「売れる営業」になるための営業本は古今東西たくさん出版されています。でも本を読んだだけではすぐに売れる営業にはなれません。書いてあることを様々な角度で試し、自分なりの「技」を見つけて、初めてコツをつかめるのです。
例えば、全米No1営業と称されたフランク・ベドガーの『私はどうして販売外交に成功したか』という営業術の本があります。はじめは売れない営業だったベドガーが『人を動かす』で有名なデール・カーネギーに出会い、全米で最も稼ぐ営業へ変貌した秘訣を書いた本です。その中で相手を知るために必要な質問術が書いてあり、練習して身につけろと説く箇所があります。しかし実際にどんな質問が良いかは、商材によっても違うので、場数を踏んで顧客の反応を見て、徐々に身に付けるしかない。それでも本当にトップ営業になれるのは一部の人です。
営業とは、購買意思決定に向けて人を動かす「アート」である
売れる営業に育つ過程は、柔道や空手などの武芸で「技」「芸(アート)」を習得する過程に似ています。人によっても違うし、全員が最高の営業パーソンになれるわけではない。その意味で、私は営業は「アート」だと思っています。
一方、営業パーソンを取りまとめ、より業績を上げさせる「営業マネジメント」は、「科学」であると私は思っています。百人百様の営業パーソンを観察し、分析し、売れている本当の要因を探す。そして、それを他の営業パーソンにも活用して実証し、再現する。その過程はまさに科学そのものです。仮説を作るセンスは必要ですが、分析手法は学べば出来るようになります。
マネジメントの皆さんは、自身が優秀な営業パーソンであった方も多く、「アート」の部分は十二分にお持ちかもしれません。ここに科学的なアプローチを取り込むことで、営業マネジメントを更に成功させ、企業をより大きな成長に導くことが出来ると思っています。
第一回の今回は、営業改革を進めていく上で、マネジメントに科学的なアプローチがなぜ大切なのか、営業改革でどう「科学」するのかを具体的に理解するため、ある営業部長・Aさんのエピソードを例に考えてみます。
営業マネジメントは「勝ちパターン―勝つ本当の要因」を見つけ、再現させる「科学」である
Aさんは、とある化学メーカーで営業部長に就任しました。そこでは、「わずかな営業員が売上げの大部分を稼ぎ、全く稼いでない営業員が多いので何とかしてほしい」と社長に言われていました。早速Aさんは、40人の営業員の年間売り上げの「バラつき」を分析しました。ちなみに生物学でも物理学でも、科学分野ではまず「バラつき分析」をするのは鉄則の一つです。

本記事に向けてMcKinseyにてケース作成
早速40人の売上を並べると、かなりバラついている…。最上位の10名と最下位の10名では、平均売上げが25倍も違う。最上位の10名だけで、事業部全売上の65%も稼いでいたのです! 確かに社長の言うように「一部が大部分を稼いで」います。
Aさん「何故、こんなにも差が生じるのか…?」
どのように売れる営業パーソンの真の「勝ちパターン」を見つけ、展開するか
この事業部では、客先の工場や事業所に営業が電話営業や直接訪問して商材を売りに行きます。事業部では「一日4訪問」運動も展開しお客様への接触数を重視しています。そこで、Aさんは訪問数に着目し、
年間売上= 年間訪問数x1訪問あたりの獲得案件数x獲得案件あたり売上
と分解して考え、営業員のデータを集めて分析をしました。すると意外な結果が出ました。

本記事に向けてMcKinseyにてケース作成
まず、差の一番の理由は訪問回数ではなく、「1案件あたりの売上規模」でした。しかも最下位グループだけ極端に小さい。
Aさん「最上位グループは一案件の売上規模が25万円もあるのか。対して最下位は6万円。売れる営業は一体何を売ってこんなに稼げているのだろう…。」
勝率、つまり「訪問あたりの獲得案件数」にも大きな差があります。最上位は平均3回訪問で1案件売れているのに対し、最下位は10回訪問でやっと1案件なのです。
差の小さな訪問回数も、最上位と最下位では1.8倍の差があります。最上位グループは1日4.5回ですが、最下位グループは1日2.5回だけ。
Aさん「目標の4訪問も全然やってない……。サボっているのか?」
「なぜ」を5回繰り返すことの重要性
ここで最下位グループを呼び出して「もっと訪問しろ!」と言っても解決にはなりません。トヨタの大野耐一氏の有名な言葉「なぜを5回繰り返せ」がここで必要になるのです。本当の要因を見つけ出すのに、なぜを問い続けるのかは重要なこと。
Aさん「最下位グループの訪問回数が少ないのは、何か理由があるのでは?」
もう少しデータを分析すると、最上位グループは30代から40代の中堅の営業パーソンが多く、また付き合いの長い優良顧客が多いことが分かりました。一方、最下位グループは20代の若手がほとんど。顧客も新規が多い。
Aさん「勝率や売上規模の違いは、経験の差や顧客の差で説明できそうだ。でも、訪問回数は? やっぱりサボってるんじゃないのか?」

