
タワマンを検討しつつも、高層階の物件には興味を示さなかったAさん。その旨を営業マンに話したが、営業マンの巧みな営業トークに「購入できるかも」とその気になってしまう…。そして誘惑をしてくるのは不動産屋の営業マンだけではない。前編記事『憧れの「地上30階のタワマン生活」に夢が膨らみ…世帯年収「1400万円」の「パワーカップル」に降りかかった「悲惨な末路」』に引き続き、タワマン購入を検討するパワーカップルのAさん夫婦の末路を紹介する。
言葉巧みな営業トークにその気になってしまったAさん
営業マンはここだけの話と前置きして、「タワーマンションには“上層階を所有しているほうがエライ”といったなんとも品のない価値観が存在している。上層階であるほどに販売価格が上がるのも事実だが、そのぶん資産性も高く将来的な値上がりにも期待できる。手が届かない方にこんな話はしないが、Aさんなら充分に購入可能である」として営業マンが差し出した資金計画は以下のようなものである。
金利は3年間固定金利特約で0.7%。借入金額は1億。月々の返済額は当初3年間で月々約268,000円(ボーナス返済なし)。夫婦の世帯年収にたいする返済負担率は22.97%である。

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営業マン曰く、借入金額が高額なので躊躇するのも分かるが、返済負担率は25%までであれば安全圏だと言われている。それからすれば「Aさん夫妻の年収であれば無理な支払い金額ではない」とのこと。
また「いつ必要になるかわからない自己資金に手を出すよりも、今は金利も低いのだし、何か不足の事態があった場合でも団体信用生命保険でカバーされる。Aさんなら無理なく借り入れできるのだから、できるだけローンを借りたほうがお得」だと言う。
月々約268,000円は厳しいが、ボーナス払いを併用すれば月々の負担額を減らすこともできる。1億円を超える物件の購入など「夢」だと思っていたが、話をきくほどに現実味がおびてきた。
営業マンの決め台詞
とどめになったのは、
「高額な買い物ですから悩まれるお気持ちは充分に理解できます。ですが奥様や娘様はずいぶん気に入られているご様子だとお見受けしました。一般の方であれば購入も難しい高額物件ですが、Aさんご夫妻であれば充分に手が届く物件ですし、何より人気物件で注目を浴びています。悩んでいるうちに他の方が購入してしまいますよ」
と、売約済みの花がたくさんつけられたボードを指し示しながらの営業トークだ。

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一度自宅に戻って家族で相談したかったが、
「悩んでいるうちに他の方に契約されてしまう。ひとまず申込金を収め書類(申込書)に署名してもらい既得権を得てしまうほうがよい」と促された。
この時点で固定資産税や管理費・修繕積立金のほか、入居者の生活レベルにあわせての暮らしにまで考えが及んでいればその後の悲劇は防げたのかも知れない。だが営業マンは考える猶予もあたえずたたみかけてきた。
Aさんとしてはとりあえずとの気持ちで申込書を差し入れたのだが、気がつけばあれよあれよという間に契約日や住宅ローンの申込先などについても話が勧められていた。
パワーカップルにはすこしでも多く貸しつけたい金融機関の心理
何とか契約にこぎつけたいのは不動産の営業マンだけでない。金融機関にも同様のことが言える。
パワーカップルはいうに及ばず、安定した生活をしている人に対し少しでも多く貸し付けたいのが金融機関の本音である。とくに住宅ローンは事業融資などと比較しても「貸し倒れリスク」の低い金融商品である。
貸し倒れリスクが低いからほとんどの場合確実に回収できる目処がたつうえに、金利を安くしても長期的にみれば貸付金額以上の利息を得ることができる。「安全で確実性の高い利益が得られる」のだから1件でも多く住宅ローン扱いたいのだ。

