神戸・三宮の歓楽街の雑居ビルに、小さなバーがある。ほんの10坪くらいの空間は、ときどき「劇場」に変わる。6月下旬の夜、新型コロナウイルス禍で自粛していたショーが約2年ぶりにあった。

狭い店内をレーザーが飛び交う。非日常感を追求し、照明やスモークなどの演出を練る=神戸市中央区加納町4
狭いエレベーターで3階まで上がると、カウンター席の後ろにボックス席が一つ、ソファには男性器の形をしたクッションが二つ。トイレの壁には、下着姿の男性の写真が何枚も貼ってある。
神戸市中央区加納町4の「レインボウビースト」。ゲイのBEA(ビー)さん(55)が切り盛りしている。ショーは1人でつくり、自ら演じる。
カウンターテーブルや足元に置いた台が「舞台」。「自分一人で、どこまでできるか、挑戦のような、実験のようなもの」だという。コロナ禍前までは、客から「見たい」とリクエストがあれば応えてきた。
「ズボンの中に手を入れてくるようなおじさんがですね、たまには真面目に表現してみようということでして」
久しぶりのショーを楽しみに集まったなじみの客を前に、BEAさんがマイクで話し始めた。背後にあった酒のボトルが、スクリーンで隠れている。
冗談交じりの前説を終えると、明かりが消えた。ショーが始まる。
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ミラーボールがきらめき、音楽が空気を揺らし、自作の映像が映し出され、スモークが立ちこめ、カラフルな光線が乳白色の店内をつらぬく。
カウンターの中にかがんで隠れていたBEAさんが、飛び出す。仮面を着けている。テーブルにまたがり、踊り、歌う。曲が終わると、また暗転して衣装を替えて登場し、さらに踊り、歌う。
ショーは30分ほど。ついさっきまで談笑していた客たちも、異世界のような空間に酔いしれ、歓声と拍手が店内を包んだ。
今作のテーマは「ディープインサイド」。コロナ禍やウクライナ情勢がモチーフだという。
「説教くさい内容かもしれないが、自分の中にあるもの、考えていることを表現し、伝えたい。普段はおもしろおかしなゲイバーの店主が、実は真剣にいろいろ考えてるんですよ」
店は来年3月でオープンから10年。どの客もはしご酒の末にやってくる。大半がいわゆる「ノンケ」の人で、営業マンや社長、外国人など立場や年代はさまざまだ。コロナ禍で遠のいた客足も、徐々に戻りつつある。
演じながら観客の笑顔を見るのは、やっぱり幸せだった。「USJのパレードにも負けてないわ」。久しぶりのショーを終え、汗だくだ。店内はバーとは思えない数の照明が積まれていて「ここは私のおもちゃ箱のようなもの」だと言う。
そんなふうにおどける表情や口調からは、かつて「死」を考えたことがあるとは想像もつかない。(大田将之)