80年代ホンダの独自ブレーキ機構「インボードディスク」を覚えているか?

80年代ホンダの独自ブレーキ機構「インボードディスク」を覚えているか?

  • モーサイ
  • 更新日:2022/11/25
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CBX400Fから採用が始まった「インボードディスクブレーキ」

とっくに無くなってしまったけれど、登場時はすごく称賛された──工業製品の発展途上期にはそういう「発明」が数多生まれる。バイクとて例外ではなく、ホンダのコムスターホイールなどもその一つだろう。そしてほぼ同時期の1980年代、コムスターホイールとセットのように登場しつつ、数年で姿を消した「インボードディスクブレーキ」を覚えているだろうか。

初採用は1981年10月発売のCBX400Fからで、無論世界初。正式名称は「インボード・ベンチレーテッドディスク・ブレーキシステム」という。

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CBX400Fのインボードディスクブレーキ。

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CBX400Fのインボードディスクブレーキ内部構造。

革新的なカバー付き鋳鉄製ディスク

VT250F(1982年5月発売)の広報資料で同機構について詳しく説明が行われているので、その一部を引用する。

『従来のディスクブレーキは、ディスクプレートがホイールハブの外側に取り付けられ、その外周部からブレーキキャリバーで、はさみつけて制動力を得る構造ですが、インボードディスク式の場合はホイールハブの内部にディスクプレートを内蔵し、その内周部からブレーキキャリバーではさみつける構造となっています。
その結果、ディスクと一体に回転する遠心ファンをディスク外周に設けることができ、大きな吸入口から取り入れられた冷却風は、ベンチレーション効果をもつディスクプレートを冷やし、このファンにより強制的に排出されます。強制排出は、冷却風の吸入量をふやすという好結果を生んで、ホイールハブ外周面に設けた冷却用フィンとともに放熱効果をさらに高めています。ディスクプレートは優れた制動力の得られる鋳鉄製を採用。さらにホイールハブ内への小石などの飛び込みを防止するため、エアの導入口、排出口には各々ガードプレートを設けています』

構造図も参照してほしいが、外観の特徴は、エアスクープ付きのカバーに覆われ、ディスクプレートが見えないこと。導風と熱の排出効果により、ブレーキ多用時にも安定した制動力を確保しているが、肝は従来の2輪用ディスクプレート(ローター)がステンレス製だったのに対し、鋳鉄製を採用したことにあるだろう。

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初代VT250Fのインボードディスクブレーキ説明図。

CBX400F(1981年)

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■1981年10月発売のCBX400Fがインボードディスクブレーキ初採用車。ホンダが満を辞して投入したDOHC並列4気筒の400ccモデルは大ヒットを記録、ブーメランコムスターホイール+前後インボードディスクブレーキのデザインも斬新だった。最高出力48ps/1万1000rpm、最大トルク3.4kgm/9000rpm、車両重量189kg。

初代VT250F(1982)

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■「打倒2ストローク」を掲げ、ヤマハ RZ250に対抗すべく250ccクラスに投入されたVT250F。超高回転まで回る水冷90度V型DOHC2気筒エンジン、前輪小径16インチ+インボードディスク(後輪はドラム)で強いインパクトを与えた。最高出力35ps/1万1000rpm、最大トルク2.2kgm/1万rpm、車両重量162kg。

実はそれほど効かなかった!? 1970年代のディスクブレーキ

2輪の量産車において世界で初めてディスクブレーキを採用したのは1969年登場のCB750Fourだが(前輪)、1970年代には普及が進んでいく。
当時のディスクプレートも現代同様にステンレス製だったが、表面はのっぺりしたものだった。
今ではスリットや穴開け加工のドリルドプレートは当たり前だが、ディスクの登場当時は外部に晒されたプレートの耐久性(割れや損傷)が未知数だったのだろう、厚さに余裕も持たせ、切削加工も施されていなかった。

そんな黎明期のディスクブレーキは雨天時はプレート表面に水膜が出来るため制動力が落ち、制動を多用してディスクが熱を持った際は歪みが生じて性能も操作感も落ちる──と、まだまだ発展途上だったのだ。
さらに1970年代のディスクブレーキは重く、ドラムブレーキに対し性能面で絶対的な優位性があったとも言いづらいのだが、そこへ出てきたのがインボードディスクブレーキである。

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1969年登場のホンダ CB750Four。フロントブレーキに量産市販車として世界初となるディスクブレーキを採用した。

ディスクブレーキの材質には、主に2輪車用で用いられるステンレス製と、4輪用で使われる鋳鉄製があり、傾向としては今も変わらない。ステンレス=stainlessの名の通り錆びにくく、減りにくいとも言われ、ディスクが外部に晒される2輪車では利点が多い。反面、制動力は鋳鉄製より劣ると言われる。

一方、4輪車用に鋳鉄が使われるのは錆びても目立たないことや、減りが比較的早くてもその分2輪車用より厚めプレートにしておけば問題ないからだ。そこで、ホンダは2輪車への鋳鉄製ディスクの活用を考えてインボードディスクブレーキを開発。外部カバーで耐食性を高めて錆びも目立たなくしたうえに、導風&排出口でディスクの熱は放出する。当時の2輪車用ディスクブレーキの中で、一段上の性能を目指したのだ。