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ただ誰にでも貸し付けていては事故率が高まるため、金融機関は一定の審査基準を設けている。
大別すれば物件の担保評価と人的評価であるが、日本の金融機関は人的評価を重視する。なかでも勤務先属性や勤続年数、所得、金融事故歴などは最重要の審査項目だ。
一般的な勤務先の場合、年収にたいする住宅ローンの家計負担の割合いわゆる返済負担率は20~30%までである。
だが公務員を筆頭に上場企業や医師など社会的にステータスが高い勤務属性にたいしては、返済負担率も個別に判断される。つまりは取り逸れる危険性の少ない先には少しでも多く貸せとの心理が働いているのだろうが、所得によっては返済負担率が50%に達していても承認されるケースもある。
破綻した理由は何か
前述したようにAさん夫婦は数年後、任意売却によりこのマンションを手放すことになる。理由は言うまでもなく返済が滞ったからだ。
何が原因であったか。理由は様々にあるが結局のところ無理をしすぎたのだ。
住宅を購入される方は少なからず無理をされる。
逆説的に言えば多少の無理をしなければ購入できないのが不動産だ。だがそれも程度の問題である。無理のしすぎは破綻をまねくからだ。
「借り入れできる=支払える」という単純なものではないからだ。
Aさんの場合、まず営業マンの言いなりで住宅ローンを3年間固定金利で申し込んだことにある。

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3年間固定金利は、金融機関が目先の金利を低く設定し顧客を募集するための手段である。この特約期間中ほとんどの金融機関は逆ザヤとなり赤字なのだ。利益は特約期間終了以降に回収する。もっともそのようなロジックは誰でも気がつくので、特約期間終了後は店頭基準金利から数%マイナスという優遇を設けているが、いずれにしても当初の支払い金額よりは増加する。
さらに登記費用や不動産収得税など、ローン以外に必要な経費や毎年の固定資産税、月々の管理費や修繕積立金・駐車場代などについての理解も不足していた。
つまり住宅ローンの支払金額だけに目がいき、それ以外に必要な経費にまで考えが及んでいなかったのだ。
タワマンでの生活がさらに返済を苦しくさせる
返済が厳しくなったのはそれだけが理由ではない。
全てのタワーマンションに当てはまるものではないが、住人同士の見えの張り合いがある。駐車場に停めている自家用車の値踏みはもちろん、マンション内ですれ違うときの互いの服装や持ち物などが目ざとく比較される。いわばセレブの中のヒエラルキーといったものが存在しているのだ。

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実際にそれまでは車など乗れれば良いと考えから、一般的なグレードの大衆車を定期的にメンテナンスしながら大切に乗っていた。だが、タワーマンションの駐車場に隣り合う車はいずれも高級車だ。誰に指摘される訳でもないが脅迫観念が生まれる。
もともと車に興味のなかったAさんも、「この車では恥ずかしい」という家族の言葉に後押しされ思い切って高級車に乗り換えた。それ以降も着る服や持ち物など一次が万事そのような状態が続く。
世帯年収が1,400万円あっても生活レベルをあげていけばいずれ追いつかなくなる。気がつけば住宅ローンの支払に困窮するようになった。その後の末路は前述したとおりである。
最初から無理をしなければ良いと思うかもしれないが…
分不相応の見栄をはった当人が悪いとおっしゃる向きもあるだろう。だが実際に暮らし始めるとそう簡単に割り切れるものではない。実際にAさんの奥様も派手好きなタイプではない。
夫婦ともに公務員なのだからもともとそのような傾向はなかったのだろう。だが朱に交わればではないが、素直であるがゆえに周りからの影響を強く受け感化されたとも言える。
また今回は、プロである不動産営業マンに「返済ができないような融資なら金融機関も貸付しない。Aさんは問題なく承認されたのだから大丈夫」と言われ、融資承認してくれた金融機関を信頼して購入したといった経緯もある。それぞれのプロが大丈夫と言っているのだ。不動産や金融に詳しい知人でもいなければ信頼してしまうのも無理もないだろう。

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ただ、「この融資額であれば大丈夫です」、「将来このマンションは価値が上がります」、何を頑張るのかしらないが「一緒に頑張りましょう」という営業マンが契約後の面倒を見てくれることはない。
憶測ではあるがAさん夫妻の場合、金融機関によっては2億ぐらいの借り入れも可能だったかも知れない。だが住宅ローンは「借り入れできる=支払える」ではない。
住宅を購入して失敗しないためにも、それを念頭に物件を選択することが大切だということだ。