本記事に向けてMcKinseyにてケース作成
データ分析ではこれ以上わからないと判断したAさん。最上位グループと最下位グループから、それぞれ何名かを観察するとともに、同行訪問をお願いしてみました。
営業同行をすると、最上位グループの勝率や売上規模が大きい理由が、優良顧客だからという理由だけではないことが見えてきました。彼らは本当に先方の話をよく聞きます。そして、必ず次回までの宿題をもらい、次の提案につなげています。複数の商材を提案し、クロスセルにも成功しています。
Aさん「最上位グループの1回あたり売上が多いのは、複数の商品をクロスセルできていることにあるのか!」
また、新規顧客の訪問でも、事前に良く調査し、商材の仮説を作りこんでいます。事前調査には、なんと最下位グループの若手を活用していました。
Aさん「売れる商材の仮説を作りこんで行くから、新規でも勝率が高いのだな」
一方、訪問回数が少ない最下位グループ。彼らは先輩からデータ分析や資料作成を依頼されており、訪問に時間を使えないために訪問数が少ないことが分かりました。サボっているわけではなかったのです。
だんだん各グループの実情が分かってきたところで、再びデータを見ると、入社3年目の若手でも二番手のグループに属するほど高い営業成績の人もいます。
Aさん「同じ年次でも勝率に違いがあるのは何故だろう?」
さらに観察すると、最下位グループの訪問の半分は先輩への同行で、自身の売上にカウントされない。これがデータ上、勝率が低く見える理由のようです。データ分析や同行訪問は学びになるので、新人のあいだは良いでしょう。しかし入社5、6年目で最下位グループにいる営業員もいました。
Aさん「3年目で稼いでる営業もいるのに、5年も経って、さすがに先輩にこき使われすぎでは…」
勝率が低く、売上規模が小さい別の理由も見えてきました。彼らはお客様が欲しいと言うものだけ、少ない量を売る。また、お客様のニーズをヒアリングして提案、が全くできていません。
Aさん「出来る先輩にこき使われてデータ分析や同行もしているのに、そこから売れるやり方を全く学べていないんだなぁ」
こうして、Aさんは「なぜ」を繰り返し、観察とデータ分析を往来し、解くべき真の課題を見つけていきます。その後は、苦心しながら、営業チーム再編と効果的なクロスセルと提案営業、コーチングの仕組みを作り、営業改革を進めて、大幅な業績改善に成功するのですが、それはまた別のお話です──。
「科学」と「アート」を組み合わせて、営業改革を成功させる
Aさんが営業改革に成功した一番の理由。それは、やはり営業マネジメントを「科学」と捉え、問題の根本原因を特定できたことです。「訪問回数が原因では?」と仮説を立て、本当の原因を突き止めるまで「なぜ」を何度も繰り返し、分析や観察を繰り返す。その結果、真の原因は、最初に考えた訪問回数ではなく、ヒアリングや提案営業のスキルの差、学ぶ意識の差にあることが見えてきました。
今回は、中小企業への訪問が多い営業だったため、訪問回数を切り口にしましたが、何が切り口になるのかは営業のやり方によって異なります。例えば、大企業のキーアカウントが顧客の大部分を占める場合は、訪問回数は良い指標にならず、売上規模やクロスセル比率が良い切り口になったりします。
このお話は、私が複数の企業で営業改革をした経験を組み合わせたものですが、実際にこのような科学的なアプローチにより、営業組織のかなりの課題を洗い出すことが可能です。もちろん、課題発見は営業改革の序章に過ぎませんが、最も大切なプロセスです。その後に、組織再編やコーチングを通じて「人を動かす」「組織を動かす」部分は「アート」の要素も多く、苦労も多いでしょう。しかし最初の診断を間違えると、無意味な改革になってしまいます。お医者さんと一緒です。10時間にも及ぶ難関な脳外科手術に成功しても、最初の診断で真の病巣を当てられていなければ、意味がなくなってしまいますから。
経営者やトップマネジメントの皆さんも、「営業マネジメント」という「科学」を取り込んでみてはいかがでしょうか。
倉本由香利◎マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー。東京大学理学部卒、同大学物理学修士、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士(MBA)。製造業を中心に、数々の営業改革、営業デジタル改革、売上成長改革、新規顧客開拓、ソリューション営業改革等を支援。マッキンゼーのアジア太平洋地域、および日本における成長・営業・マーケティンググループのリーダー。二児の母で、マッキンゼーにおける女性活躍推進プログラムのリーダーの一人。