「真綿フィーリング」と評された効き味

個人的な話になるが、筆者が初めて所有した自動二輪車が発売間もないVT250F(1982年の初期型)だった。実際、同車のブレーキは良く効くうえにコントロールしやすかったのが強く印象に残っている。当時のバイク雑誌などではこのブレーキの性能を「真綿フィーリング」と紹介していた記憶があるが、制動力は急に立ち上がるのではなく握るほどにじわっと効き、最後はピタッと止まれるとでも表現したらいいか。

そして、ブレーキレバーを握る最初の微制動の領域がわかりやすくも感じた。VT250Fのライバル、ヤマハ RZ250の前輪は通常のシングルディスクだったが、これより洗練され、節度ある操作感や把握しやすい制動力という点で、インボードディスクブレーキは確かにメリットがある印象だった。

中身が隠れているため、メンテナンスしづらい側面も

一方、気になる点もあった。
雨天走行後など、錆び色の汁状のものがエアスクープ付近から垂れてくること(鋳鉄ディスクが錆び、それが流れ出てくるのだろう)。
カバーを外せば目視可能なものの、パッドの減り具合を確認しづらい。
パッドの交換がオーソドックスではない(やり方を覚えれば問題ないのだが)。
……などだ。

当時10代でバイク経験の浅かった筆者には、ブラックボックスのように感じた次第。パッドの減りの確認も、交換の仕方もわからないまま1万数千キロを乗り、ほぼノーメンテで全体的に調子を落としたところで手放してしまった。

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初代VT250Fのインボードディスクブレーキ。

90年代を待たずにフェードアウトしたインボードディスクブレーキ

さて、インボードディスクブレーキは、前述したCBX400F、VT250Fのほか、国内のミドルスポーツに採用されたものの、80年代の半ばには早くも消滅。洗練された性能を持っていたのに、である。
理由は、オーソドックスな外部露出型のステンレス製ディスクブレーキの性能が、インボードディスクブレーキの性能に追いついたからだ。それに加え、パッドの性能が飛躍的に上がっていったことも大きいだろう。

安全マージンを取り、分厚くて重く、表面がのっぺりとしていたステンレス製ディスクプレートは、材質や加工精度が進化し、強度面、耐久面での性能も高まったことで、インボード+鋳鉄ディスクの存在感を薄くした。
ディスクプレートの排水性や放熱性を高めるべく、表面にスリットや細かい穴をパンチングした多孔式ディスクが急激に増えたのも80年代半ばからで(不等ピッチ孔ディスクは1970年代後半の大排気量車から徐々に採用が始まっていた)、こうした加工は性能のみならず、軽量化にも利点があった。

一方で、メンテナンスがしづらい、錆びやすい、部品点数が多く軽量化しづらい……となってしまったインボードディスクブレーキは、90年代を待たずにフェードアウトしていったのだ。

ホンダ VF400F(1982年)

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■加熱する国内での販売競争により、400ccクラスの主力ロードモデルにもV型エンジンを投入。1982年12月に登場したVF400Fは水冷90度V型4気筒DOHCエンジンを搭載、最高出力53ps/1万1500rpm、最大トルク3.5kgm/9500rpmというCBX400Fを上回る性能だった。小径16インチのフロントホイール+前後のインボードディスク採用で、車両重量は191kg。

CBX550Fインテグラ(1982年)

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■CBX400Fの上級モデルとして、大型フェアリングを標準装備したCBX550Fインテグラは1982年10月発売。インボートディスクブレーキは唯一のトリプルディスク(前輪2、後輪1)で、最高出力60ps/1万rpm、最大トルク4.7kgm/8000rpmの性能を発揮。車両重量は206kg。なお、インボードディスクブレーキ採用の最大排気量モデルが同車で、750cc(VF750F、CBX750Fなど)には、通常の露出型ディスク(スリット入り)をトリプルで採用。重量級の高出力車には、ディスク径サイズを制約してしまうインボードタイプは、不向きとの判断があったのか。ちなみに当時のレーシングマシンにもインボードディスクブレーキは採用されていない。

MVX250F(1983年)

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■クランクケース前方水平に2気筒、後方に1気筒を立てた2ストローク水冷90度V型3気筒搭載のMVX250F。同車も小径16インチの前輪+シングルインボードディスクブレーキを採用したモデルで、1983年2月発売。革新的なエンジン形式は当時のGPマシンNS500を連想させる意欲作だったが(NS500は前1、後方2気筒)、初期量産車でのオイル消費の多さや焼き付きトラブルなどで評価を得られず、1年強で販売終了。後継のNS250R/Fへバトンタッチされた。

3代目VT250F(1986年)

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■露出型ディスクプレートでスリット、多孔式加工が普及し、放熱性や排水性のデメリットが解消され始めた80年代半ば。それにともない、インボードディスクブレーキは姿を消していったわけだが、最後の装備車は1986年発売の3代目VT250F。最高出力43ps/1万2500rpm、最大トルク2.5kgm/1万0500rpmと初代より性能アップしていたものの、4サイクル250ccの高性能車が4気筒となっていく中、存在感をアピールすることはできなかった。

レポート●阪本一史 写真●ホンダ/八重洲出版 編集●上野茂岐

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