれからも一生チーフにはなれないんだろうな」

と思ったものです。

その私が50年の時を経て日本大学の理事長になりました。あの頃、あんみつ屋で失敗ばかりしていた自分を筆頭に、いったい誰が想像出来たでしょうか。

理事長に就任した際のニュースを受けて、ネット上では「林真理子の野心もここまでくると清々しい」という声もあったそうです。しかし、この件に関しては野心ではなく使命感であり、運命だったと思っています。皇太子妃になる雅子さまに向けて曽野綾子さんが書いた「運命をお楽しみください」という言葉のように、「理事長になった運命を楽しもう」という気持ちでやっています。

ラッキーだったのは、就任する前に出した本が立て続けに売れていたこと。『小説8050』『李王家の縁談』『奇跡』とベストセラーを出せていたので、「作家で売れないから理事長やったんだ」と意地悪なことを言われなくてホッとしました。

寂聴先生と渡辺先生

人は年をとると外見だけではなく内面も変化していきます。よい方に変わっていくと、精神や人間性が成熟へと向かいます。

私の中で「成熟の完成型」として真っ先に思い浮かぶのが、2021年11月に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴先生です。人間は成熟しきると、大抵のことはどうでもよくなってくる。寂聴先生のように、いろんな人を受け入れ、いろんなことを許してあげるということは成熟の証だと思います。

寂聴先生の思い出はたくさんありますが、まだ昭和の時代、60代半ばだった先生が開かれたパーティーに、突然の婚約破棄が芸能ニュースで大騒ぎになった俳優さんの婚約者だった女性がやってきた時のことです。

いろいろと怪しい彼女のことを当時の私は嫌っていました。その俳優さんと出会ったきっかけにしても、たまたま楽屋に挨拶に行ったということでしたが、

「お芝居を観に行くだけのために、わざわざ振袖を着て行くわけないじゃん」

などと、よく悪口を言っていたものです。週刊誌も経歴詐称疑惑を特集したり、彼女は世間的にも札付き者のようになっていました。

ところが、パーティー会場で彼女を見るなり寂聴先生は、

「あら!◯◯◯ちゃん、よく来てくれたわね」

と、まさに仏のような笑顔で迎えたのです。寂聴先生は世間から叩かれるような人ほど大好きで、殊更にやさしく接しました。私は、

「先生、なんで彼女にそんなにやさしくするんですか」

と当時はまったく理解出来ませんでした。

ところが私も還暦を過ぎた頃から、あの時の寂聴先生の気持ちがわかるようになってきたのです。叩かれるような人だからこそ面白い。

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撮影/森 清

昔は「大っ嫌い」と思う人が世の中に掃いて捨てるほどいたのですが、最近は許容量が広がって、ほとんど誰とでも仲よくなれるようになりました。あまりに「いい人」になりすぎて怖いぐらいで、娘からも、

「ママなんて落とすの簡単だよ。『わー、ハヤシさん、会いたかったんですー』とかおだてられたらイチコロだもん」

と言われています。

渡辺淳一先生(2014年没、享年80)も、懐が非常に深いかたでした。ある時、渡辺先生にあからさまに取り入ろうとしている人がいました。心配になって、

「先生、あの人は絶対怪しいですよ、ヘンです」

と忠告したところ、

「もうこの年齢になったら、寄ってきてくれるだけで嬉しいんだよ」

と微笑んでおっしゃいました。渡辺先生の器の大きさに触れるたびに、疑り深い自分が恥ずかしくなったものです。

成熟の格差

年齢を重ねたからといって、人は自然に成熟に向かっていけるわけではありません。「老害」という言葉には肌寒い思いがしますが、ご存知のように「暴走老人」やその予備軍になってしまう人もたくさんいます。

スーパーの店先や電車やバスの中で、ちょっとでも自分の思い通りにならないことがあると声を荒らげる老人を見かけることがあります。身なりはそれほど悪くないのに、ちっとも幸せそうではない人たち。そんな時、私は彼らの人生を想像します。

ああ、会社にいたときはそこそこえらくて、言うことを聞いてくれる部下も少しはいたんだろうけど、定年を迎えたとたん妻には疎まれ、子どもは寄り付かず、友だちもいない。イライラするしかないんだろうなあ、と。

精神科医の和田秀樹先生が面白いことをおっしゃっていました。和田先生は腰が低すぎるほど低い方なので、あるとき私が先生に、

「東大の医学部卒って鼻持ちならない人が多いのに、なんでそんなに謙虚なんですか」

と伺ったことがあります。すると先生はこんな身の上話をしてくださいました。

「たしかに僕って灘中灘高卒で東大の医学部に行って、傲慢でとんでもなくイヤなやつだった。友だちも全然いなかった」

今の和田先生からは信じられませんが、性格が少々難ありで、医師として雇ってくれる病院がなかったというのです。そのため、和田先生は仕方なく本意ではなかった老人医療に携わることになったのだそうです。

「そこで見たのが、いくらお金があっても地位が高くても、性格が悪くて嫌われている老人には、誰も見舞いに来てくれないという現実。家族さえ訪ねてこない。年をとると人間の真価がわかる」

そこから和田先生は自分の性格を徹底的に矯正したといいます。そして現在は友だちも多く、皆に慕われ、ベストセラーも連発しています。

年をとって、後輩に成熟の素晴らしさを教えてくれる人と、老いの醜さを見せつける人がいます。若い頃には、それほど違いがなかったかもしれない人たちが、歳月を経ると、まるで別世界の住人のように振り分けられていきます。成熟にも格差が生じてくるのです。

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